第19話 軍靴の足音
少し長くなってしまいました……すみません。
シルヴィアの家に数日間お世話になった孔は、一時的にエルフの里を出ることになった。
未だ『覚醒』に至っていない勇者である、亮太たちを連れてくるためだ。
「早く帰ってくるのよ!」
「はーい」
エルセリアの見送りの元、孔とシルヴィアはやってくる時にも使った魔法陣に乗り、起動させる。
一瞬の浮遊感とともに視界が光に包まれ、懐かしい小屋の中にやってきた。
ちなみに、本当は孔が一人で行こうとしたのだが、シルヴィアがついて来ると言って聞かなかったので、仕方なく連れてきたのである。
「しかし、一ヶ月近く経ってるとはなぁ」
小屋の内装を見回してから、扉を開けて外に出る。
どうやら、孔が『覚醒の迷宮』に籠っている間に三十日近く経過していたそうだ。
(前回だったら、今頃はもう王国を出てる頃か……)
前回の道筋を思い出しつつ、外の景色を見る。
「うーん、懐かしいなぁ……」
「ん」
一ヶ月とそこらしか滞在していなかったが、なにぶん戦闘していた時間がほとんどだったため、かなり懐かしく感じた。
景色を堪能し、当初の目的通り王都ノルディアへと向かうことにする。
「『元素体』」
孔が『元素体』を発動させると、緑色の光が集まってくる。
風の『元素体』は空を飛ぶことが可能なため、移動にも優れているのだ。もちろん、それなりに疲れはするが……。
「ちょっとごめんね、シル。よいしょっと」
傍らに立つシルヴィアを所謂お姫様抱っこの感じで抱え、孔は地上を離れる。
「ちょっと加速するけど、我慢してね」
「ん」
そして、孔とシルヴィアは突風となってエルフの里を後にした。
ーーーーーーーーーー
その数日前、王城では……。
「帝国が侵攻を開始したそうです!」
「何!?」
玉座の間に駆け込み、伝令をする兵士。
報告を聞いたレオニス王は、驚きの声を上げる。
新たな魔王が現れ、それに対抗するための勇者をアーヴェント王国で召喚したことは、今やほとんどの国に伝わっている公の事実である。
そもそも、勇者がいなくとも、魔王が現れている時期に人同士で争うなど、愚の骨頂である。なぜ、帝国はそんなまねに及んだのか……。
「支配、か……」
心当たりは一つあった。
それは、およそ一ヶ月前に解除された、支配の精神魔法である。レオニス王、王子、騎士団長レオン、魔法師団長イシュリアの四名が対象にされた、魔王配下によるものと思われる魔法だ。
「国境に兵を配備せよ!帝国の侵攻を食い止めるのだ!」
「ハハッ!」
伝令兵は敬礼をすると、足早に玉座の間を去っていく。
それを見て、レオニス王は他の兵士に指示を届ける。
「誰か、神殿に行ってくるのだ。此度の帝国の侵攻、魔王が関わっていれば、神託が降りるはずだ。神殿へ確認を取るのだ」
「承知いたしました!」
レオニス王の指示を聞き、兵士の一人が先ほどの伝令兵と同じように去っていく。
「ううむ……魔王が関わったものであれば、ちと早いが、勇者様方のお力を借りることになるか……」
レオニス王は唸りながら立ち上がり、対帝国戦の備えをすることになった。
ーーーーーーーーーー
およそ二時間の全力飛行で、孔とシルヴィアはノルディアの上空へと辿り着いた。
「うーん、街の外で降りて、王城に向かうのが一番か……」
「ん」
会話を交わし、孔は地上への降下を開始する。
シルヴィアを抱えているため、三分ほどかけてゆっくりと降下し、着陸する。
『元素体』を解除して、シルヴィアを立たせてやる。
「むぅ……」
少し不満げな様子のシルヴィアに苦笑しながら、孔は門へと歩き始めた。
「コウは薄情」
そう呟きながら、スタスタとついてくるシルヴィア。
孔は苦笑しながら言葉を返す。
「あの状態で門に行ったら、絶対なんだこいつらって目で見られると思うよ……」
「それでも、私を抱えていくべき」
「行きません」
尚もむぅ、と唸るシルヴィアの頭をぽんぽん撫でて、孔は歩いた。
数分後、門へと辿り着いた二人は、カバンから冒険者カードを取り出して、衛兵に差し出す。
「B級冒険者コウ殿と、同じくB級冒険者シルヴィア殿、ですね。確認いたしました、どうぞ」
