第3話 闇市に吹く歯車の風
今回は「歯車」と「闇市」を追って、物語が一気に動き出します。
少しずつ、裏側の匂いが見え始める回です。
裏通りの古道具屋を出てからも、
店主の声が、頭の奥に残って離れなかった。
――こういうもんを追うなら、覚悟しとけ。
歯車は単体じゃ意味を持たない。
組み合わさって、何かを動かすためにある。
あの言葉の感触が、胸の奥でざらついている。
私は歩きながら、掌の中の歯車の欠片を見下ろした。
冷たい金属の縁は、どこか歪で、
最初から“ここにあるべき形”じゃないみたいに見える。
「……ねえ、ルーク」
隣を歩く彼に声をかけると、すぐに視線が向く。
「古道具屋の人、
“裏の市から流れてきた”って言ってたよね」
「ああ。闇市のことだよな」
ルークは、あっさり言った。
「この街にも噂はある。
正規の市場じゃ流せない物が集まる場所。
出所が曖昧な物、
持ってるだけで面倒を呼ぶ物……そういうのがな」
私は、小さく息を吸った。
闇市。
この街から離れた、大きな街の片隅で開かれるという、
表の人間が足を踏み入れない場所。
「……関わらない方がいいって、
あの人、言ってたね」
思い出す。
歯車の縁を渡されたときの、あの目。
忠告というより、
“知っている者が言う、止め”の響きだった。
「“覚悟しとけ”とも言ってたな……」
ルークは、少しだけ視線を細める。
「つまり、
あれはただの部品じゃないってことだ」
「うん……」
私は歯車を握りしめた。
誰かが“回している”仕組みの一部。
その一端が、今、私の手の中にある。
関わらない方がいい。
巻き込まれるだけだ。
頭では、そう分かっている。
それでも――
あの路地で、引きずられていった小さな背中が、
助けを求める声が、脳裏から消えなかった。
私が、この歯車から目を逸らしたら。
誰かが、また同じ場所で泣く気がした。
「……闇市、行ってもいい……?」
口にした瞬間、
自分でも分かるくらい、声が低くなった。
ルークは、ためらわずに頷く。
「行くなら、準備しよう。
ああいう場所は、表の顔じゃ行けない。
危なくなったら、すぐ言え。
無理なら、俺が引っ張って逃げる」
短い言葉。
でも、逃げ道まで含めた“守る宣言”だった。
胸の奥が、ほんの少しだけ軽くなる。
私は、もう一度、歯車の欠片を見る。
それはただの金属片のはずなのに、
まるで“次に回る場所”を、
静かに指し示しているようだった。
♦︎♦︎♦︎
翌日の朝。
街門の前が、少しだけ騒がしくなった。
魔獣の牙を運ぶ護衛団の帰還。
鎧に土埃をつけた冒険者たちの列の中で、
一際、目を引く女がいた。
背は高く、無駄のない体つき。
引き締まった腰に弓を下げ、
長い髪をひとつに結んでいる。
歩き方が、堂々としていた。
周囲を警戒しながらも、
仲間に無言で合図を飛ばし、
自然に隊列を整えている。
――できる人の動きだ。
「……あれ、ラーラだよな?」
ルークが目を細める。
女は、こちらに気づくと、ふっと口角を上げた。
「やあ。
留守中に街、壊れてない?」
開口一番がそれだった。
肩に担いでいた荷を地面に下ろしながら、
視線だけで周囲を確認する。
「護衛任務、無事終了。
面倒だったけど、死人は出なかったよ!」
その言葉に、ギルドの若い冒険者たちが
ほっとしたように息をつく。
私は、思わず小さく笑った。
「おかえり、ラーラ」
「おう。
……って、アイリー、顔ひどくない?」
一瞬で見抜く。
私は誤魔化そうとしたが、
ルークがあっさり言った。
「子どもが攫われてしまったんだ」
ラーラの目が、すっと細くなる。
「……どこで」
「路地」
短いやり取りの中で、
最後まで聞き終えてから、
ラーラは、小さく舌打ちをした。
「……胸糞悪い話だね」
怒鳴らない。
感情をぶつけない。
でも、その一言に、
彼女が本気で腹を立てているのが分かる。
「で?
次は、どう動くつもり?」
「闇市に行ってくる」
私が言うと、
ラーラは一瞬だけ黙り込んだ。
「……あー、あそこね。
行くなら、準備はしっかりしないとな。
まともな人間だったら、寄り付きもしない場所だ」
「ラーラも一緒に来てほしい」
「当たり前でしょ。
あんた一人で突っ込ませるわけないじゃん」
言い切る声が、頼もしい。
こうして、
私たちは“闇市へ行く”という方針を固めた。
♦︎♦︎♦︎
旅の準備は、その日のうちに整えた。
装備の手入れ。
保存食の確認。
ルートの確認。
夕方になるころには、
久しぶりに全員が揃っていた。
その流れで、
私たちはいつもの食堂に入った。
――そして、ここからが問題だった。
「よっしゃあ。
任務明けの酒、いただきまぁーす!」
ラーラは、嬉々として酒を飲んだ。
「……ほどほどにね?」
私が言うと、
彼女は手をひらひら振る。
「大丈夫だって。
酒は水みたいなもん――」
そんな事を言っていたラーラは、
料理が揃う前に、
机に突っ伏していた。
「……ねえ、ルークぅ……」
「……なんだ」
「真面目すぎるんだよ……
もっと笑いなさいよぉ……」
肩に体重を預けてくる。
「ラーラ、重い……」
「ガッチリしてるくせに…」
その様子に、
私は思わず吹き出した。
そこへ、
様子を見に来ていた
ギルド受付嬢のミレイユが水を置く。
「……また潰れてんの?
