第7話 幻影竜
殺到してくる影を避けながら、幻影竜の刀で爪を弾く。
身体中から発射されてくる鱗を、風魔法で防御する。
さっきからこの繰り返しだ。攻撃を入れる隙なんてまるでない。
そもそも、意思疎通ができるのならなぜそんなに戦いたがるんだ。戦いっていうのはどちらかの不利益とかを理由に起きるものじゃないのか、と叫んでやりたかった。
『ほらほら、どうした小さき者よ!防ぐだけか!』
煽り文句を入れながら、途轍もなく重い一撃を爪で放ってくる。
リオたちの援護をもらいたくても、『黒の羽』のメンバーは幻影竜の威圧により気絶している。
『勇者の端くれならば、それらしくスキルとやらを使ってこないのか!?』
幻影なんてものは操れねえよ……と言い返せればどんなに楽か。
時折爪攻撃と鱗攻撃に織り交ぜられる闇のブレスがとんでもなくうざったい。触れればどんなことになるかは、想像したくない。
『ふむ……なぜそうもスキルを使わない。このままだと死んでしまうぞ?』
お前がやってんだよ!
そう言い返してやりたい。だがしかし、こんな戦闘中に念話なんて真似は孔にはできない。
ひたすらに全力で攻撃を防ぎ続けることしかできなかった。
『仕方がない。不本意だが、一度攻撃を止める故、お前がスキルを使わない理由を述べてみるが良い』
高速の爪攻撃が止んだので、孔は深呼吸しながら念話で言い返す。
『俺の『元素』スキルじゃ、影なんてものは操作できないんだよ!!』
半ばキレ気味にそう言うと、幻影竜は唸った。
『ううむ……しかし、過去にそのスキルを使っていた勇者は、なんだったか……自身の体の構造を変化させるような使い方をしていたぞ』
体の構造を変化?
体内の水分でも操れって言うのか?そんなことをすれば死ぬに決まっている。
『む……ほう、なるほど……わかったぞ!』
幻影竜は何やらしばし唸った後、大きく頷いてから言った。
『貴様のスキル、『覚醒』していないのだな?』
『……覚醒?』
頭に疑問符を浮かべるしかなかった。
覚醒なんてものは聞いたことがない。前回の周回でも見たことはおろか、聞いたこともないはずだ。
『まあ仕方がない。覚醒したら、再度我が前に姿を現すが良い。その時は、我が本気で相手をしてやろうぞ』
『待て、いや待ってください!覚醒ってどうすればできるんですか?』
過去の勇者とも戦ったというこの幻影竜ならば知っているかもしれない、と思って孔は聞いたのだが、残念ながらそんなことはなかった。
『知らんわ』
『知らんか……っていやいや、もうちょっとなんかないんすかねえ!?』
孔が縋り付くようにそう叫ぶと、幻影竜はやれやれ、と言った感じで情報を与えてくれた。
『大サービスだぞ。……確か、我と戦った勇者は、スキルはその者の願いや想いが強く関係している、と言っていたな』
……『元素』スキルに関係する願いってなんですか。
そう言ってやりたかった。なんだよ、化学式を愛してますとかそう言う話?今から化学の勉強しろっての?
ともかく。
大量の出てくる愚痴を抑えて、会話を続ける。
『いやでも、『元素』の願いってなんですか……』
『覚醒に願いが関係するかどうかはわからんぞ。案外、死闘でもすれば覚醒するのかもしれぬ。試してみるか!?』
だからなんでそうも戦闘狂なのだ。
深層心理でそう考えていたことが、思わず漏れ出たらしい。知らないうちに念話に乗ったか、幻影竜が返答を返してきた。
『なに、我ら上位の竜は、自分より強く、そして自分が認めた者を竜騎士とする慣習というか願望というか、そういったものがあるのだ。竜騎士という響きはかっこいいだろう?そこで、貴様だ。貴様は魔法剣士とか言ったな、なかなかにいい響きではないか。だから、貴様が我の竜騎士になれば、魔法竜騎士、いや、魔法竜剣士か?ともかくそう名乗れるわけだ。どうだ、かっこいいだろう?』
この世界の竜は厨二病なのだろうか?
最初の言い分はまあわかった。そういう生態なんだと思って諦めて理解しよう。『響きがかっこいいから』ってなんなんだ。ふざけてるのか。
しかし、強者相手にそんなことを言うことはできず、孔は愛想笑いを浮かべるしかなかった。
『はは、そっすね。で、覚醒ってどうすればいいんですかね?』
話を振り出しに戻す。しかし、幻影竜はこれ以上なにも知らないと言った。
『まあ、しょうがない。何かわかることがあったら、貴様に伝えてやるとしよう。それでは、また会う時までに死ぬでないぞ、未来の我の竜騎士よ』
随分とあっさり去っていくものだ。
出てきた時と同様、急に消えた幻影竜を見ながら、孔はそんなことを思った。
(しかし、死闘か……思えば、前回はそんなギリギリの戦いはしていないな)
前回は三十人もいたので、死にそうになる戦いなどなかった。死んだ戦いならあったが。
あの戦いで、他の面々はスキルを覚醒させていたのだろうか?
