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最終話 力の代償

評価してくださった方、ありがとうございます!

 時は少し遡る。

 孔はガラ空きとなったムサシの背中にブラック・パーロットを突き立てた。

 しかし、ムサシの腕に顔面を殴られ、物凄い速度で落下していく。


(いってぇ……)


 暗くなっていく視界の中、亮太の光の刃がムサシの首を斬り飛ばしたのが見えた。

 だが……その時にはムサシの心臓は再生しており、ギリギリのところで間に合わない。


 そして、孔の体は地上に近付いていき――。


風圧(ウィンドプレス)!」


 その魔法を使ったのは凛だっただろうか。

 ともかく、誰かのスペルワードを発声する声が孔の耳に響き、孔の落下の衝撃は和らぐが、しかし元々の速度が速かったのがあってか、孔は地面に打ち付けられる。


「かはっ……」


 その衝撃で吐血し、さらに孔の視界は暗くなる。


(ブラック・パーロットは……どこだ……)


 ほぼ真正面しか見えていない視界の中で、手探りで愛剣を探す。


「紅月くん、まだ動いちゃ――!」


「コウ」


 誰かが叫んで孔の手を止めようとするが、その声をシルヴィアの小さくもよく響く声が上書きする。

 次の瞬間、孔の手にはブラック・パーロットが押し付けられていた。


「ありが……とう……ごほっ……」


 血を吐きながらシルヴィアに礼を言い、ブラック・パーロットを真上に構える。

 シルヴィアが傍らで回復魔法を使い始める光が見えたが、気にせずにブラック・パーロットに魔力を注ぎ込む。


 魔力を注いでいくたびにどんどん意識が薄れていくが、そんなものは関係ない。今はただ、魔力を注入しなければという使命感しか頭に残されていない。


 魔力が限界まで充填されたのを感じ、孔は精一杯の力でブラック・パーロットを持ち上げる。


「『往け』竜剣……」


 孔はそう言いながら、ゆっくりとブラック・パーロットを押し上げ――突然、恐ろしい勢いで飛翔していく。


 飛んでいくブラック・パーロットが空中で目標に直撃したのを確認し、孔は安心するように瞼を閉じる――。


『本当に眠ってもいいのかい?』


 不意に、脳内に声が響く。

 誰の声だ……隣で孔を回復させているはずのシルヴィアではない。


『その少女の為に、この世界で生きると決めたんじゃないのかい?』


 孔の考えていることを読んだように、そう言われる。


(決めたさ……だが、もう俺の役目は終わっている……)


『本当にそうかい?』


 誰かに強引に瞼がこじ開けられたかのように、一瞬だけ視界が戻り、瞼の裏にその光景が焼きつく。

 どうやら巨人と化したムサシが大暴れしているようだ。


『どうだい?これでも、君の役目は終わっていると言えるかい?』


(俺は……)


『僕の与えた力で、君は一度やり直した。だが、その力はまだ、本当の意味で目覚めてないだろう?』


 だろう?だろう?とやまびこのように声が響き、突然視界が戻る。

 体中から血が吹き出して、心臓が飛び出そうなほど騒いでいるが、そんなものは関係ない。


「コウ……」


 シルヴィアが不安そうに回復魔法の威力を強める。

 安心させるように微笑んでから、コウは地面に倒れたまま右手の掌を向ける。


「……『回帰(リ・バース)』……」


 途切れ途切れに、吐血しながらスキルを発動する。

 コウの掌から光が放たれ、ムサシの巨体に衝突して消える。


「あ?なんだ――?」


 ムサシは困惑したようにこちらを向いたが、次の瞬間、その巨体が急速に萎んでいく。


「な、なんだこれは!?」


 ムサシが叫びながら暴れる内に、どんどんその体は小さくなり――最終的に、最初に見た時の少年の姿になった。


「おい、コウ……なんなんだぁこれは!?」


 怒りに震えながら叫ぶムサシ。

 どうやら、その力は弱まっているようで、先ほどまでの余裕綽々な表情は消え失せている。


「時間の……回帰……」


 孔が放った『覚醒』した『回帰(リ・バース)』による一撃は、対象をこの世界に生まれた時の姿に回帰させる。

 つまり、ムサシは日本からこちらの世界にやってきた時の少年の姿に戻ったというわけだ。いや、姿だけではない。その力も、日本からやってきたばかりのひ弱な少年だ。頼みの綱の『魔法反射(リフレクトマジック)』も消えているようで、焦った表情をしている。


