第10話 真のボス
高速で振り下ろされる大剣、無詠唱で飛んでくる高威力の魔法。
孔は、舌を巻く思いでそれを防いでいた。
(スペルワードもなしで魔法発動とか、アリなのかよ……!)
魔法には必ずスペルワードが必要と思っていたので、孔は非常に驚いていた。
生き残れたら練習しようと思いつつ、今にもローブを切り裂きそうな大剣をどうにか防ぐ。
ノーモーションでこちらへと飛んでくる呪いの矢や刃を、対抗魔法で防ぐ。
「風壁!」
魔法を発動するために片手を刀から離した孔の隙を狙って、死霊王が大剣を振るってくる。
それを受け流し、反撃の一撃を叩き込もうとするが、死霊王は魔法を使って孔を飛び退かせる。
剣技が使えない孔にとって、この状況はかなり致命的だった。
纏わせた風で強引に二連撃ならばできるだろうが、恐らく半端な二連撃では致命傷を与えられないだろう。
孔に残された勝ち筋は、極度の精神集中が必要な上位の魔法を、剣に纏わせて放つことだけだった。
しかし、死霊王はそんな隙を作らせてくれそうもない。
降り注ぐ魔法の雨を防ぎながら、必死で対抗策を考える。
刀で斬り込んだところで、大剣で防がれるのは目に見えている。魔法戦を行おうにも、魔法の発動速度はあちらの方が上。
「くっ……!」
激しい剣戟を繰り広げながら、孔は一縷の望みをかけて大剣にむけ魔法を詠唱する。
「聖なる水の流れよ、彼の者の汚染されし呪いを浄化せよ!解呪!」
しかし、死霊王の対抗魔法によって妨害されてしまう。
残された手段は……風魔法で大剣を吹き飛ばすぐらいか。
それを思いついた孔は、即座に実行に移す。
「武装解除風!!」
強烈な突風を大剣に浴びせかけると同時に、刀に纏わせた風を最大限利用して打ち込む。
台風並の強風に当てられた大剣は、孔の狙い通りに死霊王の手をすっぽ抜けて飛んでいく。
(よしっ!)
死霊王が飛び退いたのを確認すると、孔は心の中で喝采しつつ、意識を集中させる。
刀が濃い緑に発光したのを確認すると、死霊王に向けて構える。
大剣の回収は住んだらしく、あちらも剣を構えていた。
刀の発光が一際強くなった瞬間、孔は地面を蹴った。
「天翔嵐舞!」
風属性の高位魔法、天翔颯陣を刀に纏わせて放つ。
目にも止まらぬ三連撃で大上段から襲いかかる大剣を弾き返し、続く二連撃を死霊王のガラ空きになった首へと叩き込む。最後の高速突きを、人間で言う心臓の位置へと突き刺した。
首を切断され、胸を突かれた死霊王は汚い呻き声を上げながら溶けていく。
孔はそれを見届け、安堵しながら刀を鞘にしまおうとした。
しかし、その時――。
「グルゥォォォ!!!」
巨大な雄叫びを上げながら、翼を広げて現れたのは、死竜だった。
幻影竜に比べれば格下だが、通常のドラゴンよりかは圧倒的に強い存在。孔は絶望しながらも、刀を握り直した。
「ゴォォ!」
一瞬の溜めをしてから、死竜は腐食のブレスを放つ。
風魔法を駆使しながら、それをなんとか回避する孔。
「くっ……!」
たっぷり十秒ほど続いたブレスをなんとか耐え切ると、死竜はこちらへと突進してくる。
「うぉっ!!?」
爪での連続攻撃を、刀で防ぎながらなんとか耐える。
時折、尻尾や翼での攻撃を織り交ぜてくるから厄介だ。
やはり、決め手は魔法か。
「爆風!」
一度爆風で距離を取ると、再度魔法を放つ。
「迅雷牙!」
孔の手元から放たれた紫電が、死竜の体を焼く。大した傷ではないが、生み出した隙を利用して高位の魔法を放つ。
「紫電風牙!!」
雷と風で構成された魔法の刃が、死竜を切り刻む。
「グルァァァ!!!」
怒り狂った死竜は、禍々しい色合いの巨大な球体を生成する。
孔の三倍ほどのサイズを誇るその球体を、孔に向けて発射する。
「蒼岩湖壁!」
水と土の混合魔法により、なんとか防ぎ切る。
雷系統の魔法もいい感じではあったが、倒し切るまでには届かない。
