第17話 迷宮の製作者
「やあやあ、今代の勇者くん!」
「……は?」
大扉を開けた途端、そんな声が響くので、孔は驚いた。
これまで、魔人的なものがたくさんいたので、てっきりボスもそんな感じかと思っていたのだが。
「俺は、この迷宮を作った勇者――の、コピーみたいなもんだな」
「あー……人造人間的なやつってこと、ですか?」
「おお、やっぱり日本人はそういうのがわかりやすくていいなぁ!」
孔の問いに、大仰に頷いて喜ぶ勇者のコピー。
「で、勇者くんのお名前は?」
「紅月孔です」
「孔くんかぁ、なるほどなるほどぉ、孔といえばあれだよね、孔子!儒学、とか言ったっけ?懐かしいねぇ……」
……どうやら、よく喋るようだ。
とはいえ、こんなところにいては、話し相手がいないのだろう。気持ちはなんとなくわかってしまう故に、苦言を呈することもできない孔だった。
「あなたのお名前は?」
「俺は……確か、水無月、とかいう名前だったっけな。下の名前は忘れた」
「忘れた……」
「まあまあ、そんなことはどうでもいいんだ。ここまで来たからには、やることは一つだろう?ボス戦だよ!」
水無月はそう言うと、腰に吊るしていた鞘から剣を抜く。
「え、戦えるんですか?」
「おう、舐めるなよ!これでも、俺の時は一人で魔王を倒したんだぞ!……まあ、今は人造人間だからちょっとばかし弱いが……」
ドヤ顔をしたり、落ち込んだり。
感情の起伏が激しいようだ。
とはいえ、確認しておくことがある。
「普通に、どっちかが死ぬまで戦うってことですか?」
「あー、まあそれがいいんだったらそれでもいいけど……勇者は死なれたら困るからな。俺は寸止めするけど、孔くんは首を斬り落としてくれて構わんぞ」
「水無月さんが死んで、この迷宮って大丈夫なんですか?」
「俺が死んだら、第二、第三の水無月がいる!……まあ、第二どころか、第二十ぐらいだろうけど……」
詳しい説明を聞くに。
今孔の目の前にいる水無月が死ぬ、と言うより機能を停止すると、奥で控えている新しい水無月の一体が起動するそうだ。
一体ずつなわけは、魔力の消費がバカにならないから、だそうだ。
「俺が使ってたスキルを再現しようとしたんだけどな、元々とんでもない消費だった魔力が、更にとんでもなくなったんだ」
そう言うわけで、懸念点の確認も終わり、双方武器を構えて向かい合った。
「ここまで、スキル温存してただろ?俺には、本気でいいぜ?」
「そうですか、それでは……」
孔はそう言って、『元素体』を発動する――フリをした。
直後、水無月の姿がかき消え、孔の目の前に現れる。
「ほぉ、よく騙されなかったなぁ」
「まあ、なんとなくそう言うことしそうな人の感じがしたので……」
「なんだと!これでも、向こうの学校では公明正大で有名……ではなかったけど、嘘をついたことはないぞ!」
「どうだか……」
鍔迫り合いをしながら、軽口を叩き合う。
こんな感じで会話をしているが……元勇者のコピーというだけあって、恐ろしく強い。最初のスピードもそうだったが、膂力も凄まじい。一瞬でも力を抜けば、押し込まれそうだ。
それからしばらく鍔迫り合いをしていたが、水無月は突然距離を取り、スキルと思われるものを使った。
「『雷走』」
直後、水無月の体に電流のようなものが走り、水無月は加速した。
孔の周りを、円を描くように回っている。
「それが、スキルの再現ですか。さっきの突進攻撃も、それですね?」
「おうよ。これでも、本来はこの三倍ぐらいは速かったんだけどな」
水無月はそう言うと、超加速を維持したまま剣戟を開始する。
「ッ!!」
孔は風魔法を駆使しながら、なんとか高速の剣を受ける。
「ほらほら、どうした!まだ上がるぜ!」
水無月は煽るようにそう言いながら、さらに剣速を上げる。
(このままじゃ無理だな……距離を取るか。爆風)
無詠唱で風魔法を使い、爆風で一気に距離をとる。
「ほう、やっぱ無詠唱か。剣戟の途中でも使えるとは、やるねぇ」
水無月は呑気にそんなことを言いながら、剣を振るって煙を払う。
「『元素体』」
その間に、孔は体を風で包んだ。緑の光が、孔の体を覆い隠す。
「『元素』だったか?一度だけこの迷宮にも来たことあったな」
水無月は分析をしながら、再度打ち掛かってきた。
今度は、風でブーストがかかっているので、対応できる。
袈裟斬り、逆袈裟斬り、突き、水平斬り。
連続で飛んでくる斬撃を、なんとか防ぎ切る。
「もうちっと速くしても行けそうだな」
水無月は一つ呟くと、更に速度を上げた。
孔も、これまで以上に風を使って、なんとか対応していく。
「おお、食らいついてくるか!こりゃ、俺が本体でも結構いい勝負できたかもなぁ」
「これの三倍とか、無理あるでしょう!」
叫び返しながら、孔は高速で放たれる突きを弾く。
その瞬間、刀から左手を離して魔法を使う。
(武装解除風!)
