第42話 四天王 その4 吸血王
黒瀬晴臣は、階段を駆け上がりながら考えていた。
どうすれば四天王に勝てるのか、である。
孔や亮太のような、クラス内でもそこそこ強い晴臣から見ても化け物のような連中が苦戦するような相手。晴臣は班のリーダーになってしまった以上、それと相対して勝たなければならない。
亮太がラリアを倒せばこちらに応援に来てくれるとはいえ、それまでの間互角の戦いを演じる必要がある。
そんなことを考えている間に、頂上に辿り着いた。
緊張を押し殺して、班員たちに告げる。
「行くぞ!」
こちらの世界にやってくる前からの仲の班員たちは、晴臣の宣言に呼応して叫ぶ。
そして晴臣は、扉を開ける。
奥から漂ってくる、濃密な気配。
「ッ……」
シルヴィアに脅された時にも感じた、しかしそれよりも圧倒的に強力で、脅威を感じさせる圧。
その圧の発生源は、部屋の奥に座る一人の男。
「勇者よ、そんなところで足を止めずに、近付いてくるが良い」
男の言葉に、思わず全員が自分の足元を見る。
無意識のうちに、足が止まっていたのだ。
晴臣は自分の体に鞭打つようにして、前に歩む。
「余は"吸血王"アーリア。ヴァンパイアの真祖である」
「ッ……俺は、黒瀬晴臣。勇者の一人だ」
アーリアが発する強大な気配に思わず唾を飲み込みながらも、なんとか名乗りを返す晴臣。
後ろの班員達に至っては、体が若干震えている。
「貴様は他より骨があるようだな。良いだろう、余が直々に相手をしてやろう」
アーリアはそう言って椅子から立ち上がり、指を鳴らす。
すると、暗がりから九人のヴァンパイア達が出てくる。
「こやつらは公爵や侯爵。きっと貴様らを楽しませてくれるであろう」
後ろですくんでいた班員たちは、その言葉を聞いてゆっくりと武器を手に取る。
晴臣もそれに続いて、自身の剣を抜く。
「『氷嵐』」
不意に、班員の一人、白峰雪乃がスキルを使った。
部屋は冷気で満たされ、薄い純白の霧が漂う。
これは、味方には強化を施し、敵には冷気による弱体化を与えるスキルだ。
「すぅぅ……行くぞぉ!!」
大きく深呼吸し、晴臣は叫ぶ。
晴臣の叫び声で、班員達の震えは消え去った。
「面白い。来るが良い!」
余裕綽々と言った表情で佇むアーリアに向けて、晴臣は駆ける。
「『雷走』!」
晴臣の体に一瞬にして電流が走り、直後、晴臣の姿は消える。
一瞬の内にアーリアの背後に回った晴臣は、剣を一閃する。途轍もない速度で放たれた一撃だったが、アーリアは一瞬で振り向いて攻撃を受け流す。
「ほう、余に匹敵する速度か。面白い」
アーリアは凄絶な笑みを浮かべると、高速の連撃を始める。
晴臣は雷によって加速された体で、その連撃を避け、流し、止める。
アーリアに剣を弾かれたところで、晴臣は飛び退いて距離を取る。
そして、突きの構えを取り――思い切り踏み込んだ。
一瞬だけしか出せない超人的な速度での突き。これまでの晴臣の速度しか知らなかったアーリアは、一瞬の出来事に対応しきれず心臓を貫かれる。
「やったか……?」
「その程度でやられるほど、余は衰えてはおらぬぞ」
心臓を貫かれ吹き飛んだはずのアーリアは、しかし立ち上がって余裕そうに言う。
胸に風穴を空けたはずなのに、服ごと一瞬で再生している。
「知らぬようだから、慈悲の心で教えてやろう。余を殺すには、聖剣か魔剣、もしくは竜剣が必要だ。確かにそれは業物のようだが、それでは決して余を殺すことはできぬ」
アーリアはそう言うと、晴臣に向けて斬りかかる。
そしてそこから、常人には捉えることのできない、超高速の剣戟が始まった。
ーーーーーーーーーー
亮太は立ち上がると、沙耶と柚葉に近付く。
「美園さん、大丈夫そうか?」
「眠ってるだけみたい……多分、起きたら元通りになってるはずよ」