やはり、体全体に魔法が当たるようにして、粉微塵にするのが良さそうだ。
「旋嵐!」
死竜の元に竜巻を生み出して、時間を稼ぐ。
叫び声を上げながら竜巻を避ける死竜には目もくれず、孔は魔法を放つ。
「蒸烈昇華!!」
数ある広範囲魔法の中から孔が選択したのは、水と火の混合、高圧水蒸気爆発を利用した魔法であった。
落雷のように大きなドンッ!という音が鳴り響き、辺りを土煙が埋め尽くす。
あまりの衝撃音に、倒したか……と期待した孔だったが、その期待はすぐに裏切られることとなった。
土煙の中から、大きく損傷を負った様子ではあるが、未だ倒れない死竜が姿を現したからだ。
「これは……風で切り刻むしかないか……」
高位の魔法を連打した影響で、視界が霞み始めているが、そんなことを気にしている状況ではない。
重傷を負いながらも、反撃のブレスを放とうと空気を吸い込む死竜に対し、孔も魔法を構える。
スペルワードのみで魔法を放てる孔の方が、数瞬早く攻撃に成功した。
「蒼穹輪廻嵐」
死竜を囲い込むように、淡い緑色の結界が構築される。
そしてその中に、無数の竜巻が生成される。
「ゴォォァ!!!」
死竜は溜め終わった腐食ブレスを放つが、結界内の竜巻に切り刻まれ、ブレスは掻き消える。
その竜巻たちに、ブレス同様死竜までもが切り刻まれていく。
「ギャャォォ!!!」
悲鳴を上げながらのたうち回る死竜。結界に激突するが、空中に波紋が広がるだけで、結界を破ることはできない。
そうこうしていくうちに、死竜の体は竜巻によって切り刻まれていき、次第に悲鳴も聞こえなくなる。
数十秒後、結界が消え、竜巻も消え去り、死竜の体が地面に落ちる。
「ああ……」
孔はそれを見て安堵の声を上げると、視界を暗転させてばたりと倒れた。
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一方その頃。
シルヴィアは、エルフたちによって訓練を受けさせられていた。
「魔法使いとして勇者の側に並び立つのならば、詠唱なぞする必要はない!」
そう言った一人の老人エルフによって、シルヴィアはスペルワードのみでの魔法発動を行うための訓練をさせられていた。
「イメージが大事なのよ。例えば、水なら、自分の指先から水が流れ出てくるところを強く想像しなさい。慣れないうちは、目を閉じながらの方がいいわよ」
そして、シルヴィアに魔法を教えているのは、エルセリアであった。
エルセリアが手本を見せるように、スペルワードを発声すると、指先から水が流れ出る。
「水生成」
シルヴィアはそれを見て、目をぎゅっと閉じて意識を集中させる。
「……水生成」
エルセリアのようにはいかなかったが、数滴の水がシルヴィアの指先から零れ落ちた。
「まあ、初めてにしては上出来ね。それを何度も繰り返して、最終的に戦闘中に上位の魔法を放てるようになればいいわ」
エルセリアはそう言うと、ちなみに、とドヤ顔をしながら手を構えた。
「極めれば、こんなこともできるわよ」
エルセリアは構えた手から、パチパチ、と雷を生み出し、的に向かって紫電を放つ。
「無詠唱、できるの?」
シルヴィアは感嘆しつつ、エルセリアへと問う。エルセリアは、ドヤ顔を続けながら答えた。
「もちろんよ。長い時間をかけて努力すれば、あなたでもできるわよ」
それを聞いたシルヴィアは、ふんと鼻息を鳴らす。
それからしばらく、エルセリアが付きっきりでシルヴィアに教えていると……。
「水切」
シルヴィアは、スペルワードのみでの魔法発動に成功していた。
「初日でこれはいい進歩ね。明日は無詠唱に挑戦しましょうか」
「ん」
エルセリアという優秀な教師を得て、シルヴィアはどんどん魔法を極めていくことになった。
孔が迷宮で無詠唱を扱えずアンデッド相手に苦しむ中、シルヴィアは着々と無詠唱をできるようになっていった。
水切のルビを間違えていた問題を修正。