三十階層で、死霊王の大剣を吹き飛ばした突風が、水無月を襲う。
「うおっ!」
咄嗟のことで対応できなかったか、水無月の剣は宙を舞う。
「もらった――!」
その瞬間を見逃さず、孔は全速力で水無月へと斬撃を放つ。
しかし――。
ガキィン!!
稲妻のような速度で閃いた水無月の手は、宙を舞う剣を取り、孔の一撃を防いだ。
「……これまで、手抜いてました?」
恨みがましく孔が訊くと、水無月は首を横に振る。
「いやいや、この速度、一瞬しか出せないんだよねぇ。一番最初の突進も、これだね」
そしてまた、高速の剣戟が再開する。
しかし今度は、ちょくちょく間に魔法を挟む。
炎を放ったり、風を吹かせたり。しかし、水無月は全て綺麗に対処してみせた。
「中々やるねぇ。さて、ここらで勝負、決めに行くよぉ!」
水無月はそう言うと、突きの構えを取る。そして、剣は深紅に光る。
「ハァッ!!」
気合と共に、突きが放たれる。
本来の間合いよりも拡張されたそれは、孔に向かって放たれる。
(氷壁!)
咄嗟に壁を展開し、更に上空へと飛んで逃げる。
壁を生成して時間を稼いだからか、上空への退避は間一髪のところで間に合った。
「やっぱり飛べるんだねぇ。羨ましい」
水無月がそう呟くと同時に、またも姿がかき消える。
反射的に、孔は前に刀を振る。すると、キン!という金属音と同時に、目の前に水無月が現れる。
「あなたも飛べてるじゃないですか……」
「いやいや、これは一時的ね?あと二十秒もしたら、地上へ真っ逆さまよ」
思わず突っ込む孔に、飄々とした態度で返す水無月。
だが、一時的にしか飛べないと言うなら、空中では孔が有利だろう。
(爆風!迅雷牙!)
爆風で距離を取り、即座に紫電を放つ。
しかし、次の瞬間、水無月は孔の眼前で剣を振るっていた。
声を上げながら、なんとかそれを受け止める。
「ちょっ!その速度、連続で出せるんですか!?」
「いやいや、孔くんがエネルギー供給してくれたお陰ね。いやー、ありがとありがと」
なるほど。水無月に対して雷を放つのは、エネルギー供給になるらしい。
水無月の発言から、もう雷は使わないと決めた孔は、再度爆風で距離を取った。
(爆風!)
「わぁ、その魔法好きだねぇ」
茶々を入れる水無月を無視して、孔は刀に氷を纏わせる。
「それかぁ、厄介だよねぇ……」
水無月はそれを見て、しみじみ、と言った感じで呟きながら、剣技の光を煌めかせる。
対する孔も、氷の結晶を輝かせる刀を、緑色の光で包み込む。
(天翔嵐舞!)
死霊王戦で使用した、風属性の高位魔法を纏わせる技。
目にも止まらぬ五連撃で、水無月の連続剣技を相殺する。水無月の剣技はここで終了するが、孔はまだ終わっていない――。
最後の全力突きを、水無月の首に向かって突き刺す。
「うおっ!」
そしてそのまま、刀はダイヤモンドダストを煌めかせ、水無月の首付近を凍らせる。
刀から緑色の輝きが消えた瞬間、孔は勢いよく刀を抜く。
「……!」
水無月は何か言いたげだが、口のあたりまで氷が侵食しているため、喋れないようだ。
最後の抵抗、とばかりに剣を振るうが、その速度はこれまでと比べて明らかに遅い。
孔はそれを余裕を持って避け、滑らかに首を切断した。
「ふぅ……」
気持ちを落ち着かせるように息を一つ吐くと、孔は魔人と同じように崩れていく水無月を見やった。
「多分、ちょっと手抜いてたよな……」
刀を鞘にしまい、地上に降りながら呟く。
誰に対してでもない、ただの独り言だったのだが、答えが返ってきた。
「いやいや、そんなことはないぞ!」
「え……」
叫びながら、ボス部屋の中央天井から降ってくる水無月。
「水無月、復活!」
ピースをしながら宣う水無月に、孔はため息をついた。
そして、部屋の奥にある魔法陣を見ながら、水無月に問う。
「出口、あれですか?」
「まあ、そうだけど……もうちょっと話さない?」
「いえ、大丈夫です。気が向いたらまた来ます」
「それ来ないやつじゃん!もうちょっと話そうって!」
寂しげにそんなことを言う水無月を、バッサリ斬る孔。
「いや、多分しばらくしたら、他の勇者が来るんで……頑張ってください!それじゃ!」
「え、ちょっと!」
後ろから声をかけてくる水無月を無視して、孔は魔法陣を起動した。直後、浮遊感と共に、視界が光に包まれた。




