第33話 騒乱勇者の迷宮攻略 その3 亮太対水無月
「よし、ちょっと休憩しようか」
亮太は三人に呼びかけ、ボス部屋の前で座り込む。
ここは五十階層の大扉前である。
「そうね、疲れたわ」
そう言いながら、柚葉は水を飲む。
ちなみに、柚葉は四十六階層での戦闘で『覚醒』を果たしている。
その後の能力は、以下のような感じだ。
・状態異常の気体を無色無臭で出せる
・吸うと効能のある甘い香りの煙を出せる
それと、体臭が良くなるというのもあるらしい……。
ともかく、亮太以外の三人は既に『覚醒』をしている状態だ。
なので、亮太は焦り気味なのだが……。
「大丈夫大丈夫。ラスボスなんて絶対強いんだから、『覚醒』するって。あ、でも強かったら死んじゃうかもしれないから、大丈夫じゃないのかも……?」
顔に出ていたのか、柚葉が亮太を慰める。
そんな風に休憩を済ませ、全員で柚葉の『香気』を吸い、扉を開けた。
ちなみに効能は、
・状態異常耐性
・魔法耐性
・身体能力微増
・治癒力向上
の4つだ。魔法耐性に関しては気休め程度、治癒力向上に関してもあくまで自然治癒力を高めるだけなので、本命は他二つと言えるだろう。
そして、扉を開けた先にいたのは……一人の人間だった。
「やぁやぁ勇者くんたち!俺はこの迷宮の開発者、水無月の人格コピー、人造人間だ!」
「「「「……」」」」
どんな強者が待ち構えているのだろう、と緊張していた中、強さのかけらもなさそうな男が現れて、四人は絶句した。
ヴァンパイアのローメン・ノワール子爵なんかは、話し方からも強者感が溢れていたのだが、目の前の水無月はどうも弱っちく見える……。
「おい君たち、なんだいその顔は。自己紹介されたらし返すって、小学校で習わなかった?」
「あ、す、すみません。俺は佐渡亮太です」
「私は森川柚葉……です」
「柏木昴」
「白川凛、です」
不満そうに顔を膨らませる水無月に、全員が自分の名前を名乗る。
「あ、敬語はなくていいよー、同じ日本人だしね!まあ、一人敬語使う気ない奴がいたけど……」
「じゃあ、ありがたくタメ口で喋らせてもらう」
「うんうん!で、なんか聞きたいこととかある?なければ、このまま普通に戦うけど」
水無月は剣の柄に手を当てながら、亮太に問いかける。
「うーん、そうだな……あ、あのヴァンパイアの方って、水無月が連れてきたのか?」
「そうだよー。人間だった時に戦って、契約というか、まあここで働いてもらうなら生かすっていう条件で約束したんだ。ちなみに、特殊な方法で復活させて、今は蘇ってるよー」
特殊な方法……あの炎が関係しているのだろうか?
気にはなったが、そちらに関しては聞かずに、他のことを聞いてみる。
「あのゴーレムたちは、水無月が作ったもの?」
「うん。とはいっても、作ったのはまあまあ昔だけどねぇ。自動製造装置を作るのに、だいぶ苦労したんだよねぇ」
昔を思い出して遠い目をする水無月。
「あとは……さっきまでの階層にいた、感情のなさそうな人間は何?」
「あー、あれも人造人間だよ。とはいえ、あっちは記憶も感情も入ってないから、戦うだけだけどね。あそこに記憶と感情を入れたら、俺みたいのができるってわけ。あ、作り方は企業秘密だよ!」
「作り方には興味ない……」
「あらそう」
自分で秘密と言っておいて残念そうな様子の水無月。
聞くことはない、と手振りで示すと、水無月は剣を抜いた。
「んじゃ、やろっかぁ」
気怠げな声でそう言う水無月。
亮太は聖剣アロンダイトを抜いて、正眼に構える。
「おっ、それアロンダイト!?懐かしいなぁ、元気にしてるかい?」
聖剣アロンダイトを見て、突然話しかける水無月。
すると、驚いたことに、アロンダイトは一瞬青く光った。
「おー、元気そうだねぇ。亮太くん、大事にしてあげるんだぞー」
「あ、ああ……」
どうも、アロンダイトには心がある様子だ。
水無月に頷き、アロンダイトを握り直す。
「それじゃあ、いっくよー!『雷走』」
「それは、黒瀬の――!?」
突然目の前に現れた水無月の剣を、驚きながらもなんとか受け止める。
「あー、黒瀬ってあの子?あの子の使ってるのより、俺のは速いぞー。『覚醒』後を再現しようと頑張ったからねぇ」
なぜか黒瀬を知っている様子の水無月。
そして、鍔迫り合い中の亮太たちの横から、昴と柚葉が現れる。