「そうか……」
亮太は部屋を見回して少しした後、班員達に向かって指示をする。
「白川さんと昴、それと剣真以外は美園さんの護衛をしてくれ!最初の玄関まで運んであげておいてくれ!俺たちは、黒瀬の援護に行く!」
「「「「「わかった!」」」」」
異口同音に返事をする班員達を見てから、亮太は沙耶の護衛から外した三人を呼ぶ。
「白川さん、昴、剣真!黒瀬の援護に行こう!」
「オッケー!」
亮太は昴に合図すると、昴は三人を影に引き込む。
視界は暗闇に包まれ、音は聞こえないが、これで素早く黒瀬の元に辿り着けるはずだ。
数分後、いつの間に塔を駆け上がったのか、ラリアの居室の扉と似て非なる扉の前で影から出る。
「白川さんは必要に応じて結界で援護、剣真はその護衛。昴は遊撃を頼む」
簡潔に指示を飛ばし、全員が頷いたのを見て、扉を開いて中に入る。
「さ、寒っ」
思わず体がぶるりと震える。これは恐らく、雪乃のスキル――。
そう認識した直後、寒気が消えて、暖かいとは言えないものの決して寒くは無くなった。
「佐渡!手伝って!」
「了解!」
叫ぶ雪乃にこちらも叫び返し、亮太はアロンダイトを抜き放つ。
三人に雪乃や他の班員の援護を任せ、亮太は奥の玉座のようなものの前で戦う二人の方へと移動する。
『聖剣技』を使った亮太並みの速度で剣戟を繰り広げるのは、晴臣と黒いマントを翻す男。
(黒瀬が戦ってるということは、こいつが四天王……)
介入したいところだが、スキルを発動しなければ間に入れない。
どうしたものかと思案していると、男が亮太の存在に気付き、一度飛び退く。
「新たな勇者か、面倒な……。余は"吸血王"アーリアである!控えよ!頭が高いぞ!」
アーリアと名乗った男から放たれる途轍もない圧に、亮太は思わずアロンダイトを取り落としそうになる。しかし、アロンダイトが強い光を発して、体の震えを消し去る。
「聖剣アロンダイト、か……厄介なものを持ってきおって」
「俺は佐渡亮太。アロンダイトの持ち主だ」
聖剣アロンダイトを忌々しそうに見つめるアーリア。
聖剣の光が苦手なのだろう、アロンダイトが時々光を強くするたびに、目を細めている。
「黒瀬、あいつの相手はできるか?」
「もう少しならいけるぞ。お前、あいつの心臓潰せるか?」
「どうにかやってみる」
晴臣と軽く相談をして、アーリアの方を向く。
そしてどちらからともなく、晴臣とアーリアは斬り結び始めた。
「『聖剣技』」
スキルを発動させ、体が金色に輝くと、ようやく晴臣とアーリアの剣戟を目で追えるようになる。
晴臣がアーリアの動きを止めた瞬間に、光の刃を放って心臓を斬る。その時が来るまで、亮太はじっと待ち続ける……。
それを分かっているからか、晴臣はアーリアの攻撃を避けることなく、なるべく全て剣で流したり止めている。
数分の剣戟の末、待ち望んだ時がやって来る。
アーリアの上段斬りを、晴臣が受け止め、更に足払いを入れる。
「ぬっ……!」
これまで下半身を意識していなかったからか、アーリアは体勢を崩す。
電光の如く一瞬で離れた晴臣を一瞥してから、亮太は光の刃を放つ。
光速で飛んでいく刃はアーリアの心臓を貫き、アーリアは後方に吹き飛ぶ。
安心してアロンダイトを納めようとした亮太だったが――アーリアの圧が消えない。
「やれやれ、二度も心臓を貫かれるとは……余もついに衰えたか?」
自分の服を軽く叩きながら、悠然と歩んでくるアーリア。
心臓を聖剣で貫いても死なないとは、一体どうすれば死ぬのか……。
不意に亮太の頭に、『覚醒の迷宮』でローメン・ノワールを殺した時のことが蘇る。
確かあの時は、首と心臓を同時に斬り飛ばしたはず。ならば、それと同じことをすればアーリアも倒せるだろうか?
