第39話 四天王 その1 支配王
「ふぅ……」
ネメシアの塔を駆け上がり、扉の前で一息つく孔。
気配からして、この先でネメシアが待ち構えているのは間違いない。
気持ち的には、今すぐにでも突っ込みたいところだが……流石に班員を待たねばならない。
ブラック・パーロットを鞘から抜いて待っていると、やがてドタドタという足音と共に、シルヴィアを先頭にした班員たちが上がってきた。
「ちょっ、紅月くん!」
「コウ、速すぎ」
班員の神崎琴葉とシルヴィアの抗議の声に謝りながら、孔は伝える。
「この先に、ネメシアがいる。神崎さん、中に入ったらすぐ歌ってくれ」
「うん、分かった」
琴葉のスキルは『共鳴歌』と言って、歌を歌うことで、味方にさまざまな力を授ける。
精神を強化する精神魔法耐性も中には含まれているので、ネメシアの相手をするのに適任だ。
「じゃあ、行くぞ」
ネメシアの性格的に、扉を開けた瞬間に不意打ち、ということはないだろう。
そう考えた孔は、魔王城に押し入る時のように扉を爆破することなく、ブラック・パーロットの柄を押し当てて開けた。
「来てくれたのね、コウ」
「お前を殺るのは、俺以外ありえないからな」
ネメシアの歓迎のセリフに、敵意をむき出しにして反応する孔。
その背後では、琴葉が目の前のやり取りを気にすることなく歌い始める。
体が軽くなったのを意識しつつ、ネメシアの背後にいる集団に目を移す。
「そいつらは、お前の精神魔法で飼い慣らした奴らか?」
「まあ、中にはそういうのもいるけれど……大体は、私の配下といったところね」
その返答に、舌打ちをする孔。
全員が精神魔法に侵されているのであれば、琴葉の歌の対象に含ませることで解除できただろうが……そうでないのならば、敵に塩を送る真似になりかねない。
大人しく、それらを相手することに決めた。
「シルヴィアは神崎さんの護衛、残りはネメシア以外の相手をしてくれ!俺はネメシアをやる」
シルヴィアがまた操られたらたまったものじゃない、と後方に配置する。
琴葉の歌によって操られることはないと思っているが、念の為だ。
全員が頷いたのを確認すると、孔は風を最大限利用しながら、高速で斬り込む。
「ッ……へぇ、前より速くなってるわね」
「まぁ、なっ!」
孔の最速の斬り込みを難なく止めたネメシアに、そのまま連撃を浴びせる。
エルフの里での鍛錬と、『共鳴歌』によるバフ掛け状態のおかげで、前は余裕そうだったネメシアの表情は、真剣な顔になっている。
「もう一度あのエルフを操ったらどうなるかしらね?」
「チッ!!!」
剣戟の最中、孔を煽るように揺さぶりをかけてくるネメシア。
怒りのあまり、孔の剣筋が僅かにブレる。それを見逃さず、ネメシアは手刀の一撃を孔の左腕に叩き込む。
「ぐっ……!」
痛みに声を上げながら、後方に吹き飛ぶ。
自身の体を構成する風を利用して衝撃を緩和し、再度ブラック・パーロットを構える。
「すぅぅ……はぁぁ……」
心を落ち着かせるために深呼吸をする。
対人戦で冷静さを失うのは、一番の悪手だ。怒りが力に変わる、なんてことは有り得ない。冷静に考えなければ、勝てるものも勝てない。
深呼吸をする孔に、今度はネメシアが飛び込んでくる。
右拳から繰り出される一撃を、ブラック・パーロットで受け止める。続けて、ネメシアが左拳を振りかぶるが、その前に孔の魔法が炸裂する。
(盲目!)
