間話 シルヴィアの苦悩?
これは、孔が『覚醒の迷宮』から戻る少し前のお話。
「水生成」
シルヴィアがスペルワードを唱えると、指先から水が流れ出る。
「うん、順調そうね!もう少ししたら、他の魔法もやって、それもできたら無詠唱に挑戦しましょう!」
隣では、エルセリアが魔法を教えている。
少し偉そうな様子に、若干苛立ちを覚えるが、孔のために強くなる必要があるので致し方ない。
シルヴィアは、エルセリアと違って我慢ができる女なのだ。
「水生成」
シルヴィアが再度スペルワードを唱えると、先ほどよりも多い量の水が流れ出る。
それを見て、エルセリアが感心したように呟く。
「シルヴィアは上達が早いわね……」
「努力は大事」
シルヴィアは当然のように頷く。努力をしなければ、強くはなれない。人もエルフも、才能だけでは食べていけないのだ。
「そろそろお昼にしましょう!」
エルセリアはそう言って、リィエルに作ってもらっていたお弁当を取り出す。
シルヴィアも中身を覗き込み、目を輝かせながら頷く。
しばし、二人は美味を共有した。
ーーーーーーーーーー
「エルセリアは、料理しないの?」
昼ごはんを食べ終わり、少し休憩をしている時間。
シルヴィアは、エルセリアに問いかける。
「なっ、するわよ!……あんまり上手じゃないけど」
後半を小声で言ったエルセリア。しかし、シルヴィアの耳にはしっかりと聞こえていた。
「料理が上手じゃないと、嫌われるよ」
「誰によ!」
「……コウ?」
少し首を傾げて、思いついた人物の名前を口に出す。
するとエルセリアは、困ったような顔になった。
「うーん、それは困るわね……餌付けしておくべきかしら?」
「言い方が悪い」
「じゃあ……胃袋を掴む?」
「よろしい」
エルセリアはそこまで言ってから、自分があまり料理ができないことを思い出す。
しまった……といった表情をする様子に、シルヴィアが思わず笑みをこぼすと、エルセリアが怒ったように叫ぶ。
「じゃあ、シルヴィアは料理できるの!?」
「それなり」
母親であるリヴィアが、意中の男性を射止める時の料理の重要性に関して、口を酸っぱくして言うので、それなりに美味しい料理は作れるはずだ。
実際に、『黒の羽』で冒険していた時、野宿の時の食料は大抵、シルヴィアが触っていた。
「まずいわね……私、もしかしていいところ見せれてない?」
「ん」
愕然とするエルセリアに頷いておき、シルヴィアは考える。
眼前のハイエルフは、孔のことが好きなのだろうか、と。
(訊いてみよう……)
駆け引きなど苦手なシルヴィア。単刀直入に訊いてみることにしたのである。
「エルセリアは、コウが好きなの?」
「?……好きよ?」
きょとんとしながらそう返すエルセリア。
あ、駄目だこの子……とシルヴィアが思ったのは、内緒である。
「そうじゃなくて……恋人にしたいかとか、そう言うこと」
「そんなのあるわけないじゃない。コウは人間で、私はハイエルフよ?」
なぜかドヤ顔をしながら、そう言うエルセリア。
それを見てため息をつきつつ、シルヴィアは質問を重ねる。
「でも、昔はハイエルフと人も交わってたんでしょ?」
「んー、そうらしいわね。ただ、子を作ったハイエルフは力を失うから……そんな簡単なものじゃないわ」
エルセリアはやれやれ、と首を振る。
流石に、古くから生きているハイエルフだけあって、頭の中では色々考えているようだ。
そんなエルセリアを見ていると、今度は逆にエルセリアが質問を返してくる。
「シルヴィアは、コウが好きなの?」
「ん」
エルセリアの問いに、即答するシルヴィア。