しかし、アーリアの再生速度はローメンの比ではない。剣戟の合間にたまに晴臣が傷をつけていたが、それも斬りつけた瞬間に傷は再生していた。
つまり――亮太一人では足りない。二人以上が同時に攻撃する必要がある。
だが、聖剣は一本しかないし、そもそもこの速度の戦いについてこられる者は限られる。
晴臣は諦めず剣戟を繰り広げているが、亮太はその事実に気が付き愕然とした。
晴臣がまたも動きを止めた時、今度は首を飛ばしてみるが、結果は変わらない。
首が飛ばされた直後に新しい首が生えてきて、アーリアは余裕の表情でまた剣戟を始める。
つまりこれは、アーリアにとっては時間が経てば終わる戦い。
晴臣の持久力がなくなり、アーリアに殺された時が最後、この部屋にいる全員は惨殺される。
「ッ……!」
『聖剣技』の効果時間が切れて、亮太の体から光が消える。
その様子は、まさに亮太の心の様子を表しているようで――。
突然、バーンという音と共に、扉が吹っ飛んだ。
そして部屋に響く歌声。
振り向いた亮太の目に映ったのは……この場において何よりも頼もしい、漆黒の剣を持った二人の男と、杖を携えたエルフ。
「チッ、ネメシアども、もうやられたか……」
アーリアは煩わしそうに舌打ちする。
雪乃のスキルだけでなく、琴葉のスキルによって、亮太や晴臣の体は二重に軽くなる。
安心してアロンダイトを握り直すと、扉の方から孔とイルーシオ、そして千歳が走ってきた。
「『治癒』」
千歳の杖から光が放たれ、晴臣の体を包み込む。
「体が軽く……」
光が消えると、長時間の剣戟によって無数の傷を負っていたはずの晴臣の体は、完全に元通りになっていた。体だけでなく、斬り裂かれたはずの服も直っている。
「次から次へと羽虫が舞い込んでくる……厄介な」
「羽虫じゃなくて、俺は孔で、人間だ。人と虫の違いもわからないんじゃ、ヴァンパイアもおしまいだな」
「比喩だ比喩!そんなものが通じない貴様の方がおしまいだ!」
孔のよくわからない煽りに乗っかって叫んだアーリアは、咳払いすると名乗りを上げる。
「余は"吸血王"アーリアであるぞ!控えろ!跪け!」
「……は?跪かねえけど?」
アーリアから放たれる圧を微塵も感じていないようで、孔もイルーシオも平然とした顔をしている。
「イルーシオ、なんか感じる?」
「いや、何も。吸血王とやらも、まだまだ未熟のようだな」
イルーシオにまで煽られ、アーリアの顔は怒りで満ちる。
「チッ、竜剣を持っているからと、調子に乗りおって……」
「竜剣?」
「貴様の持っているそれのことだ!分からぬのに使っているのか!」
「え、これ竜剣って言うの?」
「おお、そういえばそうだったな。竜剣ブラック・パーロット、それが正式な名前だったな!」
アーリアの言葉で合点が言ったのか、高笑いするイルーシオ。
アーリアは調子が崩されたようで、不機嫌な顔をしている。
「竜剣……それなら、あいつを倒せるんじゃないか?」
それまで黙っていた晴臣が、アーリアを警戒しながらこちらに歩んでくる。
「ん?どう言うことだ?」
「あいつが自分で言ってたんだよ。聖剣か魔剣、竜剣のどれかが必要だってな」
「でも、心臓を貫くだけじゃ死ななかった。多分、首と心臓を同時に斬る必要がある」
「なるほどな……それを自分で言ったと。やっぱヴァンパイアっておしまいじゃん」
晴臣の言葉を亮太が補足すると、孔は呆れたように鼻で笑う。
だが、孔の持つ剣が竜剣であるならば、勝機は見えた。
「じゃ、イルーシオと黒瀬はあいつの相手をしてくれ。俺と亮太であいつを斬ればいいんだろ?」
「そう言うことだな」
孔の言葉に亮太は頷くと、もう一度『聖剣技』を発動する。
イルーシオと黒瀬も頷き、二人はアーリアに向かって飛び込む。
「孔、お前これで三戦目だろ?体力は大丈夫なのか?」
「榊さんにちょっとヒールしてもらったし、大丈夫だ。魔力も戻ってきてる」
孔はそう言うと、自身の剣を大上段に構える。剣は緑の輝きを放ち始め、風圧で孔の髪が揺れる。
亮太もそれに並んで、アロンダイトを下段に構える。
そして、晴臣とイルーシオ対アーリアの剣戟を見つめ、その時を待つ。
イルーシオが幻影による四方からの攻撃を行い、晴臣が幻影の後ろから突きを入れ、イルーシオがアーリアの頭上から本命の攻撃を入れる。
しかしアーリアが指を鳴らすと幻影は全て消え失せ、晴臣の突きは弾かれ、イルーシオの落下攻撃は避けられる。
そんな風な戦いをしていたところで、ついに状況が動く。
イルーシオが剣技を使い、アーリアはそれを受け止めて弾くまでに、三秒ほどの時間を要されることになった。
僅か、三秒。
それを見て、孔と亮太は動いた。
「風神流『神颪』!!」
「ハァァァッ!!!」
孔は目にも止まらぬ速度で飛び込んで剣技を放ち、亮太はその場で光の刃を放つ。
光の刃は孔以上の速度で飛翔して、心臓を貫く。孔は一瞬遅れて、アーリアの首や顔を切り刻んだ。
勇者の中でも最高火力を誇る二人の攻撃を受け、アーリアは一瞬で崩れ散った。
『見事、見事……』
その瞬間、亮太たちの脳内に直接語りかける声が。
『お前たちの戦い、しかと見せてもらった。さあ、俺の元に来るが良い、勇者たちよ!』




