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五胡転戦記  作者: 八月河
劉石冉漢趙魏
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石勒、後趙を建国す

光初元年。厳冬の風が吹き荒れる幽州の城壁の上で、林暁は凍てつく空を見上げていた。その日、漢の皇帝・劉粲が靳準の乱で殺されたという報せが届いた。伝令は顔を紅潮させ、興奮気味にその凶報を告げたが、林暁はただ静かに、その報せを聞いていた。彼の心の中には、漠然とした予感があった。


(ついに……始まったか)


林暁は心の内で呟く。劉聡の死後、漢は内部分裂の道を辿っていた。そして今、その崩壊は現実のものとなった。


数日後、再び伝令が駆け込んできた。長安にいた劉曜が皇帝に即位を宣言し、石勒を大司馬、大将軍、趙公に任じ、九錫を授けることで、東西から靳準を挟撃するよう命じたという。


「林暁将軍、石勒様を大司馬、大将軍、趙公に任じ、九錫を授けるとのこと!」


伝令の興奮とは裏腹に、林暁は冷静にその報せを受け止めていた。


「わかった。石勒殿には、私の元にも使者が来たことを伝えておこう」


そう言って伝令を下がらせると、林暁は一人、遠い長安の空を見つめる。


(劉曜は石勒殿の力を借りようとしている。しかし、これは石勒殿にとって西方に進出するまたとない好機。劉曜もそれを理解していながら、この状況では石勒殿の力を借りるしかないのだろう。だが、この共闘は長続きしない。互いの思惑は、すでに別の道を向いているのだから……)


林暁は、この乱世の真の勝者が誰であるのかを確信していた。彼は静かに、ただ静かに、その時を待っていた。


光初二年(319年)。石勒は靳準の乱を平定すると、劉曜と対立するようになった。この頃、孔萇が幽州を平定したという知らせが、林暁の元に届く。石勒の勢力は日ごとに拡大し、天下統一への機運が高まっていた。


そして、その年の十月。石虎は、張賓を始めとした群臣百人余りとともに、石勒に帝位を称するよう進言した。林暁は、その場にはいなかったが、使者からその時の様子を詳しく聞いた。


「石勒様は、書を下し、こう仰いました。『我は徳が少ないながらも、偶然が重なり今の地位に至った。周文王は天下の三分の二を占めながらも殷朝に服属し、桓公も周室を凌ぐ力がありながらも尊崇を続けた。我の徳は彼らに大きく劣るのだぞ。即座にこの議を止めよ。二度と繰り返すでない。敢えて口にした者は、容赦なく刑に処する』と」


林暁は、この返答に石勒の思慮深さを感じた。


(石勒殿は、まだその時ではないと判断されたのか。それとも、石虎殿の進言をただちに受け入れることで、彼の独走を許すことを危惧されたのか……。石虎殿は、己の武功を誇示したいのだろう。だが、石勒殿は、その背後にある野心を見抜いている)


しかし、その翌月。石虎は再び張賓や程遐ら文武百官二十九人と共に、石勒に帝位に即くよう上疏した。


「非常の功があれば必ず非常の事が起こるといいます。殿下は生まれながらにして聖哲であり、天運に応じて天下を鞭撻し、人望は劉氏を超えました。今こそ中壇に昇り、皇帝位に即くべきなのです」


石勒はこれを西面して五度断り、南面して四度辞退した。しかし、百官が叩頭して強く求めたため、ついにこの上疏を聞き入れた。だが、石勒は皇帝位には即かず、大単于・趙王を称した。ここに後趙が正式に建国された。石虎は単于元輔、都督禁衛諸軍事に任じられ、後に中山公に進封された。林暁は、遠い故郷の空を思いながら、静かに後趙の建国を祝した。この日、彼が仕えるべき主は、名実ともに、この乱世の中心に立ったのである。


後趙建国後、石虎は驚異的な武功を発揮し、北方の平定に尽力した。その苛烈な戦いぶりは、敵軍だけでなく味方をも震え上がらせるほどであった。


趙王二年一月、段匹磾、段文鴦が後趙領の薊へ侵攻した。石虎はこれを好機と見て、敢えて薊には向かわず、協力関係にあった邵続が守る厭次を包囲した。厭次は段匹磾の後方を脅かす重要な拠点であった。


「段匹磾は必ず厭次の救援に回る。奴らが戻る前に、邵続を落とせ!」


石虎はそう命じ、攻撃を続けた。焦った邵続は、城から打って出て自ら石虎を迎え撃ったが、石虎は伏せていた騎兵に背後を遮断させ、邵続を生け捕りにした。石虎は邵続を厭次城下に連れて行き、城内の将兵に投降を呼びかけるよう命じたが、邵続は「貴様のような賊に屈するわけにはいかぬ!」と一喝し、拒否した。

「ならば、貴様の気骨を石勒様に見ていただくがよい!」


石虎はそう言って邵続を襄国へと送還した。その後、厭次へ戻ってきた段匹磾・段文鴦と激戦を繰り広げた石虎は、偽りの撤退で敵を誘い込む戦術に出た。


「偽りの撤退だ! 段文鴦は必ず追撃してくる。伏兵で一気に叩け!」


石虎の読み通り、段文鴦は追撃に出た。石虎は前もって伏せていた兵を一斉に出現させ、段文鴦を包囲した。段文鴦は捕らわれる寸前まで奮戦し、「汝には屈せぬ!」と叫び続けたという。この戦いにより、冀州、并州、幽州が後趙の支配下に入り、遼西以西の諸集落は全て後趙に帰順した。