「『香気』!」
柚葉は水無月に掌を向けて、スキルを発動する。
「お、無色無臭で出せるようになったんだよねぇ。感心感心!でも、俺には効かないよ」
「なっ、なんで!?」
「だって俺、人造人間だから、呼吸してないもん」
水無月はそう言って、一度距離を取る。
「『氷紋』」
背後から、凛がスキルを発動する声が聞こえた。
見ると、水無月が小さいサイズの結界に囚われている。
「うーん、俺のスキルが終わるまで時間稼ごうって作戦かな?でも、これ再現した奴だし、時間制限ないんだよねぇ……それに……」
水無月は呟きながら結界に触れて、しげしげと眺める。
「うん、ここをこうして……よいしょ!」
水無月が何やら指を動かしたあと、結界を軽く叩く。
すると、結界はパリン、と割れてしまう。
「そんな……『覚醒』して硬くなったのに……」
「強度が上がっても、技術がないとダメなんだよ?前にもそれで破られたりしてない?」
絶句する凛にアドバイスする水無月。
そして水無月は剣を握り直すと、昴に狙いを定めた。
「今までのを見た感じ、一番厄介なのは昴くんだよねぇ」
水無月はそう言うと、昴に向かって超高速で突撃した。
昴は斬りかかられる前に影に潜ったようで、水無月の剣は空を斬る。
「うーん、厄介だなぁ……潜られると何にもできない。仕方ない。柚葉ちゃんから狙うかー」
水無月は呟いて狙いを変更する。
水無月が柚葉の方を向いた瞬間、昴が影から飛び出る。しかし、水無月はそれを予期していたようで、振り向きざまに一閃する。かろうじて受け止めた昴だったが、剣は叩き割られた。
「そう来るよねぇ。あ、ちゃんと気絶させとかないとね」
水無月はそう言いながら、高速の拳を昴の鳩尾に叩き込む。
昴は呻き声を上げながら、地面に倒れる。
「昴っ!」
「あ、大丈夫大丈夫、殺さないから安心してね。君らも、負けても命は取らないよー。勇者だもんね!」
気絶した昴を見て絶叫する柚葉を、宥める水無月。
「その割には、ローメン・ノワールとか群体人形は殺しに来てなかったか?」
亮太が思わずそう訊くと、水無月は肩をすくめて答える。
「あのぐらいは、勇者として倒せないと困るよ。でも、群体人形を倒したあとは殺す気ないよ?だって、人造人間だって剣技使う相手との戦闘経験積ませるためのものだし、ヤバかったら緊急停止できるからね」
「そ、そうか……」
亮太はなんとかそう答える。
「そうそう」
次の瞬間、水無月が眼前に迫る。
ギャリィン!と金属音を鳴らしながら、アロンダイトを弾く水無月。
「くっ!」
続いて放たれる水平斬りを、なんとか流す亮太。
「うん、いい反応速度だ」
そう呟きながら、さらに連撃を浴びせかける水無月。
なんとかそれをいなす亮太に、結界が張られた。
「『氷紋』」
「白川さん、ありがとう!」
剣戟の最中に凛に礼を言う亮太。
「うーん、触れないから力技で壊すしかないか……」
水無月は袈裟斬りを入れながらそう呟く。
亮太がそれを弾くと、アロンダイトが風を纏い――そして消える。
「あれ、なんで!?」
凛が驚いた様子で叫んでいる。
おそらく、凛が風纏いを使用したのだろうが、なぜかアロンダイトには効かなかったようだ。
「うーん、後方のバファーが厄介だよねぇ。やっぱ、バファーを潰すのが定石か」
水無月はそう言うと、亮太から離れ、凛の目の前に現れる。
「きゃっ!」
いきなり目の前に現れて対応できない凛に、水無月は容赦なく拳を叩き込む。
凛は痛みに叫んで、そして気絶する。
「バファーとはいえ、ある程度自衛はできたほうがいいねぇ」
凛を守っていた柚葉の一撃を容易く受け止めながら、水無月は呟く。
亮太はそちらへと走るが、亮太が辿り着く間もなく、柚葉の剣は水無月に叩き折られ、昴と同じように鳩尾に拳を喰らい、気絶する。
「さぁて、あとは亮太くんだけだねぇ」
水無月は振り向きながら言う。
「あんた、強すぎだろ……孔はこれに勝ったのか?」
思わず口から漏れ出た声に、水無月は反応する。
「そうだよー。孔くん強かったからね!いやー、あれはもう少ししたら、全盛期の俺でも負けるぐらいにはなってるかもね!」
楽しそうに笑う水無月の様子に、亮太は嫌でも孔との差を突きつけられた気がした。
「亮太くんは、スキルを使わないのかい?『覚醒』してないから、かい?」