最初は、精霊の量から安心感を覚える程度のものだったが、ドラゴンや幻影竜と戦っている時の孔は、すごく格好が良かった。それに、孔は結構優しいのだ。
即座に首を縦に振るシルヴィアを見て、エルセリアは若干驚いていたが、特に反応することなく頷いた。
「……そう」
そんなエルセリアを見て、きょとんとするシルヴィア。
しかし、宣言すべきことは言っておかなければならない。
「コウは、エルセリアには渡さない」
胸を張ってそう言うも、エルセリアは正論でバッサリ切る。
「コウはあんたのものじゃないでしょ」
むぐ、と言葉に詰まるシルヴィア。しかし、すぐにそれっぽい理屈を並べ立てる。
「コウと私は仲間だから、コウの命は私のものでもある!」
「何よその理屈……」
若干引いた様子のエルセリアに、シルヴィアは鼻を鳴らす。
そんなやりとりを交わしていると、シルヴィアたちの視線の先に、黒髪の男が現れる。
「あれ、コウじゃない!」
エルセリアはそれを見て、すぐに声をあげて駆け出していく。
シルヴィアもそれについていく。
「お帰りなさい!」
全速力で走っていき、孔に抱き着くエルセリア。
「た、ただいま……」
シルヴィアは、「むぅ」と不満げな声を上げながら、エルセリアの背中をぽんぽん叩く。
「ふんふん、どうやら無事覚醒したみたいね……ってちょっとシルヴィア、叩くのやめて」
「離れて」
無視しながら孔に体を擦り寄せるエルセリアに苛立ち、叩く力を強める。
抗議の声を上げるも、一刀両断して更に叩き続ける。
どうやら、シルヴィアの苦悩は続きそうである……。
ーーーーーーーーーー
「説教」
その日の夜、シルヴィアは孔を部屋に引き摺り込み扉を閉めると、そう宣言した。
孔は、シルヴィアを怒らせたことを理解しているようで、正座をしている。
「ゴメンナサイ……」
「なんで怒ってるか、わかる?」
正座しながら謝罪する孔。
シルヴィアは、そんな孔を見ながら淡々と質問する。
「えーっと……シルヴィアの年齢を聞いたから?」
「それもそうだけど……呼び捨てするって言ったのに!」
ぷんぷんという擬音が出てきそうな感じで怒るシルヴィア。
孔は、苦笑しながら言い訳を述べる。
「い、いや、親御さんの前だし……呼び捨ては失礼かなって?」
「はぁ……私はコウに捨てられた」
「いやいや、語弊というか、言いがかりがすごい!捨ててないからね?」
これみよがしにため息をつくと、孔は抗議の声を上げる。
しかし、そんなことではシルヴィアの傷ついた心は治らないのだ……多分。
シルヴィアは悲しそうな顔をしながら、軽く泣き真似をする。
それを見て孔は、慌てて約束をする。
「わ、わかった、もう呼び捨て以外で呼ばないから!ね?」
慌てた様子の孔を見て、シルヴィアは内心でにんまりと笑う。
そして、孔に更なる条件を突きつける……。
「エルセリアは、もっと親しそうに呼んでた」
「うぐっ……それは、エル……セリアさんがそう呼べと」
「私も」
言葉に詰まる孔に、詰め寄るシルヴィア。
シルヴィアの目力に押され……孔は仕方なく、シルヴィアの呼び方を変える。
「……わかったよ、シル」
「よろしい」
満面の笑みで頷き、孔の膝の上に頭を乗せるシルヴィア。
孔はそんなシルヴィアを見て苦笑しながら、頭をゆっくりと撫でる。
「んふふ」
シルヴィアは喜びの笑みを浮かべながら、目を細めて孔に身を委ねる。
「はぁ……」
シルヴィアの部屋には、孔のため息と、シルヴィアの髪が撫でられる音だけが響いた。
その光景は、その後一時間ほど続いたという……。
晩御飯の頃にはシルヴィアの機嫌は回復し、孔はほっと胸を撫で下ろしたそうだ。