衛兵が返すカードを受け取ってしまい、街の中へと入る。
門から少し離れてから、孔は感じた違和感をシルヴィアに訊いてみた。
「門番さん、一人しかいなかったよね、今。前って二人じゃなかったっけ?」
「ん。何かあったのかも?」
シルヴィアに確認してみても、前は二人で合っていたようだ。
人手不足かな……と思いつつ、王城に向かって歩く。
「お昼ご飯は?」
「んー、王城に行けば振る舞ってもらえると思うし、入らなくていいよ」
定食屋らしき看板を指差すシルヴィアに、少し考えてから答える孔。
決して、王城ならば無料でご飯が食べられるなどという、打算的な考えではないのだ……決して。
そんな風にして、数分街を歩き、二人は王城へと辿り着いた。
「何用だ!」
誰何してくる衛兵に対し、孔は気楽に答える。
「レオン騎士団長か、イシュリア魔法師団長、もしくはレオニス陛下に、『コウが来た』とお伝えください。それで、伝わるはずです」
「何?」
訝しげに返事をする衛兵だったが、孔の態度を見て何かを察したのか、二人のうち片方が王城の中へと入っていった。
一応、もう片方の衛兵は警戒したままだ。
「勇者コウを名乗ればいいのに」
「いや、無礼者!とか言って斬られちゃうよ……大人しくレオンさん辺りを呼んできてもらうのが一番穏便だよ」
「むぅ……」
警戒されている様子に腹が立ったか、それとも時間がかかるのに苛立ちを感じたのか、シルヴィアが不満げに言うので、孔は宥める。
そんなシルヴィアの頭を撫でているうちに、先ほどの衛兵がレオンを伴って戻ってきた。
「おお、これはコウ様!」
「レオンさん、久しぶりです」
挨拶を交わし、衛兵に一礼して城の中へと入る。
「そちらの方は?」
「シルヴィア」
「エルフのシルヴィア、俺の仲間で、B級冒険者です」
レオンに問われたシルヴィアが、端的に名前だけを告げるので、孔が間に入って補足を入れる。
「なるほど、エルフですか……排他的で、人を寄せ付けないという噂を聞きますが……」
レオンが呟くので、孔は苦笑いをした。
エルセリア曰く、勇者とエルフの約定は、あまり人に公開しないでほしいそうで、勇者以外には伝えないでくれと頼まれたので、上手い回答を探せないのだ。
どう答えようか迷っていると、シルヴィアが代わりに答えた。
「恋人」
「恋人……?」
真面目な顔をしてそんなことを宣うシルヴィア。
訝しげにレオンがこちらを見つめてくるので、慌てて訂正する。
「そんなのじゃないです!ただ懐かれてるだけで……」
「ああ、そうでしたか」
「むぅ……」
レオンは苦笑しながら頷き、シルヴィアは不満げに唸った。
頬を膨らませるシルヴィアの機嫌を取るために、頭を撫でていると、レオンから用件を訊かれた。
「して、なぜ今頃王城に戻ってこられたのですか?」
「いえ、少し勇者たちを連れていきたい場所がありまして……勿論、行くか行かないかは彼ら次第ですが……」
「そうですか……それは困りましたね」
「困った?」
唸るレオンを見て、困惑する孔。
はて、この時期に何か王国に起きていただろうか……と記憶を探っているうちに、レオニス王の執務室へと辿り着いた。
「ここから先は、国王陛下も交えてお話ししましょう」
レオンはそう言い、礼儀正しくノックする。
「入れ」というレオニス王の声が聞こえてきたので、扉を開けて中に入る。
「おお、これはコウ様、ようこそおいでくださいました」
敬礼するレオンの横で、孔も頭を下げて礼をする。シルヴィアも、一応礼をしているようだ。
「して、そちらの方は?」
レオニス王は、孔の隣に立つシルヴィアを見て問いかける。
先ほどのように適当な自己紹介をされては面倒なので、最初から孔が紹介しようと口を開こうとしたのだが――。
「私は北の森のエルフ、シルヴィアと申します。アーヴェント王国国王、レオニス・アーヴェント殿におかれましては、ご健勝そうで大変何よりです。今後とも、エルフの里と王国は良好な関係を築いていきましょうと、ハイエルフのエルセリア様が申しておりました」
エルフ式の礼をしながら、長文を発するシルヴィア。
シルヴィアってこんなに長く話せるんだな……と孔が感心していると、レオニス王も王国式の礼を返す。
