第4話 出立前日
翌日。
全員が朝食を取り終わったところで、レオンから、孔の出立が告げられた。
「なっ、どう言うことだよ!?」
一番に反応したのは、亮太だった。まあ、当然といえば当然だろう。つい昨日、お前たちは弱いと言われたみたいなものなのに、孔だけが稽古を終えると言うのは。
「ですが、コウ様は私より強いですよ?」
レオンが亮太にそう言って宥めたが、しかし亮太は孔を指差しながら言った。
「じゃあ、俺と一対一をしろ!」
孔はため息をつきながら、席を立った。
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「これ、怪我さしても治してくれますよね?」
「ええ。ただ、なるべく重傷は与えないでもらえると……」
レオンに確認を取ると、孔は魔法剣の生成を始めた。亮太の『聖剣技』とやり合うには、これくらい必要である。
「おぉっ……!」
魔法剣の生成の様子を見て、クラスメイトたちが歓声を上げている。亮太は、面白くなさそうな顔をしながら剣を構えた。
レオンと戦った時と同じくらいの時間をかけて生成を終えると、孔はレオンに向けて準備完了の合図を送った。
「それでは、試合開始!」
「『聖剣技』!」
合図とともに、昨日と同じくスキルを使用する亮太。
昨日の戦いで何も学ばなかったのだろうか……?
孔は、ため息をつきながら、突進してくる亮太を迎えうった。
「氷縛」
水が亮太に向かって絡みつき、即座に凍る。しかし、『聖剣技』で強化された亮太の体が、氷を砕く。
「炎縛」
今度は炎が亮太に絡みつく。だがこれも、少し減速させただけで消えてしまう。
「氷床」
孔は、眼前に迫った亮太を避けるため、床を氷に変える。足を滑らせて減速した亮太を見ながら、横に飛んで避ける。
(いくら転移したてでも、『聖剣技』は厄介だな……)
単純な強化のスキルだが、その効果は強力だ。とはいえ、聖剣を持った二周目の亮太ならまだしも、今の亮太ならば余裕で勝てるだろう。
「氷槍、風纏い」
氷で滑った体勢を治している亮太に向けて、風で強化された氷の槍を放つ。亮太はそれを、剣を振るって叩き落として見せた。
孔はその瞬間に、手に持っている魔法剣を亮太に向けて投擲した。
「んなッ!?」
剣が飛んでくるのは予想外だったのか、亮太は動揺したようだが、すぐに剣を握りなおして叩き落とそうとする。しかし、孔はそれを許さなかった。
「大氷山」
魔法剣に纏わせた氷を起点に、孔は魔法を発動させる。
ピキピキ、と言う氷の音を鳴らしながら、亮太は氷山に埋まる形で凍った。
「勝者、コウ様!」
レオンが拍手とともに宣言した。その宣言を聞いて、半ば呆然としていたクラスメイトたちも、拍手とともに歓声を上げた。
その声を背中で受けながら、孔は氷漬けにされた亮太を解凍する。
「さあ、余興はここまでにして、今日の稽古を行いましょう!」
レオンがそう言うと、クラスメイトたちは興奮冷めやらぬ様子で訓練を開始した。
亮太は孔を見て何か言おうとした様子だったが、しかし何も言わずに訓練に参加していった。
ちなみに、今やっている訓練は、スキルの使用禁止で全員でひたすらにレオンに向かって打ち込むという訓練である。
格上との戦闘経験を積ませると同時に、痛みに慣れていない亮太たちに痛みを味合わせるという内容だ。
孔はしばらくその訓練を眺めていたが、次第に飽きてきたので、王の元を訪ねにいった。
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「おお、これはコウ様、お待ちしておりましたぞ」
王は宝物庫で孔のことを待っていた。昨日の夜に、装備を自分で決めると言ったので、選ぶ場に立ち会ってもらうためだ。
「では、ここにあるものを好きに持っていってくだされ」
前回は入れなかったから知らなかったが……とんでも無い量の財宝がある。もちろん、武具の棚には高級そうな装備の数々が並んでいる。
とりあえず、前回と同じようにローブと魔法剣を使うことにする。
防具の棚に入って、鑑定スキルを使いつつ目的の物を探す。
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炎帝のローブ
・耐久:31
・魔力:98
・効果:火系統の魔法の効力を高める。
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中にはこんなふうに名前からして凄そうなものも並んでいたが、欲しいものはこれではない。
しばらく探していくと、薄緑色のローブを発見した。
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風縫いのローブ
・敏捷:47
・耐久:19
・魔力:74
・効果:風系統の魔法の効力を高める。
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お目当てのものを発見したので、引っ掴んですぐに着た。
これは前回の周回で知ったことだが、『元素』スキルがない本来の孔の魔法適性は、風属性らしい。なので、四大属性以外で無詠唱が行えるのは、風の派生のみだった。
ローブを見つけたので、あとは魔法剣である。正直言って、魔法剣に関しては性能が良ければなんでも良い。ある程度属性の違いもあるが、結局は纏わせるだけなので、四大属性をマスターしている孔からすればなんでも良いのだ。
