第8話 エルフの里へ
翌朝。二日酔いに悩むリオを見て、孔は苦笑する羽目になった。
「うぅ、いってぇ……誰も止めてくれなかったのかよ」
「進んで飲む方が悪いと思いますよ」
頭痛に呻きながら水を飲むリオに、孔は正論を浴びせる。
「それより、鱗を売りに行くんじゃないんですか?」
「おお、そうだったな!よし、みんな行こうぜ!」
現金だなあ……と苦笑いしながら、騒がしく宿を出ていくリオについていく孔だった。
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「大金になったなあ……」
金貨が大量に入った小袋を抱えて笑顔のリオ。
竜鱗は希少な素材なので、とんでもない値打ちがつくのだ。
「なあ、何度も確認になるが……コウとシルヴィアは、本当に一緒に住まないのか?」
既に屋敷を買う気が満々のリオは、昨日の夜から何度も口にしている言葉を、今度は真面目なトーンで口にした。
「いえ、遠慮しておきます」
「そうか」
孔の言葉を予期していたのだろう、リオは落胆することなく笑顔で頷いた。
「まあ、もしノルディアに戻ることがあったら頼りにしてくれ。宿代わりに使っていいからよ」
「わかりました。その時は、ご好意に甘えさせてもらいます」
リオはそれだけ伝えて、笑顔で手を振りながら孔たちと別れた。
「シルヴィア、本当に良かったのかい?」
「ん。問題ない」
孔もリオ同様、念のため最後の確認をシルヴィアにしたが、シルヴィアの意思はもう揺るがないようだ。
「それじゃあ、どうしよっか……とりあえず、エルフの里に行ってみようかな。勇者について深いことがわかるかもしれないし」
「わかった」
前回の周回では、エルフと勇者に関わりがあるなんてことは知らず、エルフとも会ったことがなかったので、行くのは初めてである。
「えっと、確か北の方にあるんだったよね?」
「ん、ただ、馬車は出てない」
北方には大して大きな街がないので、馬車の旅はできないらしい。道のりにたまに村があったりするが、基本的には道なき道を進むことになるそうだ。
「まあ、どうにかなるでしょ。水は無限だし、食料もまだあるからね」
王城を出る時にもらった干し肉などの保存食は、まだ大切にとってある。
水魔法も組み合わせれば、数週間は補給がなくても生きていける装備だ。
「じゃあ行こっか」
「ん」
孔とシルヴィアは軽くそれぞれの装備を確認して、グラナートの街を出た。
「そういえば、シルヴィアってあんまり喋らないよね。人見知り?」
ただ歩くだけなので何か雑談しようと思い、孔はシルヴィアに話を振った。
シルヴィアはふるふると首を振って、短く言った。
「エルフの子どもは、喉が弱い」
喉が弱いから、あまり喋りすぎると痛くなると言うことか。
しかし、昨夜はまあまあ喋っていたように感じる。まあ、気分とか体調的な問題もあるのだろうか?
「魔法とかでどうにかならないものなの?」
「そういう体だから、気休め程度の効果しかない」
この世界では高度な科学や医療などはないので、体の性質などの詳しいことはわからないのだろう。
人間の臓器や骨なども、知られている数は地球と比べあまり多くなかった。
「シルヴィアは、鱗を使わなくて良かったの?売るとか装備に回すとか……」
「コウも使ってない」
シルヴィアが鱗を自分同様、売りもせず使いもしなかったことに関して訊いてみたが、こちらに跳ね返されてしまった。
孔の場合は、腕のいい加工屋がどこにいるかを前回の周回である程度把握しているので、そこに着くまでとっておこうと思い使っていない。シルヴィアは多分、孔が使わないのを見て真似しているのだろう。
「まあ、そのうち使うよ」
「ん」
そんな風に、適当に雑談をしながら歩いていく。
途中何度か魔物に遭遇することもあったが、孔の魔法で即座に駆除していった。
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ただひたすらに北上していくこと数日。
孔とシルヴィアは、エルフの里に辿り着いた。
「これが入り口?」
「ん」
一見するとただの大きな森だが、その一角に小さな小屋がある。
どうやら、シルヴィアが渡してくれたアクセサリーを持っている者にしか見えないよう、魔法をかけられているらしい。
小屋の扉を開けて中に入ると、そこには植物でできた円があった。
シルヴィア曰く、この円の中に立って魔力を込めると、エルフの里に入れるそうだ。
シルヴィアの手を引いて、円の中に入る。
孔はシルヴィアと顔を見合わせて頷き、魔力を込めた。
「おぉ」
思わず感嘆の声を漏らす。
円を形作っている植物たちが、魔力を込められて青白い光を放つ。
次第に光が包まれていき、思わず目を閉じると、この世界に来た時にも感じた浮遊感が訪れる。
浮遊感がなくなってから目を開けると、そこには小屋などなく、幻想的なエルフの里が広がっていた。
「おぉ〜、綺麗だね」
「ふふん」
その様子を声に出して褒めると、シルヴィアが誇らしげに鼻を鳴らす。
そんなシルヴィアを見て孔が微笑んでいると、一人のエルフがこちらにやってきた。
「あら、シルヴィアじゃない。元気にしてた?」
「ん。リィエルは?」
「私は元気よ。そちらの方は?」