「……そうだとしたら?」
「焦ることはないよ。『聖剣技』の覚醒は、聖剣に認められるのと同時だったはずだからね」
「なんでそんなことを知ってるんだ?」
「そりゃ、俺の勇者時代の相方が『聖剣技』だったからだよ」
「……そうか」
亮太が頷いてアロンダイトを握り直すと、水無月の姿がかき消えた。
「そうだ、よっ!」
次の瞬間、目の前に水無月が現れると同時に、亮太の意識は沈んでいった。
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「いってて……あれ?」
腹の痛みに顔をしかめながら起き上がると、そこはボス部屋ではなかった。おまけに、亮太はベッドに寝かされている。
「お、起きたかい?痛みが引くのが早いねぇ、さすが『香気』だ。いや、亮太くんがすごいのか?それともその両方?」
亮太が部屋を見回していると、水無月が扉を開けて入ってきた。
他の三人も、この部屋の中で寝かされている。
「その三人も、目が覚めるまで放っておいていいよ。それより、質問タイムの続きしよっか」
三人を起こそうと亮太が動いたのを見て、水無月は止める。
亮太は水無月の言葉を聞いて、しばし悩んだ後に質問する。
「じゃあ……まず、なんで俺たちのスキルを知ってたんだ?」
「そりゃ、今までの戦いを観てたからね。こっち来てみな?」
水無月がそう言って手招きするので、亮太はベッドから降りてついていく。
部屋を出て、廊下のような場所を通り、ある部屋に入ると……巨大なモニターがあった。そして、そこには、戦っているクラスメイトたちの姿が映っていた。
「ここで、迷宮内の様子を観察できるんだ。お、今ちょうど、何人かローメンと戦ってるみたいだね」
水無月はそう言って画面を切り替えると、ローメンと黒瀬たちが戦っている姿が映される。
「ま、こういうことだね。他にはなんかある?」
「……あ、えっと……」
この世界には似合わないオーバーテクノロジーに絶句していたところを、水無月の声で引き戻される。
「じゃあ、相方の勇者がアロンダイトに認められたのはどんな時だったか教えてくれ」
亮太がそう訊くと、水無月は遠い目をして話し始めた。
「彼女がアロンダイトに認められたのは、確か……魔王の側近と戦った時だったね」
「彼女?女だったのか?」
「ああ、そうさ。それで、魔王の側近が、禁呪を使って異形の魔物になったんだったかな……懐かしいなあ。彼女、元気にしてるかな?」
「名前は……覚えてないのか?」
「覚えてないよ。自分の名前だって覚えてないし、苗字も水無月で合ってるのか自信ないしね……。でも、彼女の笑顔だけはいつまでも覚えてるよ。とても、綺麗な人だった……」
「……そうか」
悲しそうな表情をする水無月に、亮太はなんと言えばいいかわからなくなり、短く頷くだけにした。
「……さて。他に聞きたいことは?」
少しして落ち着いた様子で、質問をよこせと言ってくる。
「そうだな、じゃあ今の魔王について知ってることはあるか?」
「残念ながら、外界の情報は入ってこないからね……たまーに勇者がやって来るのが、俺が情報を得る手段だからね」
「そうか……じゃあ、ネメシアってやつを知ってるか?ネメシア・ルクレール」
「残念ながら、それも知らないね。魔王の側近かい?」
「ああ。魔王軍四天王を自称したらしい」
「四天王ねぇ……テンプレだなあ。「奴は四天王の中でも最弱」とかそんな感じだった?」
「いや。孔が戦ったらしいんだが、最後までやり合ったとしても勝てた確率は三、四割ぐらいって言ってたな」
「へぇ、孔くんがねえ。流石に勇者が三十人近くいれば、魔王は強いか」
水無月は頷くと、視線で他に質問はあるか、と聞いてくる。
亮太は少し考えた後首を振ると、水無月は「そうかい」と頷いた。
「そろそろあの子たちも起きたみたいだね。帰るなら、さっきの通路を突き当たりまで行って、右に曲がったところでボス部屋に出れるから、奥にある魔法陣を使うといい。もう少しここにいたいなら、いてもいいよ。と言っても、食料とか水はないから、あんまり長居はできないけどね」
「いや、あいつらがあんたに聞きたいことがなかったら帰るとするよ」
亮太の返事に水無月は頷く。
亮太が扉を開けて水無月に別れの挨拶をすると、水無月は手を振って挨拶を返した。