武具の棚に入って片っ端から鑑定していき、その中で最も性能の良いものをもらうことにした。
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翠颯
・攻撃:162
・敏捷:87
・魔力:91
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見つけたのは、何やらかっこいい名前の刀だった。名前と見た目からして、属性は風だろう。刀身に使われているクリスタライトが、淡く緑に発光している。
「よし、これにしよう」
前回の装備と比べるとローブの方が少し心許ないが、まあこれなら問題ないだろう。
刀を腰に差して宝物庫を出ると、王が刀を見て声を漏らしていた。
「おお……なんとなくそのカタナを選ぶ気がしておりました」
聞けば、昔の勇者が遺していった物らしい。出所はわからないが、中々に使えるようだ。
「それでは、食料や金銭などを用意させて、部屋に運んでおきます」
「わかりました」
とりあえず、これで明日までは自由時間だ。
刀は前回の周回でも使ったことがないので、素振りして慣れておくことにする。
聞き齧った話では、西洋剣は『叩き切る・押し潰す』イメージで、日本刀は『滑らかに斬る』イメージだと聞いた覚えがある。
また、呼吸と足捌きが重要だとも聞いたことがある。
夢中で素振りをしていると、気付けば昼食の時間になっていたようだ。
食堂に移動して昼食を食べると、レオンが隣に座ってきた。
「ほう、カタナですか。東の国では使い手がいるようですが、こちらではあまり見ませんね」
「なんでも昔の勇者が遺していったものらしいですよ」
「なるほど。非常に気になりますね」
趣味で勇者の文献を漁っているレオンとしては、勇者の使用していた武器と言うのは食いつくワードだったようだ。
「なんでしたら、練習したいのであとで模擬戦をしますか?」
「いいでしょう」
そんな流れで、レオンともう一度戦うことになった。
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昼食後、クラスメイトたちに与えられた自由時間の間に、模擬戦をすることにした。
「では、先に一撃入れた方が勝ち、と言うことで」
「わかりました」
ルールを初激決着にして、双方それぞれの得物を抜く。
審判はいないので、互いに剣を構えながらジリジリと間合いを詰めていく。
「魔法を使ってもいいですよ」
不意にレオンがそう言った。
「ではお言葉に甘えて」
魔法剣に魔法を纏わせた隙に攻撃しようという狙いだろうが、それに引っかかる孔ではない。顔に出さないようにしながら、意識を足下に集中させる。
『元素』スキルによるスペルワードなしでの魔法使用により、孔は足裏から風を噴射して突進した。
「なッ!?」
想定外だったのか、レオンは瞳に動揺を写し出したが、すぐに防御体制に入る。
『滑らかに力を通す』イメージで刀を振ると、初めてにしては案外上手く行き、キィンと言う金属音とともに鍔迫り合いが始まった。こうなると、こちらが有利である。なぜならこちらには、魔法があるのだから。
「氷固!」
孔は左手を一瞬だけ柄から離し、レオンに向けて魔法を放つ。
手から噴射された氷は、レオンの腕と足の関節を凍らせる。
「くっ……!」
すかさず力んで氷を割ろうとしたが、そう簡単に割れるような硬度では生成していない。
その隙に、鍔迫り合い中の刀を押し込んで行く。
しかし、その切先が届く前に、レオンの体を縛る氷は割れた。
氷が割れた瞬間、レオンは力を受け流すようにして、剣を倒した。
「うおッ!」
突然の出来事で孔は即座に対抗できず、刀はレオンの刃を滑って行く。
このままでは負けるのは確実、なので孔は一度風魔法を使用して距離を取ることにした。
「爆風!」
左手を柄から離して爆風を生み出し、自身の体を後方に吹き飛ばす。
訓練場の壁を足で蹴り、爆風の威力を殺すと、孔は刀に炎を纏わせた。
その間に爆風によって生み出された煙は晴れ、その中からレオンがこちらに向かってきているのが見えた。
刀に炎を纏わせたのが見えないように、孔は刀を後ろに構える。
「ハァァッ!!」
レオンは走りながら、孔に向けて渾身の上段斬りを放った。それを孔は炎を纏わせた刀で受け止める。
「何ッ!?」
僅かな時間で魔法を纏わせたことへの驚きで、レオンの力が一瞬緩まる。
その隙を逃さず、孔は炎の勢いを強めた。
「ハッ!!!」
短い気合を発し、炎をレオンに向けて殺到させた。
「グオッ…!」
あくまでこれは剣での模擬戦なので、魔法は決着判定にならない。
しかし、炎に焼かれたレオンは隙だらけであり、刀で簡単に剣を弾くことはできた。孔はそのままレオンの首筋に刀を押し当て、勝利宣言をした。
「ふぅ……やはり強いですね」
孔が回復魔法をかけていると、レオンは剣を鞘に収めながら言った。
「まあ、スキルがあるからな。なかったなら負けてたと思う」
「いえ、そんなことはないと思いますよ。初めてのカタナとは思えないほどでした」
レオンのお世辞を苦笑いしながら受け取り、治療を完了させた。
その頃には自由時間は終わっていたようで、亮太を中心としたクラスメイトたちが訓練場に入ってきた。
「それじゃ、俺は行きますね」
レオンに短くそう言って、孔は訓練場を後にした。




