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第2話 戦の前には、まず腹ごしらえから

前話の出来事の“その後”と、

アイリーが立ち上がるまでを描いています。


すぐに解決しない物語ですが、

よければ続きを見守ってもらえると嬉しいです。


歯車の形をした紋章が、掌の中で冷たい。


あの路地から戻るまで、私は何度もそれを握り直した。

握るたびに、砕けた蕾の感触が指先に蘇る。

伸ばした手。引きずられていく小さな影。


――守れなかった。


「アイリー」


背後から呼ばれて、ようやく足を止める。


ルークが、私の視界に入る位置まで回り込んできた。

明るい茶の髪が朝の光を拾っている。

両手斧は背負ったまま。

けれど、目だけは、私の顔をちゃんと見ていた。


「……何があったんだ?」


私が言うより先に、ルークが言った。


その言い方が、妙に優しかった。

命令でも、叱責でもない。

たぶん、私が今どんな言葉を欲しがっているかを、彼なりに計っている声だった。


「子どもが……連れ去られたの……」


「わかった。最初から話を聞かせてくれる?」


ルークはそう言って、一通りあった出来事を、止めることなく聞いてくれた。

そして最後に、私の手の中の、紙に描かれた歯車の紋章を覗き込む。


「これが、落ちてたんだな?」


「……うん。連中が消えたあとに、これがそばに落ちていたの。

見たことない紋章だし、この件に関係してそうな気がするの」


言葉にした瞬間、喉がきゅっと狭くなる。

あの子の声が、まだ耳の奥に残っている。


「私が弱かったから……」


反射みたいに言ってしまった。


ルークは、すぐには否定しなかった。

そこが彼のずるいところだ。

否定で押し返さず、私が飲み込んだ言葉の奥まで待ってくれる。


「……怖がってた。

私のこと、まだ信じてなかった。

だから、蕾のまま……」


私は、自分の手のひらを見る。

血は出ていないのに、まだ痛い。


アイリーの魔法は、相手の想いに応じて強くなる魔法の盾だ。

相手がアイリーを信頼して託さないと、強い守りは得られない。


ルークは小さく息を吐き、それから――乱暴でもなく、子ども扱いでもなく――私の頭を、くしゃ、と撫でた。


「頑張ったな」


「……え?」


「泣きたきゃ泣けばいい。

たくさん悔しがってもいい。

責めるのは、そのあとでいい。

俺が全部、受け止めるから」


胸の奥がほどけて、涙がにじむ。

泣くまいと噛んでいた唇が、ふるえた。


「次は守る。

そのために、今やれることをやろう」


ルークの声は、犬みたいにまっすぐだった。

逃げない。

置いていかない。

私が立てるまで、隣にいる。


止めどなく溢れていた涙が、やがて、少しずつ落ち着いていく。


子どものように泣いた私は、歯車の紋章を、もう一度、握り直した。


「……ルーク。ギルドに行こう。

情報がいる」


「うん」


「ラーラは?」


「朝から別件で街を出てる。

……合流はあとだな」


その返事も、落ち着いていた。

頼れる仲間が不在でも、慌てない。

今できることに、きちんと切り替える。


ルークのそういう現実感が、私を、ちゃんと地面に戻してくれる。


♦︎♦︎♦︎


ギルドへ向かう途中、市場の端を通る。


パン屋の主人が、こちらに気づいて深く頭を下げた。


「さっきは……ありがとう。来てくれただけで救われた」


その言葉に、胸が痛む。


「守れなかったのに」


「それでもだ。あんたが来なかったら、あの子はもっと早く連れていかれてた」


少し離れたところで、年配の女がぽつりと言った。


「次は……助けられるよね」


責める声じゃない。願いの声だ。


だから重い。


私はフードを少し深く被り直し、歩く速度を上げた。

背後で、ルークが半歩遅れてついてくる。

その気配が、ひとりじゃないと教えてくれる。