しかし、今はそんなことはわからない。考えても答えが出ない問いをいつまでも悩み続けるのは、孔の性分ではない。
「リオ、起きなさい」
「うぅ……あれ?終わったのか?」
「……っ、ええ、終わりましたよ。帰りますよ」
呑気にそんなことを言うリオに、危うく手が出そうになる孔だったが、笑みを浮かべて誤魔化す。
幸い、幻影竜の威圧によって、直前の記憶は忘れているようで、ドラゴンを倒したところで気絶したと言う認識のようだ。
まあ、とりあえず今は、全員無事なことを喜ぼう。
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鱗を剥ぎ取って街に戻った孔たちは、取り分を等分して、夕食を食べることにした。
「いやー、こいつを売れば結構な金持ちになるなぁ。ほんと、コウに感謝だぜ。しばらくは依頼を受けなくても暮らせるな」
リオはすでに酒を飲んで出来上がっている様子で、大金の使い道を考え始めている。ちなみに、シルヴィアと孔は飲んでいない。孔はこちらの世界では飲もうと思えば飲める年齢なのだが、日本の常識的に良くないだろうと思って自重している。シルヴィアはそもそも飲む気がなさそうだ。
「コウはなにに使うんだ?俺は家でも買おうと思ってるんだが」
「そうですねえ。まあ、装備に使って、余った分は売って旅の資金にしますよ」
王からもらった資金も無限というわけではないので、こうやって補充できるのはありがたい。
孔はそう思って言ったのだが……リオは驚いた顔をしている。
「いや、は?こんな大金があるんだからよ、冒険者なんて引退しても暮らしていけるぞ?」
「いえ。やることがあるので」
こちらの世界で永住する気はない。
愛する人でもできればこの気持ちも変わるのかもしれないが、やはり地球の方が過ごしやすくて良い。それに、『回帰』なんていう他のクラスメイトよりも強力な力を持っている以上、逃げるなんてことは許されない。
「なんだよー、このまま五人分の金で屋敷でも買って暮らそうと思ったのによ」
「それも良さそうですね。考えておきますよ」
酔った勢いかそんなことを言っているリオに相槌を打っておきながら、孔はお茶を啜った。
「コウは、まだ冒険するの?」
不意に、シルヴィアが話しかけてきた。無口な子だと思っていたので、突然のことに驚いた孔は危うく咽せかけたが、呼吸を整えて答えた。
「まだやることが残ってますから」
「……そう」
シルヴィアは一度お茶を啜ってから、孔にアクセサリーのようなものを渡した。
「もし、エルフの里を訪れる必要がある時になったら、これを使って」
「わかりました、けど……なぜそんなものをシルヴィアが?」
孔が不思議に思ってそう訊くと、シルヴィアは耳にかかっていた髪の毛をかき上げた。
「私は、少しだけどエルフの血を引いてる」
そう言われて、孔はシルヴィアの耳を凝視した。確かに、少しだが耳が尖っている。
エルフの里の通行証のようなものを持っている理由はわかったが、なぜ孔に渡したのだろうか、という疑問は残った。それについて訊こうと思ったが、それより早くシルヴィアが別のことを言った。
「それと、これはお願い」
「お願い?」
孔が首を傾げながら反芻すると、シルヴィアは頷きながらその内容を言った。
「足手纏いかもしれないけど、私を仲間にして」
「それは……どうして?」
孔はシルヴィアに懐かれるようなことをした覚えがないので、不思議だった。問われたシルヴィアは、なぜか目をキラキラさせながら答えた。
「コウは、精霊みたいで……なんだか落ち着く」
精霊……。確か、四大属性と同じ、火・水・風・土の精霊がいる、と言う話を聞いた覚えがある。……もしかして、『元素』スキルを持ってるから、精霊みたいと言われるのだろうか。
しかし、それについて聞く前に、もう一つの理由が聞かれた。
「もう一つは、エルフは、勇者に協力する約定を、遥か昔に交わしているから。盗み聞きしたみたいで悪いけど……私は、一足早く目が覚めて、竜とコウが話をしてるのを聞いた。コウは、勇者なんでしょ?」
なるほど。エルフの里どうのこうのはそう言う理由か。
「リオさんはいいんですか?これまで一緒にやってきたんでしょう?」
その問いにも、シルヴィアは迷うことなく頷いた。
「多分、あの感じならリオは冒険者をやめる。私は一緒に安住する気はない」
酔った勢いの冗談みたいなものかと思っていたが……結構本気にして大丈夫そうなやつなんだな、あれ。
そんなことを思ってしまったが、表には出さず真面目なトーンで会話を続ける。
「わかりました。そこまで言われては、断る理由がありませんね。よろしくお願いします、シルヴィアさん」
シルヴィアの提案を受け入れ、握手をしようと手を差し出したのだが……首をふるふる振られてしまった。
知らないだけで、エルフには肌の接触を禁じる掟でもあるのだろうか、と手を引くと、「違う」と言われてしまった。
「うーん、なにが違うんですか?」
首を捻って答えを出そうにも孔には思いつかなかったので、大人しく正解を聞くことにした。
「敬語、やめて。呼び捨てでいい。仲間でしょ?」
上目遣いでそう言われた。
シルヴィアは、孔が敬語を使っているのがお気に召さなかったようだ。
「わかったよ、シルヴィア」
「ん」
孔が呼び捨てにして敬語もやめると、シルヴィアは満面の笑みで握手をしてくれた。
真面目な話にしようとしたのに、幻影竜がギャグキャラみたいになってしまった……。




