第13話 覚醒
少々短いです。申し訳ないですが。
超速の拳。それを刀で受ける、流す。時には体を捻って躱す。
最初は反射的な防御しかできなかった攻撃が、今ではしっかりと捉えることができていた。垣間見えた死の記憶によるものか、はたまた孔の成長によるものか。
しかし明らかに、孔は全身の血が、これまでより多く巡っているのが知覚できていた。
一度攻撃を受けるたびに、心臓がドクンと跳ねる。
「ふぅ……」
心臓はかつてないほどに脈動しているのに、目の前には超速の拳があるのに、孔は酷く落ち着いていた。
きっと、今までこの迷宮を訪れた勇者は、全員等しくこの感覚を感じたのであろう。うるさいほどに跳ねていた心臓は、突如として動きを止めた。
そして、瞬きをしてみれば……世界が一変した。
薄らとした淡い光が、辺りを漂ってふわふわ浮いている。光は、赤・青・緑・茶の四色あるようだ。
今、孔が自分の目を見れば、こう感じたであろう。シルヴィアやエルセリアと同じ目をしている、と。
(爆風)
心で唱えれば、緑色の光が手元に収束し、風圧となって放たれる。
直感で理解した。これが、『元素』スキルの覚醒だ。この光は、エルセリアが言っていた精霊なのだろう。
ならば……孔にも使えるはずだ。かつて、このスキルを所持した勇者が使えたという技が。
「……『元素体』」
呟くと同時に、孔の視界が青色に包まれる。
孔の体は、慣れ親しんだ肉と骨のそれではなく、水の体になっていた。自分の周りに、青色の光……ではなく精霊が漂っているのが分かった。
時人形の超速の拳が、孔の腹へと迫る。しかし、孔は刀で防ぐでもなく、前方へと突進した。
時人形の拳と、孔の体が接触し――パシャ、という音を立てて、拳は後方へと通り抜けてゆく。
(やっぱり……属性攻撃以外は効かないみたいだな)
心の中で呟く。これにより、時人形の攻撃は、孔に対する有効打を与えられなくなった。
しかし、未だ警戒は必要だろう。例えば、この巨体に上からのしかかられたりすれば、水の体もどうなるかはわからない。油断は禁物だ。
孔は飛び上がると、胸の時計の針を攻撃する。目にも止まらぬ二連撃が、欠けていた針に更なる傷を付ける。
「絶対零度」
流石に高位の魔法の無詠唱は未だ無理そうだ……と思いながら、針を凍らせる。そして、手に力を込め、握る。次の瞬間、針を覆う氷ごと、破砕音を立てながら崩壊する。
(これで時間停止は封じた……あとは加速だ)
時間停止と違い、加速は封じ方がわからない。とはいえ、ある程度方策はある。
加速を止められないならば、その体を止めればいいのだ。
「……蒼氷殲滅」
禁呪指定一歩手前の氷魔法。
部屋全体を、蒼い氷嵐が包み込む。
その嵐を集中的に喰らった時人形は……ものの数秒で凍りつき、巨大な氷像と化した。
それを見た孔は、魔法を止める。あとは核を探して壊すだけ……のはずだ。
水と化した手で刀を握り、氷像となった時人形へと歩き出す。
しかし。
パキパキ、という破砕音と共に、時人形を覆う氷が剥がれ始める。最初に足の辺りの氷が割れ、次に手の辺りが割れる。
そして、最初にも見た針攻撃が孔を襲う。とは言っても、今度は時間停止がないので余裕を持って避けることができた。だが、その間に時人形は自身を覆う氷を完全に剥がした。
「さて……どうするか」
やはり、加速があるうちは、まだまだ倒せなさそうだ。しかし、恐らく加速を止めるには全ての針を壊さなければならないだろう。難しいだろうが……それでもやるしかない。
「焔嵐天翔」
孔が選んだのは、炎によって焼き尽くすことだった。針が何でできているのかはわからないが……その光沢から、恐らく金属であろうということぐらいしかわからない。
だがしかし……この世の物質であるならば、極限まで熱を加えれば、融解か昇華か、もしくは熱分解するかの三択のはずだ……多分。化学にそこまで詳しくないのでわからないが、そう聞いた記憶はある。
ともかく。
孔が生成した炎の竜巻による嵐は、時人形を包み込む。しかし、まだ熱は足りないようで、時人形の動きが鈍くなっただけだ。
「……焔劫無尽」
先ほど放った蒼氷殲滅に匹敵する、準禁呪級の火魔法。術者が意図的に消火しなければ、永久に燃え続ける炎だ。
「さて……やっぱり、芸術は爆発だと思うんだよなぁ」
そんな意味不明なことを呟きながら、孔は次なる魔法を放つための準備を行う。
「蒼岩湖壁」
自身を、巨大な水晶の壁で覆う。そして、その状態で仕上げの魔法を放つ。
「……蒼穹瀑布」
そして、轟音がボス部屋を満たした。
孔が行ったのは、水蒸気爆発である。通常の炎よりも遥かに温度の高い炎を生み出し、更にその熱を時人形に持たせ、そこに無限とも言える水を降らせる。これにより、蒸烈昇華のような最初から水蒸気爆発をする魔法と比べ、圧倒的に高威力の爆発を生み出すことができた。
その結果はというと……。
煙が晴れる頃、時人形を覆う時計は、全て粉々に砕け散っていた。床には、その跡とも思える破片が煌めいている。
孔は自身を守る水晶の壁を消すと、刀を構える。まだ核は割れていないので、時人形は動けるだろう。
「……『元素体』」
孔が低く呟くと、孔の体の周りを漂う青色の光は離れていき、代わりに緑色の光が近づいてくる。
そして、孔の体は風となった。
ちなみに、ローブや服はどうなったのか?それは誰にもわからない。ただ、スキルという特別な力によって、『元素体』が解除されると同時に孔の体へと戻る……とだけ言っておこう。
さて。
風となった孔は、空へと浮き上がる。
「うーん……本当はもっと楽しみたいけど、仕方がない」
そう呟いてから、空を翔ける。
遠くから見れば、光を認識できない者からすれば、刀が空を動くという恐怖に見えただろう。
そして、孔は時人形の胸の目の前で止まる。
時人形は、右拳を使って孔を殴ろうとする。しかし、孔は一陣の風となってそれを回避すると、刀の柄を左の掌で押すような形にして握る。そしてそのまま、突風となって胸へと突撃する。
パキン。
突風となった孔の体から放たれる風音により、微かにしか聞こえなかったが、しかし確かに、その音は部屋へと響いた。
その瞬間、時人形は動きを止め、ゴゴ、と重々しい音を立てながら崩れ始める。
「ふぅ……」
孔は息をつきながら地上へと降り、『元素体』を解除する。出現した鞘に刀をしまうと、力が抜けたように地面に座る。
「あー、疲れた……」
それからしばし、孔は一人になったボス部屋の地面で寝転んでいた。




