第5話 冒険者
出立は随分とあっさりしたものだった。
早朝に衛兵から荷物を受け取り、その中身を取捨選択したのち、王とレオン、それにイシュリアに挨拶だけして、見送りなどはしてもらわずに城を出た。
「うーん、なんだか懐かしいな」
前回はレオンとイシュリアに追われながら城を出たので、今回とは大きく違う。
辺りの空気を味わった後、当面の目標を決めることにした。
とりあえず、前回で見知った事件などはなるべく解決する方針にしたので、このまま前回同様グラナートの街へ向かうことにする。
「おっと、その前に」
この城下町で冒険者登録をしておこう。他の国や街へ行くときに取られる税が免除されるし、何かと便利なのである。
ーーーーーーーーーー
「ようこそ、冒険者ギルドノルディア支部へ!依頼ですか?登録ですか?」
「登録をお願いします」
前回も聞いたことのある説明をすっ飛ばし、必要事項を記入した後受付嬢に冒険者カードをもらう。
「『ランクアップ制度』を使いたいんですけど」
「わかりました!少々お待ちください!」
孔がそう言うと、受付嬢は奥へと走って行った。
『ランクアップ制度』は、試験官との模擬戦により、依頼などを受けずにランクを上げることができる制度である。最も、判定基準が試験官に委ねられているので、安定して高ランクになることはできないが。
「よし、お前がランクアップ制度を利用したいやつだな?」
「そうです」
頷いて見せると、試験官の男は手振りで「ついてこい」と言って歩いていく。
後ろをついていくと、試験官から質問された。
「あんた、魔法使いって聞いたが……なんで腰に剣を差してるんだ?」
「どっちも使えるからですよ」
「ほう。そいつは随分な自信だな」
そんな風に雑談を交わしながら歩いて行くうち、孔たちは訓練場のような場所にたどり着いた。
「ルールは簡単だ。傷の深さに関わらず、魔法でも剣でもいいからとにかく一撃を入れた方が勝ち。ただ、拘束系の魔法とかは含まず、魔法での一撃は攻撃系の魔法に限定する。分かったか?」
試験官のルール説明に頷くと、試験官は「よし」と言ってから剣を抜いた。孔も鞘から刀を抜くと、中段に構えた。
「じゃあ、いつでもいいぜ」
こちらから開始のタイミングを決めていいらしい。
随分と舐められている気がしたが、気にせずに行こう。
「では、行きますよ」
あえてそう宣言してから、孔は昨日レオンと模擬戦とした時のように、足裏から風を噴射して飛び出す。
「うぉッ!」
思い切り刀を振って、試験官の剣へと打ち込む。キン!という金属音とともに火花が散り、試験官が僅かに後ろへと倒れる。
しかし鍔迫り合いへは移行せず、孔はそのまま再度風を噴射して空中へと浮き上がる。噴射を止めずに空中で一回転して、今度は上から突きを放つ。
「シッ!」
だが流石試験官と言ったところか、孔の高速突きを弾きつつ横に避けて見せた。
「なかなかやるようだな」
試験官はそう言うと、独特の構えをとった。
これは『剣技』だ。孔は魔法剣の使い手であるゆえに使わないが、『剣技』とは剣に魔力を込めた斬撃。そしてその型は流派によって異なる。
「炎神流、『焔牙斬』!!」
魔力を込められたことにより淡く光った剣による、横薙ぎの一閃。
孔は間一髪のところで刀を縦に構えて、その一撃を受け止めた。
「あっ…ぶねぇ…」
剣技は通常の斬撃よりも威力や間合いが段違いである。その分、本来剣士に必要のない魔力を消費すると言うデメリットがあるが、剣士にとって強力な武器であることには違いない。
込められた魔力を使い切ったか、剣の燐光が終わる。
すかさず、孔は刀に氷を纏わせた。
「魔法剣…ッ!」
試験官が息を呑むのが聞こえた。
ダイヤモンドダストが舞う刀を、孔は意趣返しのように水平斬りで試験官に向け放った。
氷の粒子を軌道上に散らしながら、激しい金属音とともに剣と刀が激突する。
しかし、火花は散らなかった。代わりに、孔の刀が白い冷気を放つ。
「うおッ!?」
その冷気は次第に試験官の剣へと殺到していき、ものの数秒の鍔迫り合いで、剣はその持ち主の手ごと凍結した。孔は凍った剣から刀を離し、レオンとの模擬戦の再現かのように首筋に刀を当てて、試合を終わらせた。