学ばない女だね、あんた」
「うっさいなぁ……
久しぶりに帰ってきたんだから……」
ミレイユはため息をつきながら、
ラーラの背中をぽんぽん叩いた。
2人は親友である。
「ほら、あんた。
せめて机に顔、突っ伏さないで。
また額に痣つくでしょ」
「……ミレイユ、優しい……
私と結婚しようか?」
「そうやって独身の私をからかって。
本当にこのまま放置してもいいけど?」
そう言いながらも、
ミレイユの手つきは慣れていて、どこか優しかった。
♦︎♦︎♦︎
徒歩で二日。
交易都市ヴェインシアは、この辺りでいちばん栄えている街だった。
街の門をくぐった瞬間、空気の匂いが変わる。
乾いた土と、獣脂の焦げる匂い。
焼き菓子の甘さと、香辛料の刺激が入り混じった、
鼻をくすぐる雑多な匂い。
人の声が、重なって渦を巻いている。
荷車の軋む音。
呼び込みの声。
硬貨の触れ合う軽い音。
ここでは“何でも揃う”。
少なくとも、表向きは。
「……とんでもない人の数だなぁー」
ルークが、無意識に私の前に半歩出る。
「活気はあるけど……」
私は、視線を街の奥へ向けた。
大通りは明るい。
商人の笑顔も、客の声も、よく通る。
けれど、一本路地に入っただけで、空気が一段、重くなる。
湿った石壁。
薄暗い影。
どこかで、ひそひそと交わされる声。
匂いも違う。
香辛料の甘さじゃない。
油と鉄と、少し腐った布の匂い。
「……この街、表と裏の顔がありそうだな」
「交易都市ってのは、だいたいそうよ。
“表の顔”と、“裏の顔”。
どっちも金で動くのは同じだけどね」
私は、懐の歯車の欠片を指でなぞる。
この街のどこかに、
あれと同じ匂いのする“裏”があるはず。
人混みの中で、私たちは聞き込みを始めた。
「闇市?」
布商の男は、声を潜めた。
「……あるには、ある。
でも、知らない方がいい」
「いつ開催する?」
ラーラが、にこりと笑って聞く。
「……日による。
運が良ければ、今夜だな」
別の商人は、目を逸らしながら答えた。
「ここらの裏路地を夜に歩けば、
“連れていかれる”こともある」
「……何に?」
「さあな。
帰ってこない奴の方が多いってだけだ」
聞けば聞くほど、
闇市は“ある”けれど、
“場所も形も流動的”だと分かってくる。
そして、ひとつだけ共通していた。
――関わらない方がいい。
「……今夜、開催される可能性が高そうだ」
ルークが小声で言った。
「うん。
なら、今は宿を取ろう。
夜まで、体を休める」
ラーラが肩をすくめる。
「賛成。
夜は長くなるわよ」
宿屋は、大通り沿いにあった。
外観は普通。
中も普通。
だからこそ、安心できる。
部屋の鍵を受け取りながら、
私は胸の奥で小さく息を整えた。
子どもが拐われたときに、落ちていた歯車の紋様が描かれた紙。
古道具屋のおじいさんの所にあった、歯車の欠片。
それぞれが、少しずつ形を変えながら、
同じ匂いをまとっている。
すべての点が、
線につながりそうな予感を抱えたまま、
私たちは夜まで宿で休むことにした。
言われた場所に足を運ぶと、
そこにはひっそりと、
闇市が開かれていた。
人の顔は影に溶け、
声は低く、
取引は速い。
そして――
私たちは、あっけなく歯車を見つけてしまった。
だが、
それに触れた瞬間、
胸の奥が、ひくりと震えた。
……違う。
この歯車は、
“ただの部品”じゃない。
誰かの手を渡り、
どこかの場所で、
確かに使われていた痕跡が残っている。
その瞬間、
闇の奥で、誰かの視線がこちらに刺さった。
値踏みするような目。
獲物を見る目。
気づけば、
いくつもの気配が、
こちらを囲むように動いている。
私は、歯車を握りしめた。
この先にあるのは、
闇市より、もっと深い場所だ。
そして――
もう、戻れない所まで、足を踏み入れてしまったのだと、
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
ついに舞台は闇市へ。
歯車の正体も、世界の裏側も、ここから少しずつ姿を見せていきます。
次回から、もう一段深いところに踏み込みます。
続きも読んでもらえたら嬉しいです!