「なっ……!?」
孔の闇属性魔法を至近距離で喰らい、視界を奪われるネメシア。
そのタイミングで孔は上体を逸らし、左拳の一撃を避けると同時に、ブラック・パーロットでネメシアの顔面を思いきり突く。
しかし、流石は四天王と言ったところか、盲目で見えないながらも攻撃の気配を感じ取り、後方に飛び退いて避けてみせた。
「厄介なモノを使うわね……」
「褒めていただけて光栄だな」
ネメシアの心からの文句に、軽口で応じる。
おそらく、すでにネメシアの視界は回復しており、普段通りに物が見えているはずだ。
同じ手は二度通用しないだろうということで、趣向を凝らしてみることにする。
(黒幕)
イルーシオ直伝の隠蔽魔法を発動する。
孔の姿が掻き消えるが、ネメシアはすぐに対抗の魔法を唱える。
「心眼」
イルーシオの隠蔽をも見切った魔法だ。
しかし、それを唱えてくるのは想定済みである。孔も即座に対抗魔法を使用する。
(暗脈)
孔の手から放たれた不可視の闇の波動は、ネメシアに直撃する。
この魔法の効果は、対象の魔力循環を乱すことである。そう長時間は乱せないだろうが、少しでも妨害ができれば上出来だ。
「くっ……!」
ネメシアの心眼は強制終了し、孔の姿は再び捉えられなくなる。
さらに、ネメシアの拳の周りの揺らめきも消えている。おそらく、今なら手刀による攻撃も使えないだろう。
今がチャンス、と孔は突っ込む。
ネメシアは急いで魔力の循環を正そうとしているようだ。
ブラック・パーロットをネメシアの首に向かって振るう。
当たる、と確信しながら振るった剣だったが、ネメシアの拳が高速で割り込み、間一髪のところで受け止めた。
「危なかったわね……闇属性とは、やはり厄介ね」
「お前の精神魔法の方が、よっぽど厄介だよ!」
拳ごと首を斬り裂こうと、孔が力を入れる。
ネメシアは片手では足りないと判断して、右拳も間に割り込ませ、しばしの拮抗状態が生まれた。
「とはいえ、あの娘の歌で精神魔法は効かないしねぇ……あの歌がなければ、エルフをもう一度操れるんだけど」
「……その挑発にはもう乗らないぞ。出来もしないことをぐだぐだ並べ立てるな」
ネメシアの煽りに低く言い返すと、ネメシアは笑みをこぼす。
「ふふ、そう?本当にできないと思うのかしら?」
「……どういうことだ?」
「私の配下たちが、勇者の守りを掻い潜ってあの娘を殺す、とは思わないの?」
「思わんな。お前と違って、俺は仲間を信頼してるんでな」
「あら、そう?」
このままではトドメを刺せないと判断し、一度後退する。
そのタイミングで、琴葉の歌の一曲目が終わる。一瞬体の重みが戻ったが、すぐに次の歌が始まるだろう……と孔が楽観視していたその時、最も恐れていたことが起こった。
「支配之王冠」
「なっ!?」
思わず飛び出したが、慌てて急ブレーキをかける。
今ここでネメシアと斬り結べば、背後から突かれることになる。
ネメシアの最強の精神魔法を喰らった班員たちは……漏れなく攻撃の手を止め、次いで孔の方を見やる。
唯一の例外はシルヴィアで、シルヴィアだけは班員たちから離れ、孔の元に避難しに来ている。
「さて、どうするかしら?仲間を殺すわけにはいかないものね……ふふふふふ」
卑劣な笑みを浮かべながら、孔を揺さぶるネメシア。
しかし、孔は対抗手段を考えていた。
「シルヴィア、歯食いしばってくれ……冥闇咆哮!」
慣れない闇属性魔法のため、一応スペルワードを唱えた。
孔の全身から全方向に向かって放たれた闇の波動は、ネメシアの部屋の中にいる全員を襲う。
波動に打たれたものは目から力が消え、やがてバタリと倒れていく。
例外はシルヴィアとネメシアだけだ。効果範囲を絞ったりする器用なことは孔にはできないので、シルヴィアが倒れないのは、ネメシアと同様に心が強い証明だ。おそらく、ネメシアに一度操られたあの時から、もう二度と同じ真似はしまいと強く思ったのだろう。