八月には、泰山に割拠する徐龕討伐に向かい、一時的に降伏を請われたが、その後東晋の徐州刺史・蔡豹を撃破し、封丘に城を築いて帰還した。


趙王三年、託侯部の掘咄那を大破し、牛馬二十万余りを略奪。その後、車騎将軍に昇進した石虎は、騎兵三万を率いて鮮卑の鬱粥を破り、十万余りの牛馬を鹵獲した。


そして趙王五年八月、中外の歩兵騎兵併せて四万を率いて広固に割拠する曹嶷討伐に向かった。病に倒れた曹嶷は、石虎の猛攻に抗しきれず降伏。石虎は彼を襄国へ送還したが、広固の人民を皆殺しにしようとした。その時、青州刺史の劉徴が石虎の前に進み出た。


「将軍、お待ちください!」


劉徴は顔色一つ変えずに言った。


「今、私をこの地に留めるのは、民を牧させる為ではないのですか。その民がいなくなれば、どうして牧する事が出来ましょうか!そうなれば私は帰るのみです!」


石虎は一瞬、眉をひそめたが、やがてその言葉に感じ入ったのか、この命令を取り下げた。林暁は、石虎の苛烈な性格と、比類なき武勇を間近で見ていた。彼の武功が後趙の基盤を築いていることは明白であったが、その残虐な手腕に、林暁は一抹の不安を覚えていた。


石虎が外征で武功を立てる一方、石勒は内政に力を注いでいた。彼は、法律の施行、九品の決定、度量衡の統一、戸籍の作成、農業の奨励などを行い、混乱した河北の秩序を回復させていった。


趙王四年二月、石虎が徐龕を討伐している頃、石勒は石弘を世子にし、再び黄河以南への攻撃を再開しようとした矢先、後趙の柱であった張賓が病に倒れ、この世を去ってしまう。


林暁は、その訃報に深い悲しみを覚えた。張賓は、林暁の才を高く評価し、彼の軍の基盤を築く上で、多大な助力を与えてくれた恩人であった。


(張賓殿のような才を持つ男は、二度と現れないだろう……。石勒殿は、この試練を乗り越えることができるのか……)


張賓の死後、石勒は程遐を後任に任じた。しかし、この人事は、石虎と程遐の間の深い確執を生むことになる。


趙王八年十月、石勒は世子の石弘に鄴の統治を任せようと考えた。しかし、鄴は以前より石虎が守っている土地であり、彼は自らの勲功を盾に、この人事に強く反発した。石勒と程遐の画策により、石虎の家室は無理矢理鄴から移され、石弘に禁兵一万人が配された。この一件で、石虎は程遐を深く怨み、夜間に彼の家を襲わせ、妻娘を陵辱させるという報復に及んだ。


林暁は、石虎の冷酷な性格と、石勒との間に生じつつある亀裂を肌で感じていた。天下統一の道のりは、まだ多くの苦難を伴うだろう。


石勒は、張賓という大きな柱を失いながらも、その歩みを止めることはなかった。


趙王七年五月、前趙の将軍劉岳が後趙へ侵攻し、洛陽を包囲した。石虎は四万の兵を率いて救援に向かい、劉岳を石梁まで後退させると、塹壕を掘り、柵を環状に並べて劉岳軍を包囲した。外からの救援を完全に遮断された劉岳軍は、兵糧が底を突き、馬を殺して飢えを凌ぐ状態に陥った。さらに石虎は、救援に駆けつけた呼延謨軍も撃ち破り、呼延謨の首級を挙げた。


その後、劉曜が自ら軍を率いて救援に到来したが、石虎は騎兵三万でその進路を阻んだ。そして、劉曜軍が突如として動揺し、散り散りに逃亡したことで、劉曜は止む無く長安に戻った。石虎は劉岳の陣営を攻め落とし、劉岳を捕らえた。捕虜となった劉岳は、石虎によって九千人もの兵士とともに生き埋めにされたという。この苛烈な戦いにより、司州、兗州の全域を領有するようになり、徐州、豫州の淮河に臨む諸郡県は、全て石勒に帰順した。


そして趙王十年、師懽が黒兎を献上し、瑞兆として太和と建元した。同年7月、淮河を超えて寿春を陥落させたが、8月には劉曜の前趙に洛陽を占領されてしまう。林暁は、石勒の命令で洛陽奪還に向かい、同年12月、激戦の末ついに劉曜を捕虜にした。


太和二年、石勒は劉曜を殺害し、さらに長安を攻略して前趙を滅ぼした。張駿が使者を送って称藩し、ここに華北の大半が平定された。


そして、太和三年。石勒は天王と称し、後趙を晋の金徳に続く水徳の王朝とした。同年八月、ついに帝位に即き、建平と改元した。これにより、石勒は名実ともに華北の覇者となった。林暁は、この激動の時代の流れを、石勒の傍らで見つめ続けていた。彼の戦いは、今、新たな局面を迎えるのだった。

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