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プロローグ2:天雷との対話

「お前は……“禁断の酵母”の血脈か」


天雷の、静かでありながらも重く響く声が、仕込み蔵の静寂を切り裂いた。その声には、清冽な大吟醸の香りが含まれているかのようだった。


その言葉は、結愛の脳裏に稲妻のように走り抜ける。胸元で鈍い光を放つ勾玉に触れながら、彼女は混乱と恐怖に支配されていた。古文書に書かれていた「酒神」という存在は、あくまで物語の中の架空の存在だと思っていたのに、今、目の前にいるこの青年は、その伝説が現実であることを突きつけている。


「き、禁断の酵母……?何、を言っているんですか……?」


震える声で問い返すが、天雷は表情一つ変えない。月明かりに照らされた白銀の髪と深い青の瞳は、まるで氷のように冷たく、この世のものとは思えない美しさを湛えていた。その無機質なまでの美しさは、結愛が知る人間のそれとは全く異質なものだった。


「この勾玉に宿る血脈の記憶が、我にそう告げている。お前は、我ら酒精の化身と契約する資格を持つ、稀有な存在。この世に姿を現してはならぬとされた、禁忌の酵母をその身に宿す者」


天雷は、結愛が手にする古文書を傲慢な眼差しで見下ろした。その言葉の端々からは、人間を遥かに超えた、高潔な存在としての誇りが感じられた。


「その古文書に書かれておろう。『神威降臨ノ儀』。それは我を現世に呼び出すための儀式。そして、この勾玉の血脈を持つ者のみが、その儀式を成功させることができる。お前の血には、そのための特別な力が流れているのだ」


結愛は、ようやく事態を理解し始める。目の前のこの青年は、本当に祖母が話していた「酒神」なのだ。そして自分は、その神を呼び出す特別な存在。しかし、その事実は、彼女の心を喜びではなく、より深い混乱へと突き落とした。


「そんな、まさか……。私はただの女子大生で、家業を継ぐかどうか迷っている、ごく普通の人間です。神様を呼び出すとか、そんな大それた力、あるわけない!」


必死に否定する結愛の声は、恐怖と動揺で上ずっていた。自分のアイデンティティが、根底から覆されようとしている。


「普通だと?お前は、この蔵の酒精の声を聞くことができよう。我々が、この世界でいかに生きるかを知っておる。それは、血脈に刻まれた記憶だ。お前は、この蔵の酒を、ただの飲み物としてではなく、生きている存在として感じている。それは、お前の血が持つ、禁忌の力ゆえだ」


天雷は結愛に一歩近づいた。大吟醸の清冽な香りが、結愛の五感を圧倒する。彼の存在そのものが、この蔵の酒が持つ神秘性を体現しているかのようだった。


「お前がこの勾玉を持つ限り、我は、そして他の酒精たちも、お前の周りに現れるだろう。そして、いずれはお前が、この蔵の命運を賭けた『酒神戦』に巻き込まれる。それは、ただ酒を造るという話ではない。日本酒の歴史、伝統、そして未来を賭けた、壮絶な戦いだ」


「酒神戦……?」


未知の言葉に、結愛の心臓が激しく脈打つ。それは、古文書にも記されていなかった、新たな物語の始まりを告げる言葉だった。結愛は、自分が迷っていた「将来」どころではない、想像を遥かに超えた運命に直面していることを悟った。家業を継ぐか否かという小さな悩みは、今や、彼女の人生を賭けた壮大な戦いの序章に過ぎないのだと。

登場人物

桐島きりしま 結愛ゆあ

老舗酒蔵の次期蔵元候補として、家業を継ぐ運命と、普通の女子大生としての日常の間で揺れ動く19歳の少女。純粋で心優しい性格だが、秘められた運命に迷いを抱えている。代々受け継がれてきた勾玉を身につけており、「禁断の酵母」の血脈を持つ。


天雷サカミツ

結愛が仕込み蔵で出会った、大吟醸の酒精の化身。白銀の髪に深い青の瞳を持つ、人間離れした美貌の青年。傲慢でどこか高慢な態度をとるが、日本酒の未来を守るという使命を帯びている。巨大な櫂を模した剣を携えている。

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