第4話 歯車の値段
闇市という場所の空気感を描いた回になります。
少し重めの雰囲気ですが、物語の流れとしては大事な場面です。
闇市の夜は、息が詰まる。
声は低く、視線は鋭く、誰もが“自分の身”しか見ていない。
ここでは、善意も正義も、ただの重荷だ。
私はフードの奥から周囲をうかがいながら、露店の並ぶ一角に足を踏み入れた。
並んでいるのは、どれも来歴の怪しい品ばかりだ。
錆びた刃物。
欠けた護符。
意味を失った装飾品。
そして――
「……あった」
ラーラの声に、私は足を止める。
露店の隅に、無造作に置かれた金属片。
歪んだ縁を持つ、小さな歯車。
古道具屋で見たものと、よく似ている。
私は、露店の前に立った。
「これ、どこから来たの?」
問いかけると、店主は一瞬だけこちらを見た。
そして、すぐに視線を逸らす。
「……さあな」
ぶっきらぼうな声。
「闇市に流れてくる物に、出どころを聞くな。
命が惜しけりゃな」
それ以上は語らない。
私は歯車を手に取った。
ひやりと冷たい感触が、指先に残る。
その冷たさが、
あの時の、空になった部屋の空気を思い出させて、
一瞬だけ、喉の奥が詰まった。
——もう、
“ああいう現場”を見るのは二度とごめんだと思ったのに。
「値段は?」
「……いらねぇ」
店主は短く言った。
「持ってけ。
その代わり、深入りはするな」
ラーラが小さく鼻で笑う。
「タダでよこすってのが一番胡散臭いんだけど?」
店主は何も答えない。
奥の箱に、もう一つ似た歯車があるのを見つけ、私はそれも受け取った。
その瞬間、背中に視線が集まった気がした。
その直後だった。
露店の奥で、短い悲鳴が上がった。
「……っ!」
誰かが倒れ込む音。
次の瞬間、怒声が飛ぶ。
「余計なものに触るな!」
視線を向けると、別の露店の若い男が、
床に押さえつけられていた。
首元を掴んでいるのは、
フードを深く被った見知らぬ男。
周囲の露店は、一斉に視線を逸らす。
誰も助けに入らない。
「ここは“見るな、聞くな”の場所だろ」
低い声が、闇に溶ける。
男は若者を突き飛ばし、
そのまま人波の中へ消えた。
倒れた若者は、
何も言わずに立ち上がり、
血のにじむ唇を拭っただけだった。
その目は、
もう誰かに助けを求める目じゃなかった。
その光景を見て、
私は、歯車を握る指に力が入るのを感じた。
ここは、
“何かに近づきすぎた者”が、
簡単に切り捨てられる場所だ。
——この歯車も、
同じ匂いがする。
触れてはいけないものに、
触れてしまった気がした。
「……長居はやめよ」
ルークが低く言う。
「この空気、好きじゃない」
「同感」
ラーラは歯車をちらりと見てから、私の肩を軽く叩いた。
「今日はこの辺にしよ。
まだ遊ぶ場所はあるけど、これは遊びじゃない」
私たちは、それ以上探らずに闇市を後にした。
闇市を出た頃には、空はすでに白み始めていた。
宿へ戻る足取りは重く、
誰も口を開かなかった。
部屋に入ると、私は荷物を下ろし、そのままベッドに倒れ込む。
「……今日は、ここまでだね」
そう言ったのが、精一杯だった。
ルークは頷き、
ラーラは短く息を吐いた。
「考えるのは、頭が冴えてからにしよ」
そのまま、私たちは眠りに落ちた。
⸻
目を覚ましたのは、陽が高くなってからだった。
窓の外はすっかり明るい。
身体の重さも、頭の靄も、少しだけ晴れている。
私は枕元に置いた歯車を手に取った。
明るい光の下で見ると、
縁の内側に、細かな刻印が浮かび上がる。
「……番号?」
指でなぞると、はっきりと読めた。
「0824……」
ルークが覗き込む。
「識別番号っぽいな。
ただの部品じゃない」
ラーラは腕を組む。
「人に紐づいてる可能性、あるよね。
管理番号とか」
胸の奥が、ざわついた。
答えは出ないまま、