倒れていく自分の配下と班員たちを見て、ネメシアは笑みを消すことなく問いかける。
「あら……その魔法、確か心を壊す魔法よね?信頼する仲間にそんなことして、よかったのかしら?」
ネメシアの言う通り、冥闇咆哮は精神を破壊する魔法だ。術者である孔と同レベル以上の心の強さがなければ、抵抗することはできない、禁呪と言ってもいい。
しかし、回復手段はあることにはある。
「勇者の中には、回復能力がすげえ奴がいてな……そいつに頼めば、こいつらの回復なんて簡単だ」
「チッ、面白くないわね……」
孔の発言に、不機嫌そうに顔を歪めるネメシア。
イルーシオ班に孔の目当ての人物はいたはずなので、イルーシオの援護をしに行くのと同時に治してもらえる、と言う算段だ。
「ま、いいわ。コウを殺して、後ろの勇者連中を操ることにしましょう」
「できるもんならな。……シルヴィア、下がって援護をしてくれ」
「ん」
ネメシアの呟きに気丈に返すと、孔はシルヴィアを後方に下がらせる。
怪我をさせたくないと言うのもそうだが、そもそもシルヴィアは魔法使いなので、後方で援護に徹してもらった方が助かる。
回復魔法と水魔法による軽い強化を受け、孔はネメシアと対峙する。
「……悪いが、さっさとこいつらを治療しないとだからな。これで終わらせるぞ」
「しょうがないわねぇ……いいでしょう。来なさい」
拳を正面に構えたネメシアに対し、孔は大上段にブラック・パーロットを構える。
そして、ゆっくりと魔力を込める。真っ黒なブラック・パーロットの刀身が、緑の輝きを放ち始める。
「……風神流『神颪』」
大上段から放たれた高速の斬撃は、残像すら残さずにネメシアを斬り刻む。
僅か一呼吸の間に十太刀以上を入れ、最後の一撃でネメシアの心臓を的確に突く。
ネメシアは流石と言うべきか、最初の五発ほどは防いで見せたが、それ以降は対応できずに体の各所を斬られた。心臓への一突きも対応できずに、ブラック・パーロットは緑の輝きを収縮させながらネメシアの胸を貫いている。
「ゴフッ……流石ね、コウ。途中から、目で追えなかったわ」
「そうか……。大人しく、眠りにつくといい」
血を吐きながら孔を称賛するネメシア。
孔はせめてもの情けと、ブラック・パーロットを一瞬で引き抜き、首を素早く一閃した。
「はぁ、はぁ……」
ネメシアの命が絶えるまでは強がっていたが、『神颪』の反動に膝をつく。
エルフの里で習ったが、消費する魔力は尋常じゃなく、その上体も酷使する。
「コウ!?」
シルヴィアが孔を心配して駆け寄り、膝をつく孔の背中に回復魔法の光を浴びせる。
暖かい光に回復され、少しずつ体が楽になっていった。
「ありがとう、シルヴィア……」
ブラック・パーロットを支えにして立ち上がり、回復魔法を唱え続けるシルヴィアの手を握って止めさせる。
「だ、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。俺の回復よりも、先にこいつらを運ぼう」
心配そうに上目遣いで問いかけるシルヴィアを撫でてから、ブラック・パーロットを鞘に戻し、班員たちを指差す孔。
シルヴィアは孔の言葉を聞いて頷き、無詠唱で人数分の台車を生成した。
「おお……」
感嘆の声を漏らしながら、手分けして班員たちを台車に乗せる。
風魔法で一気に乗せたいところだが、魔力を大量に消費したため、魔力切れを懸念して手作業で行うことにした。
六人全員を台車に乗せると、孔たちはネメシアの居室を出る。
「台車の移動、頼むぞ。イルーシオの援護に行こう」
「ん」
そして孔たちは、ネメシアの塔を降りていった。