冒険者ギルドは、朝から騒がしかった。


一階はいつもの雑多さだ。

依頼書の掲示板、受付、鎧の擦れる音、酒の匂い……

ここではいつも、生き残った人間の声がする。


受付に立つミレイユが、こちらを見つけて表情をわずかに引き締めた。


「アイリーさん。……その顔、何がありました?」


敬語は崩さない。

受付嬢としての線を守ったまま、心配だけが言葉の端ににじむ。


「子どもが攫われた。路地で」


「……また、ですか」


「“また”って?」


ミレイユは一瞬だけ唇を噛み、すぐに淡々と続けた。


「最近、似た報告が増えています。街の外れ、宿場町、小さな集落。共通点は……子どもだけが狙われていることです」


ルークが低く問う。


「行き先は?」


「掴めていません。追跡した者もいましたが、途中で撒かれています」


私は歯車の紋章を見せた。


「これが落ちてた。連中の手がかりになる?」


ミレイユの視線が、紋章の形に止まる。


「……初めて見ます。ですが、記録係に照会はできます。ギルマスにも話した方がいいでしょう」


「会わせて」


「二階です。執務中ですが……アイリーさんなら通します」


二階の廊下は、嘘みたいに静かだった。

奥の部屋の扉は少し開いている。


ノックする前に、軽やかな声が飛んできた。


「入んな。

足音が重い子が来たときは、だいたい面白くない話だ」


扉を押すと、机の向こうで――

男……いや、女が笑った。


ギルドマスター、セドリカ。

陽気で、誰にでもウェルカムな顔をするくせに、目だけは鋭い。

剣の使い手だと聞くが、普段は冗談ばかり言って場を回す人でもある。

いわゆる、お姉系だ。


そのセドリカが、私を見るなり肩をすくめた。


「あらあら。

この街で“数少ない魔法使い様”のアイリーじゃない。

どうしたの、その顔。

とりあえず、世界を救う前に、鏡を救ってきな?」


私は苦笑しそうになって、できなかった。


「……子どもが攫われました。止めきれなかった」


セドリカの笑みが、ほんのわずかに消える。


「止めきれなかった、ね。任務じゃないのに、あんたは止めに行った」


核心を刺してくる。


「……はい」


「で、悔しい」


「……はい」


「いい。悔しがれるうちは、まだ折れてない」


セドリカは机の上の資料を指先で叩く。


「似た事件は増えてる。

行き先も目的も、まだ霧の中。

国も動いてない……って言いたいところだけど、表向きはね。

表向きは、みんな良い顔するのよねぇ」


私は、歯車の紋章を差し出した。


「これが落ちてました」


セドリカは受け取らず、目だけで、その形をなぞる。


「歯車……。

機械仕掛けの匂いがするねぇ。

いや、比喩じゃなくて。

誰かが“回してる”って意味でさ」


軽口の形をした言葉が、背筋を冷やす。


セドリカは、ふっと空気を戻すように笑った。


「ま、決めつけはしない。

今は“情報”が、全然足りないわ」


そして、話題を変えるように言う。


「そういえばさ。

街の近くに、第一王子が戦争孤児を保護する施設を作ったって噂、聞いた?」


私は瞬きした。


「……保護施設?」


「うん。

数年前からだって。

寄付も出してるし、視察もしてるってさ。

立派な王子様だよねぇ」


「へぇ……そんなことしてるんだ」


私は、わざと軽く返した。

それ以上、深掘りする気にはならなかった。


セドリカは、それ以上踏み込まず、むしろ明るく手を叩いた。


「よし。

とりあえず今の方針ね。

ギルドに溜まってる依頼は片付ける。

それで、自分たちの生活を回す。

噂を拾う。聞き込みもする。

その“ついで”に、歯車のことを探る」


「――“ついで”って言い方が肝だよ。

目立つと、面倒が増えるからねぇ」


ルークが頷く。


「了解」


「アイリー。

あんた、背負い込む癖があるでしょ。

今回は、ひとりで走っちゃダメよ?