 だが、孔の体は『覚醒』による心臓の過剰運動により、血を出しすぎていた。

 孔の意識はどんどん薄れてゆき――最後に映ったのは、銀髪の少女だけだった。


()――?」



ーーーーーーーーーー



(おかしい!なんなんだこれは!!)


 ムサシは胸中で絶叫した。

 孔に放たれた光に当たった瞬間、体から力が抜けていき、こちらの世界に来た時の姿に戻ってしまった。ステータスを開いても、大体が10とかそのぐらいになっている。スキルまでもが消えている。


(スキルに干渉できるのは神だけじゃないのかよッ!!)


 ムサシを召喚した者は、確かにそう言っていたのだ。

 にも関わらず、目の前で倒れ伏す血まみれの男は、当たり前のようにスキルに干渉してきた。


(何かの代償を払った……?それとも神の協力か?)


 考えるが、しかしわからない。

 いや、今はそれ以前にこの状況を打破する方策が必要で――。


 ヒュン。

 上空から飛んできた光の刃が、ムサシの首を飛ばす。ムサシの首はくるくると回転しながら落下し、あたりに血溜まりをつくる。


「ア……」


 魔王ムサシの意識は、そこで永久に途絶えた。



ーーーーーーーーーー



「……ハッ」


 突然意識を取り戻し、ハッとして上体を起こす。

 しかし、体を起こした途端ビリビリと体が痛み、思わず「うっ」と呻く。


「ここは……どこだ?」


 窓の外を見てみると、エルフの里だ。それはわかる。

 しかし、この家が誰の家なのかわからない……。

 エルセリアが建てた家ではない。あの家には一度入ったことがあるから、内装はわかっている。

 エルセリアが棲家にしている巨大樹でもない。あそこでは何度も寝たから内装を忘れるはずがないし、大体あそこには窓がない。


 じゃあ、誰の家だ――?


 ドアがバタンと開き、そこから()()()()()()()()が入ってきた。


「コウ、起きたの?」


 心配そうに、上目遣いでこちらを見てくる少女。


「……誰?」


「――え?」


 エルフの里の子だろう。だが、なぜ孔がわざわざこの子の家にいるんだ?

 そう思って聞いたのだが……少女は目に涙を浮かべてしまった。


「え、えっと――?」


 そのまま少女は、乱暴に扉を閉めて出て行ってしまった。



ーーーーーーーーーー



(コウ、どうして……)


 自分の家の部屋に入ると、孔が目覚めて窓の外を眺めていた。

 だから、シルヴィアは声をかけた。何もおかしなところはなかったはずなのに。


『……誰?』


 先ほど孔に言われた言葉が蘇る。目に涙が溜まっていく。


 意地悪などではない。孔はそんなことをするタイプの人間ではない。

 それに、あの目は、あの顔は――本当にシルヴィアが誰かわからず、警戒している目だった。


 シルヴィアは、啜り泣きながら自身の家の廊下で膝を抱えていた。



ーーーーーーーーーー



 孔が目覚めたのはムサシ討伐から二日後、そして今日は五日後だ。

 エルセリアから聞いた話によれば、魔王討伐の一週間後に勇者たちは帰ることができるらしい。その際、帰還を断って何か別の報酬を受け取ることもできるそうだが――断ると言ったものは、いなかった。


 時刻が正午になった頃、クラスメイトの一人が光に包まれて消えた。


「時間か……」


 孔は呟く。

 こうやって順々に光に包まれて消えていくそうだ。

 孔はクラスメイトたちを見ながら、この世界での思い出を振り返った。

 一周目の世界では殺されてしまったが、なぜか身につけた『回帰(リ・バース)』スキルの影響で、こうやって二周目を送ることができた。イルーシオのような頼もしい仲間も見つかったし、一周目ではできなかったスキルの覚醒もできた。