「コウ。今代の勇者の一人」
リィエルという名らしき金髪の女性は、シルヴィアの言葉を聞いて顔を綻ばせた。
「あらぁ、コウさんよろしくね。私はリィエルよ」
「よろしくお願いします」
握手しつつ互いに自己紹介を行う。
孔が手を離そうとしたが、リィエルは孔の手を握ったまま、何やら首を傾げている。
「シルヴィア、今、勇者の一人って言った?」
「言った」
「勇者、何人いるの?」
「三十人ぐらいだって」
シルヴィアがそう言うと、リィエルは孔の手を握ったままの右手をぶんぶん振った。
「そんなに!?どうしましょう……」
「あの、とりあえず手を離してもらえると……」
ずっと握られたままだったので、孔が躊躇いがちにそう言うと、リィエルは慌てて手を離す。
その様子を見て少し笑いながら、孔はリィエルに質問する。
「勇者が多いと何かまずいんですか?」
「えーとね……召喚される勇者の数は、その代の魔王の強さを表すって言われてるわ」
そんな話は初耳だ。孔は驚いたが、確かにと心の中で納得した。
人数がいるから、と奢って半端な修行しかしていなかった前回の自分たちが負けたのは、そう言う理由なのだろう。
「ちなみに、他の勇者はどこにいるの?」
リィエルに問われたので、孔は思考をやめて答える。
「今は、召喚されたアーヴェント王国で修行してますよ」
「あら、じゃあなんでコウさんはここにいるの?そんなに強いの?」
リィエルが不思議そうに答えたので、孔は素直に『回帰』スキルのことを話すことにした。
「実は、とあるスキルの力で……」
孔が『回帰』スキルに関してと、前回の周回についてをかいつまんで説明すると、リィエルは驚いた様子を見せながらも、冷静に対応した。
「それなら、一度ハイエルフ様のところに行きましょうか。あの方々なら、何か知ってるかもしれないわ」
そして孔とシルヴィアは、リィエルについて歩き始めた。
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エルフの里中央に生えている、巨大な樹の中に入ると、集会場のようなところが広がっていた。
どうやら、階層がいくつかあるようで、この上にハイエルフはいるらしい。
「こっちよ」
リィエルについていきながら、孔とシルヴィアは階段を登っていく。
「この樹は世界樹なんですか?」
気になった孔が階段を登りながら訊くと、リィエルは面白そうに笑った。
「それ、ここに初めてきた勇者がよく言ってるわ。でも、これは世界樹じゃないのよ。本物の世界樹は、エルフの国にしかないわ」
なるほど、エルフ以外は入れないという、江戸時代の日本のようなあの国か。
情報が少ない上に、前回はエルフと勇者の歴史なんて知らなかったので、世界樹云々は初めて知った。
「さ、ここよ」
リィエルが扉を開けると、そこには銀髪の美少女が座っていた。
「リィエル、あなたねぇ、いつもいつもノックせずに入るんだから」
「火急の用事なんですよ!」
「あなたがそう言う時は、大抵大した用事じゃ――」
リィエルと口論をしていた美少女の目が孔を捉えると、不意に言葉が途切れる。
「あれ、エル様?どうしました?」
「――、いえ、なんでもないわ。それよりあなた、エル様って勝手に略すのやめてよね」
それに対してリィエルが何か反論しようとしたが、エル様と呼ばれた美少女が手で制す。それまでとは打って変わった真面目なオーラに、リィエルは大人しく静かになった。
「新たな勇者よ、ハイエルフが一人、エルセリアがエルフを代表して歓迎します」
「ご丁寧にどうも。今代の勇者の一人、紅月孔と申します。エルセリア様、と呼べばいいでしょうか?」
「そんな堅苦しくなくて結構よ。この子みたいに、勝手な略し方をしなければ様もつけなくていいわ」
エルセリアはリィエルを見やりながら鼻をふんと鳴らす。
しかし、その直後、慌てたように孔を問い詰める。
「あなた今、勇者の一人って言った?」
「言いましたよ」
「何人いるの?」
先ほどのリィエルと同じ慌てように、孔は思わず笑ってしまった。エルセリアが不審そうな目でこちらを見るので、表情を正してから質問に答える。
「三十人弱ぐらいですね」
「そう……」
孔が答えると、エルセリアは目を伏せた。
もしかすると、結構笑っている場合ではないのかもしれない。孔はそう感じながら、エルセリアの次の言葉を待った。
「まあ、暗い顔しててもしょうがないわね」
エルセリアは切り替えるように手をパチンと鳴らすと、孔に一つの頼みをした。
「今すぐでなくていいから、今度勇者たちをここに連れてこれるかしら?」
「わかりました。明日にはもう出て行ったほうがいいですか?」
「いえ、ダメよ」
エルセリアが首を振るので、孔がなぜかと首を傾げると、エルセリアは悪戯っぽい笑みを浮かべて孔に飛びついてきた。
「『元素』スキル持ちなんて何百年ぶりかしら!?ああ、やっぱり落ち着くわ」
エルセリアは、シルヴィアとよく似たキラキラした目で上目遣いしながら孔を見上げた。
(何百年ぶりって、さすがはハイエルフだなぁ……何歳なのか訊いたら怒られるのかなあ……)
自身の体に押し付けられる柔らかい感触を意識しないために、孔は胸中で失礼なことを考えるしかなかった。




