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朝起きられないのは、妖精のせいだ

作者: 雨水

 朝、目を覚ますと、体が重かった。

 肩も、首も、ふくらはぎまで、全身が重い。たぶん妖精たちのせいだ。妖精たちが一晩中、体の上に乗っていたからだ。

 妖精のせいだ。いつの間にか、私の体に住み着いていたこいつらのせいだ。

 夜な夜な善意で私の体を踏みつけてくる、こいつらのせいだ。

 窓の外を見ると、雨が降っている。最悪だ。妖精たちは雨が大好きなのだ。


「おはよう」

「雨だ」「雨だね」

「楽しいね」


 いつもより数が多いな。

 うるさい。そして重い。雨の日は妖精たちが元気になる。おまえたちがいなければ、もう少しスムーズに起き上がれるんだよ。

 ベッドから這い出そうとすると、腕に鉛が詰まったような感覚がする。妖精たちがそこにいるのだろう。


「起きないの?」「もう少し寝てたら?」と無責任に騒いでいる。


 洗面台に向かった。鏡の中の自分は、三十代にしてすでに疲弊した顔をしている。全部、あいつらのせいだ。


 通勤電車は、いつも通り混んでいた。

 湿気が高く、人々の傘が邪魔で、車内の空気が重苦しい。そして、妖精たちも浮かれている。

 ドア付近に立っていると、背中に微かな圧力を感じた。


「押してあげよう」「座ろうよ」

「雨の中、大変だね」


 やめろ。

「もうちょっと奥」

「ぎゅうぎゅうだ」


 行けない。そして押すな。雨の日のおまえたちは本当にうるさい。

 案の定、体が前にずれて、隣のスーツ姿の男性の肩にぶつかった。彼は無言で睨んできた。私も無言で目を逸らした。

 おまえのせいだ、妖精ども。善意で人を押すな。


 会社では相変わらず仕事が山積みで、上司の機嫌も悪い。

 上司に怒られた。些細なミスだった。書類の日付を一日間違えただけだ。――いや、違う。妖精たちが騒いでいたせいだ。妖精たちが瞼にぶら下がり、キーボードを叩く私の指の一本一本に捕まるからだ。全く集中できない。

 上司は「何度目だ」「気をつけろ」と繰り返した。私は「申し訳ありません」を繰り返した。妖精どもは「もっともっと」と騒ぎ立てた。


 そして、デスクに戻って椅子に沈み込んだ瞬間、聞こえた。


「おつかれさま」

「肩、押してあげる」


 妖精たちは無邪気だ。悪意がない。だからこそ、厄介だ。


 昼休みに一人で外に出た。

 雨は小降りになっていた。コンビニでサンドイッチとコーヒーを買い、ビルの軒下に立つ。足元には雨水が溜まっている。冷たい風が頬を撫でる。

 妖精たちはまだ騒いでいた。いや、違う。「寝ようよ」「少し休もうよ」「食べて」「飲んで」「雨だ」と囁いている。

 頭が重い。彼らが頭の上に座っているからだ。


 コーヒーを一口飲んだ。温かい液体が喉を通る。そしてもう一口。サンドイッチを半分食べて、深く息を吐いた。

 すると、妖精たちの声が少しずつ遠のいていった。


 瞼の重みが軽くなる。彼らがどこかへ行ったのだ。束の間の静寂。体がほんの少し軽い気がした。

 でも、それも長くは続かないだろう。午後になれば、また戻ってくる。もうひと頑張りだ。


 夜、帰宅する。

 雨はまだ降っている。濡れた傘を玄関に置き、靴を脱いで、そのままソファに倒れ込む。一日が終わった。


「おかえり」

「おつかれさま」

「背中、固まってる」


 妖精たちの声が聞こえる。彼らが集まっている。乗っている。踏んでいる。体が動かない。動かしたくない。妖精たちが全身に絡みついているからだ。

 早くシャワーを浴びてお風呂に入ろう。妖精たちはお風呂が大好きだ。


 布団に入る。

 妖精たちは相変わらず体の上に集まっている。肩甲骨のあたり、腰のあたり、ふくらはぎのあたり。

 彼らが「ここだね」「ここも硬いよ」と囁きながら、重みをかけてくる。いつの間にか数は少なくなっていた。


「もう寝よう」

「目を閉じて」


 もはや抵抗する気力もない。気力も、妖精たちが持って行ってしまった。

 私は目を閉じて、彼らの重みを受け入れた。まぶたの裏が重い。妖精たちが「おやすみ」と言いながら、まぶたの上に座っている。


「ゆっくり呼吸して」

「力を抜いて」


 言われるがまま、息を吐く。体の力が抜けていく。


「がんばったね」

「また明日」


 明日も雨らしい。最悪だ。

 妖精たちの声が遠のいていく。静寂が訪れる。そして、深い眠りが訪れる。


 翌朝。

 やっぱり体は重い。

 私の体に巣食っている妖精たちは、今日もせっせと働いている。

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