 『回帰(リ・バース)』に助けられたのは、それだけではない。ムサシを討伐する時も、『覚醒』によって本来の力を発揮し、ムサシを弱体化させてくれた。なぜだか頭には空虚感があるが、ステータスに異常はなかったし、きっと反動的なものだろう。元の世界に戻れば、それも消えるはずだ。


「孔、次お前じゃないのか?」


「ん?」


 亮太が話しかけてきた。


「これ、多分出席番号順だぞ。なぜそうなのかはわからんが」


「あっ、そう?」


 確かに、言われてみれば先ほど消えたのは出席番号一番だ。孔は紅月なので、ならば次か。


「てか孔、お前シル――」


 亮太が何か言おうとしたが、その瞬間、孔の体は光に包まれた。


『やあ』


 何も見えない空間に、声だけが響き渡る。


『僕は神だ、とか言う気はないから、用件だけ言うよ。君は、元の世界に帰りたいかい?』


 聞き覚えのあるような、ないような、そんな声だった。


 孔は当然のように、「帰る」と言おうとする。


「帰――」


 言葉が出ない。


「帰――」


 「る」が言えない。

 この先の言葉が紡がれない。


『どうしたんだい?』


 途端、バチバチバチ、と電流が流れるようにして、脳内に記憶が流れ込んでくる。

 上目遣いでこちらを見る銀髪の少女。その頭を撫でる。口付けを交わす――。


「俺は、帰らない」


 そうだ、なぜこの一週間忘れていた。

 シルヴィアのために帰らないと決めたはずなのに。


『へぇ、驚いた。じゃあ、代わりの報酬は何がいい?』


「できるのならば、俺にエルフと同じだけの寿命を」


 即答だった。

 孔の言葉から邪念を感じなかったか、神らしき相手は了承した。


『いいだろう。それじゃあ、行ってらっしゃい――』


 そして、孔はその空間から放出された。


『驚いたねえ、まさか神の力の代償を克服するとは』


 勇者や魔王に与えられた、いわゆるスキルは神の権能の一部である。

 適正のある者しか使うことができず、通常人間は一つしか使うことができない。

 そのはずなのに、徒に終わると思ったあの男への譲渡は、その効果を遺憾なく発揮した。それだけではない、二つのスキルの『覚醒』と言う偉業を成し遂げ、さらにその力を扱った反動である記憶喪失までをも乗り越えた。


『面白い、実に面白い……』


 ククク、と笑い声だけが響く。

 次の勇者がその空間に呼ばれるまでに、もう少しだけかかった。



ーーーーーーーーーー



「――は?孔?」


 浮遊感が訪れ、見慣れたエルフの里の景色が目に入る。

 目の前に座ったままの亮太は、孔が帰ってきたことに驚いている。


「悪いな、用事ができた」


 亮太にそう言い、孔は駆け出す。亮太が何やら叫んでくるし、体に違和感があって足が重いが、そんなものは関係ない。今はただ、会いに行くだけだ。


「『元素体(エレメンタルボディー)』」


 体に風を纏い、一気に飛翔する。

 何度か角を曲がり、目的の家に辿り着き、『元素体(エレメンタルボディー)』を解除する。


 扉を開けるが、家主は不在だ。だが、この家に一人だけエルフがいることを、孔は分かっている。

 階段を登り、大切な思い出の入った部屋の扉を見つめる。


 コンコン、とノックした。


「…………」


 返事はない。

 だが、孔は扉を開ける。


 ベッドの上に、膝を抱える銀髪の少女がいた。シルヴィアだ。

 シルヴィアは顔を上げ――そして、孔の姿を見て涙を浮かべた。


「ごめん、シルヴィア。さっき全部思い出したよ」


 シルヴィアは顔を驚きで満たし、涙を大量に流し――孔に抱き着いた。


「コウ、コウ!」


「本当にごめん……」


 孔に抱き着きながら泣きじゃくる少女の銀髪を、孔はいつまでも撫で続けた。

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