走るなら、ちゃんと仲間と走りなさい」


私は、胸の奥で小さく息を吐いた。


「……はい」


♦︎♦︎♦︎


ギルドを出た瞬間、ルークが空を見上げ、唐突に言った。


「……腹、減ってない?」


言われて気づく。

私は今日、何も口に入れていない。

胃の奥が、ようやく存在を主張する。

もうすぐ、昼時を迎えようとしていた。


「お腹……減ってる」


「よし。

戦の前には、まず腹ごしらえからだ」


ルークは迷いなく、いつもの食堂へ向かった。


肉と野菜炒めの皿が運ばれてくる。

湯気が立ち、醤油と胡椒の香りが鼻をくすぐる。


ひと口食べた瞬間、肩の力が抜けた。

温かい。

塩気がちょうどいい。

噛むたびに、体が戻ってくる。


ルークが、箸を止めて私を見た。


「……アイリーってさ。

本当に美味そうに飯、食うよな」


「……そんなに?」


「うん。

見てると、腹の底が安心する」


私は、笑いそうになって、笑えた。

泣きかけた顔のまま。


「食べられるときに食べないと。

……昔、兄が言ってたんだ。

世界中の美味しい食べ物を食べたいって」


言ったあとで、胸がちくりとする。

思い出すといつも、温かいのに痛い。


ルークは箸を動かしたまま、でも目だけを、少し柔らかくした。


「……いい兄ちゃんだったんだな」


「うん。

だから、私も……

食べられる時は、ちゃんと食べたい」


「それ、すげぇ大事」


犬みたいに、まっすぐ肯定する。


食べ終えたあと、私たちは地図を広げた。


「今日の依頼は?」


「溜まってる。

簡単なのから片付ける。

……その間、聞き込みもする。

歯車の紋様、見たことある奴がいるかもしれない」


「街の職人も当たる?

鍛冶屋とか」


「うん。

あと修理屋。

歯車なら、道具の部品かもしれない」


ルークが頷く。


「俺は動く。

アイリーは……無理すんな」


「私は大丈夫!

でも、ひとりでは無理しない。

ルーク、一緒にお願いね?」


口にして、自分でも少し驚く。

セドリカの言葉が、まだ胸の奥に残っていた。


♦︎♦︎♦︎


その日の午後。

小さな依頼をひとつ終えた帰り道、私たちは裏通りの古道具屋に立ち寄った。


古い看板が軋む音を立て、埃の匂いと油の匂いが混じった空気が鼻を刺す。


店主は、年老いた男だった。

背は曲がり、目は鋭い。

長くこの街で“壊れたもの”を見てきた目だ。


「探し物かい?」


私は、懐から歯車の紋章を取り出した。


「……こういう形、見たことありますか?」


店主は一瞬だけ目を細め、私の手の中の歯車に視線を落とした。


その反応が、答えだった。


「……さあな」


そう言いながら、男は棚の奥から、小さな木箱を引きずり出した。


「似たもんは、たまに流れてくる」


箱の底に、古びた金属片が転がっていた。

飾りの欠片みたいな、薄い歯車の縁。


私は、息を止めた。


形が似ている。

完全に同じではない。

けれど、偶然で片づけるには、胸の奥がざわつきすぎる。


「……これ、どこから?」


私が尋ねると、店主は曖昧に肩をすくめた。


「裏のいちだよ。

誰が持ち込んだかは知らねぇ。

だがな……」


男は、少しだけ声を落とした。


「最近、こういう“部品”が増えてきてる」


「部品……?」


「歯車、金具、妙な刻印のある留め具。

どれも新品じゃねぇ。

どっかで“組み立てられて”、使われて、壊れて、流れてきてる」


ルークが低く言った。


「……どこで使われてるかは?」


店主は、ちらりと扉の方を見た。


「さあな。

だが、少なくとも“表の仕事”じゃねぇな」


私は歯車の縁を手に取り、指でなぞる。

冷たい。

でも、どこか“人の気配”が残っている気がした。


「……これ、買います」


「持ってけ。

代金は、情報料だ」


店主はそう言って、こちらをじっと見た。


「若いの。

こういうもんを追うなら、覚悟しとけ」


「……覚悟?」


「歯車はな、

単体じゃ意味を持たねぇ。

組み合わさって、

“何かを動かす”ためにある」


私は、その言葉を胸の奥に落とした。


店の外に出ると、午後の光がやけに眩しかった。


ルークが小さく息を吐く。


「これってさ……普通の盗賊じゃないよな」


「うん。

誰かが、

どこかで、

“仕組み”を回してるんだと思う」


私は歯車の欠片を握りしめた。


この街で起きている子どもの誘拐は、ただの犯罪じゃない。


どこかに、もっと大きな“装置”がある。


私は、胸の奥で、嫌な予感が膨らんでいくのを感じていた。

読んでくださってありがとうございます!


第2話では、

事件が「偶然じゃないかもしれない」と

気づき始めるところまでを描きました。


よければブクマ・感想などで応援してもらえると励みになります。

次話もよろしくお願いします!

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