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ほんの数分の踊りだったけど、終わったときにはずっと長い時間が流れていたように感じられる。
矢野の真剣な表情と、うっすら汗をかいたその身体は、その場にいた男達の顔に張り付いていた卑猥な薄笑いの表情を見事に拭い去っていた。
僕も脱力感と共に胸に込み上げて来るズキズキした痛みを感じていた。
「こいつはたまげたぜ。ちょっとした感動って奴だ」
坂崎が言った。
坊主頭は下を向いて大きく首を振っている。
他の三人も最初の頃の乱暴な雰囲気は影をひそめていた。
「服を着ていいぜ。約束どおり開放してやる。でもな。俺達みたいに気のいい族ばかりじゃないからな。そこんとこ気つけていけや」
坂崎が矢野の脱ぎ捨てた服を拾ってほうった。
「ところで、こんな時間にどこ行くつもりなんだ」
坊主頭が顔を上げた。
「海に沈む月を見に行くの。西の海岸まで」
身づくろいを正しながら矢野はほっとした表情で言った。
「はっ。ロマンチックな事だな。でもそれなら海岸より展望所のほうがいいぜ。この先を右に曲がってまっすぐ行けば入り口がある。案内まではしてやらないがな」
坊主頭は階段の上を指差した。
他の連中はすでに階段を上がっていって、しばらくするとバイクの爆音が聞こえてきた。
「おまえの体当たりも結構こたえたぜ」
坊主頭が最後に僕に笑いかけて、すっと階段の上に消えていった。
凶悪な雰囲気は微塵もなくなっていた。何がどうなってるのか、僕の頭の中はこんがらがったままだ。
「おまえって本当に強いな……。それに比べて俺はナイト失格だ」
矢野と僕は暗い道で自転車を押していた。
矢野の自転車はさっきの乱闘でパンクしてしまったし、僕の自転車はライトが壊れているのだ。
坊主頭の助言どおり展望所に向かう事にしたのは、海岸に向かうよりそっちの方が近かったからだった。
さっきの喧嘩で僕の体も節々が痛むし、できるだけ近い場所のほうが良かった。
でも、和夫はまだ追いつかないし、さっきの事で海に沈む月を見るという目的も、なんだかどうでも良くなってきた。
「そんな事言わないでよ。あたしのわがままだからね、元はと言えば……。むしろ智樹クンをひどい目にあわせて悪かったって思ってるくらい。あたしなんかのために怪我までしちゃってさ。あたしに借りなんか無いって言ってたじゃない。さっさと一人で逃げればよかったのに」
内容の割にはとげが無い。素直な言葉だった。
「何言ってるんだよ。別に矢野だから助けようとしたわけじゃないさ。他の誰かだったとしても、同じ事さ」
怒るかなと思った。誤解を招くような言い方だったから。
でも矢野は怒るそぶりも無い。
「他の人と同じように、あたしにも助ける価値があるって事だね」
不思議と嬉しそうだ。変な奴。
「あたりまえだろ。和夫との約束もあるしな」
暴走族の連中が僕らを解放してくれたのは本当に意外だった。
最初はその言葉の中にもあったし、絶対矢野に乱暴するつもりだったはずだ。