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「おーい。やっと追いついたよ。まだ月でてるかなあ」

 下の方から和夫の元気な声がした。

 息を切らしながら走って上ってくる。


「おれ、ここにくる途中一句出来たんだよ」

 展望台まで登ってきた和夫は、かがんで息を整える。

 そしておもむろに顔を上げて言った。


「こういうの。暗闇は 光がないから 影もない。どうかな」

 うふふと矢野が笑った。僕もおかしくてたまらなくなってきた。


 海の方を見ると、真ん丸い黄色の円形がゆっくりと海に接触する所だった。

 下の方からつぶれていく。

 海に映る月と合体して、一つになる。

 上はくっきりとした半円で、下半分は歪んで、まるで海に融けていくようだった。


「やっぱり、満月も海に沈むんだな」

 和夫がぽつんと言った。そして矢野の方を見た。


「そうだ、俺も俳句詠んで見せたんだから、矢野も何か作ってみろよ。あの沈む月を見ながらさ」

 矢野はそんな気分じゃないって、そう言ってやりたかったが、意外にも彼女は和夫の挑戦にうなずいた。


 月はゆっくり海にのめりこんでいる。

 それをじっと見つめていた矢野が、ふと口を開いた。


「それぞれの つらき心を抱きしめて いま満月は 夜に融けゆく。どうかな、あ、でも俳句になってないか」

 矢野が舌を出して笑った。

 つられて僕と和夫もくすくす笑い出した。

 でも、本当に真っ暗な海は夜そのもののように見える。

 では月はなんだろう。


 考えながら見つめていると、満月は一瞬白い帽子を脱いだみたいにてっぺんが切り取られて、それからそこにあった光をすべて吸い込むように夜の中に消えていった。


「頭でわかっていても、本当かどうかなんて実際に見てみないとわかんないよね」

 矢野の言いたいことはなんとなくわかった。


「今日は、いろいろあったからな」

 僕は和夫を横目で見ながら言った。

 和夫が僕の腕をつかんで引き寄せる。


「遅れたのは悪かったけど、変な事になってないだろうな」

 心配そうな和夫の顔。そんな和夫に、バーカと一言なじって矢野が叫んだ。


「明日からも、あさってからもたくさんいろんなことがあるわよ。あたし達はまだ若いんだから」


「……そうだよな!」

 矢野の言葉に返事をする僕と和夫の声が、微妙にずれながら重なる。


 月が海の中に沈みきると、とたんに周囲が暗くなり、それまで息を潜めていた無数の星々の光が強くなった。

 澄み切った空気の中で、お山の大将がいなくなったことを喜ぶように、小さな淡い光を僕たちに注いでくれている。

 東の山々はまだ闇の中に沈んでいる。


 夜は続いていた。


 朝はまだ来ない。





                         夜に融ける月   おわり



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