「ふぅ……お前さん、結構な出鱈目だな。あんな風魔法見たことねえし、魔法剣の起動が途轍もなく速い」
「はは、どうも」
試験官の褒め言葉を微笑で流しつつ、孔は剣を解凍させる。試験官はそれを見て驚きながらも礼を言った。
「三属性も扱えるのか。その上剣も行ける……これはB級にして問題なさそうだな」
B級は、ランクアップ制度で上がることのできるランクの中で最上級である。A級やS級は依頼を受けて実績を積まなければ上がることができないので、孔が上げられるのはここまでだ。
「ほんじゃ、上げてくるからちょっと待ってな」
そう言って試験官は受付へと向かって行った。
ーーーーーーーーーー
「ありがとうございます」
孔は試験官に礼を言って冒険者カードを受け取ると、ギルドを出た。
もうここでの用はないので、グラナート行きの馬車を探すことにした。前回は徒歩で向かう羽目になったので、今回こそは馬車で向かいたい。
幸いにも馬車はすぐに見つかった。金に関しては、王様からもらった分がまだ大量にあるので問題はない。
数十分後に出発すると言うことなので、金を渡した後に近くに腰を下ろして待つことにした。
「おっ、あんたもグラナートに行くのか?」
座って待っていると、青髪の男が話しかけてきた。
「そうですよ」
「俺もこの馬車乗るんだよ!よろしくな、俺はB級冒険者で『黒の羽』のリーダーのリオ・サンダースだ」
どうやら冒険者らしい。腰に剣を差しているので、おそらく剣士か。
「俺はB級冒険者のコウです」
「おぉ、あんたも冒険者かぁ!それにB級!なぁ、物は相談なんだが……」
リオは孔の隣に腰掛けると、自身がグラナートに行く用件を語り出した。
「グラナートの近くでドラゴンが目撃されたらしくてよ、俺らはそれを狩りに行こうと思ってるんだが……よかったら一緒に行かねえか?」
ドラゴン。まさしく、前回の孔たちがグラナートを訪れた理由であった。
確か、前回はグラナートでドラゴンに冒険者のパーティーが壊滅させられたと聞いて、亮太に連れられて討伐しに行ったのだ。
(つまり、こいつらがその壊滅したパーティーか……)
孔の目的とも被るし、断る理由はない。なので、孔はリオの提案を受け入れた。
「わかりました。同行させてもらえると助かります」
孔がそう答えると、リオは満面の笑みで孔の手を握った。
「おし!決まりだな!もうすぐで仲間が来るから、そいつらにも自己紹介してくれ!」
ーーーーーーーーーー
数十分後、孔たちは馬車の中で自己紹介をしていた。
「俺はB級のコウと言います」
『黒の羽』の面々は、それぞれリオ、マルティナ、ボルグ、シルヴィアというそうだ。
「俺が剣士で、マルティナが弓使い、ボルグが戦士、シルヴィアが魔法使いだな。コウは、腰にカタナ差してるし剣士か?」
試験官は刀を知らなかったが、リオは知っているようだ。
この辺の違いはなんなんだろうな……と思いつつ、リオの質問に答える。
「いや、俺は魔法剣士ですよ。魔法も剣も、どっちもいけます」
孔がそう言うと、リオは笑みを浮かべた。
「そりゃ頼もしいな!シルヴィアは水と回復が使えるんだが、コウは何が行けるんだ?」
特段嘘をつく理由もないので、正直に言うことにした。
「四大属性は全部使えますよ」
それに反応したのは、リオではなくシルヴィアだった。
「本当?」
シルヴィアは、キラキラした目で上目遣いしながら孔にそう聞いた。
(何この子、可愛い)
そう内心で思ったのは秘密だ。もちろん、年齢で言えば中学生に見えるので、妹的な『可愛い』だ。
「ええ、本当ですよ」
「すごい」
そう言われてみると、確かに複数属性、それも四つ以上というのは、あまり見たことがないかもしれない。イシュリアなんかは四つどころかほぼ全ての属性を扱えるが、あれは例外というものだろう。世の中の大体の魔法使いは、一つしか適性がないのだから。
「ま、そんならコウには遊撃に入ってもらうか。ボルグが攻撃を防いで、俺とコウで攻撃、マルティナとシルヴィアは後ろから援護だな」
そんな風に、馬車内で作戦会議や雑談をしつつ過ごした。