私たちは一度拠点の街・ホームディアへ戻ることにした。
徒歩で二日。
道中、歯車の話題は何度も出たが、
結論は出ないままだった。
♦︎♦︎♦︎
ギルドに戻ると、
ギルドマスターのセドリカは、いつもの席にいた。
右手には、色とりどりのマカロン。
「おかえりなさい」
軽く笑いながら、マカロンを一つ口に運ぶ。
私たちは、これまでの経緯を端的に報告した。
・子どもが攫われた現場に、歯車の紋様が描かれた紙が落ちていたこと
・闇市で同型の歯車を発見したこと
・歯車には識別番号らしき刻印があったこと
「……なるほどね」
セドリカはマカロンを噛みながら、ゆっくりと頷いた。
「偶然で片づけるには、要素が揃いすぎてる」
ラーラが肩をすくめる。
「胸糞悪い想像しか浮かばないんだけど」
「分かるわ」
セドリカは苦笑した。
「ただ、現時点で断定はできない。
動くなら、慎重にね」
一拍置いて、セドリカは視線を上げる。
「……話は変わるけど」
右手のマカロンをひとつ、指でつまみ直しながら言う。
「近隣に新しくできた戦争孤児などを保護する施設に、王子が視察に来る予定があるの」
「あたしはそれにギルマスとして招待されてるわ」
私は、その言葉に反応した。
「王子……」
「それに伴って、ホームディアの冒険者全体に、
周辺の魔獣調査と討伐依頼が出てるわ」
ルークが言う。
「つまり、街の冒険者が総出で動くってことか」
「そういうこと」
私は一度だけ息を整え、口を開いた。
「……私も、正式に施設に同行させてください」
セドリカの視線が、私をまっすぐ射抜く。
私は、B級冒険者。
それでも、国公認ギルド特別登録者。
この肩書きを使うのは、好きじゃない。
利用しているみたいで、
自分のやり方じゃない気がする。
それでも。
「必要なら、使います」
セドリカは、ふっと笑った。
「ほんと、あんたは不器用ねぇ」
「面倒ごとはごめんだけど……
こういう時のほうが、血が騒ぐのよねぇ」
♦︎♦︎♦︎
翌日。
魔獣調査と討伐のために
指定された辺境の村に到着した。
家はあるのに、人の気配が薄い。
妙に静かだった。
風の音だけが、やけに大きく聞こえる。
ここは、何度か訪れたことのある場所だ。
顔見知りもいる。
そのうちの一人、マルタばあちゃんが近づいてきた。
「一ヶ月くらい前かねぇ……
おかしな少年が、この村に突然現れてねぇ」
おかしな少年?
首を傾げる私に、ばあちゃんは言葉を続ける。
「ぶつぶつ何か言っててねぇ……
それに、いつも何かを大事そうに抱えとるんだよ」
何を抱えているのかと尋ねても、
詳しいことは誰も知らないらしい。
話を聞くうちに、
胸の奥に、言いようのないざわつきが広がった。
「案内するよ」
そう言って、マルタばあちゃんは
村の外れへと歩き出した。
草の伸びた道。
人の気配が消えかけた家々。
妙に静かな空気。
その背中を追いながら、
私は理由の分からない違和感を抱えていた。
この村の空気は、
“何も起きていない”顔をしている。
それが一番、気持ち悪かった。
何かが起きた後の静けさじゃない。
何かが“根を張ってしまった後”の静けさだ。
胸の奥で、
嫌な予感が、重く広がっていく。
私は、
この村に来た瞬間から、
ずっと間違えた場所に足を踏み入れている気がしていた。
この少年との出会いが、
自分たちの運命を大きく変えることになるなんて――
この時の私は、まだ知らない。
ただひとつだけ、
胸の奥が、嫌な音を立てていた。
この村には、
“来てはいけない何か”が、
もう根を下ろしている気がした。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
このあたりから、少しずつ空気が変わっていきます。
よければ次話もお付き合いください。