「これはご丁寧に。エルフの里に戻った際には、こちらからもよろしくお願いすると、お伝えください」
「ん」
シルヴィアとレオニス王の会話が終わると、レオンが用件を伝えた。
「陛下、どうやら、コウ様が、勇者様方をお連れしたい場所があるそうで……」
「ふむ……申し訳ありませぬ、コウ様。それはしばらく叶わないのです」
「先ほども、レオンさんが似たようなことを仰られてましたが……いったいなぜなんです?」
孔が疑問に思いながら問うと、レオニス王は事情を説明した。
「実は、帝国が侵攻を開始したのです」
「帝国……ですか」
確か、正式名称はグランディア帝国。アーヴェント王国の西側に位置する大国で、この付近では帝国といえばグランディア帝国、と言うほどのレベルだったはずだ。
しかし、前回の帝国は、孔の知る限りでは大した動きはしていなかったはず……それがどうして。
と言う孔の疑問は、次のレオニス王の一言によって解消されることとなった。
「つい一昨日、神殿の方から神託が降りたとの報告がありまして。帝国の上層部は、どうやら魔王の配下に支配されている模様だと」
「魔王……」
孔がレオニス王たちの支配を解いたから、今度は帝国、と言うわけだろうか。
魔王の一言に戦慄を感じていると、レオニス王が言葉を続ける。
「本来であれば、国同士の争いに勇者をかかわらせるのは言語道断。ですが、今回は魔王が関わっていると言うことなので……」
「勇者も出る、と」
孔が続きを言うと、レオニス王は頷いた。
「なるほど……」
孔は唸って考える。
魔王や、その配下が出てくる可能性はあるのか、である。
しかし、そのあたりが出てくるのであれば、神託とやらで伝わっているはずだ……きっと。明言はされなくとも、たとえば勇者を向かわせよとか、そう言う話が。そうでないのならば、出てこないのだろうが……万が一ということもあるし、戦力として勇者はいた方がいい。
熟考したのち、孔は自身も加勢することを伝えた。
「それでは、俺も加わりますよ」
「おお、それはありがたい!」
レオニス王は顔を輝かせてそう言う。
そして、レオンもいるしついでにと言うことで、現状の戦力に関して教えてもらうことにした。
「現状、王国軍は各地の騎士団なども含め、十万に届くか、と言ったところです。比べて、帝国は確定している戦力は十万。それに加え、どうやら各地の街からも招集しているようで……最終的には、十五万に届く可能性があるそうです。なので、その戦力差をどうするのか、なのですが……」
レオンはレオニス王の顔を見ながら続ける。
「陛下さえ宜しければ、冒険者に国からの依頼と言う形で、戦力を増強したいと考えております。それでも、一万増えるか増えないかでしょうが……その約十一万の軍で、帝国軍を食い止めます。その間に、少数精鋭が敵司令部に乗り込み、精神魔法を解除する、と言うのが大まかな作戦です」
「その少数精鋭の中に、勇者を入れたいと言うことですか?」
孔が予測してそう訊くと、レオンは頷いて答える。
「そうなります。ただ、なるべく犠牲は出したくないので、支援系の勇者の方は、本陣に残っていただく形が良いと考えています」
「なるほど。でしたら、俺とシルヴィアは少数精鋭の方に入る、と言うことですよね?」
「そうなります」
孔の確認に頷くレオン。
孔は隣のシルヴィアを見ながら少し考え、レオンに一つの頼みをすることにした。
「俺とシルヴィアは、最初のうちだけ冒険者部隊に入ることはできませんか?知り合いがいるかもしれないので……勿論、司令部に乗り込むときは即座に離脱します」
脳裏に思い浮かべたのは、勿論『黒の羽』の面々である。
リオは屋敷を買って安住すると言っていたが、王国の危機と聞けば、飛んできそうな感じがしたのだ。隣のシルヴィアを見ても、嬉しそうに頷いている。
レオンはしばし唸りながら悩んだ後、了承した。
「わかりました。ちなみに、迅速に離脱する手段はありますか?」
「そこに関しては、心配しなくて大丈夫です」
孔が自信満々に頷いて答えると、レオンはそれ以上は聞いてこなかった。
それから少し話し合いをしたのちに、レオニス王を除いた三人は、執務室を出た。




