烏合の衆と、将軍の決意
林暁は、駐屯地の丘の上から、広がる自軍の陣営を見下ろしていた。
(三万の兵……。この数こそが、俺が永嘉の乱で失った全てだ。そして、この数こそが、この乱世を生き抜くための希望だ。だが、このままではただの烏合の衆。戦力として機能させるためには、組織的な再編が必要だ。俺の命は、もう俺一人のものではないのだ)
林暁は、すぐに配下の武将たちを自らの幕舎に集めた。彼らは、林暁の評判を聞いて集まってきた者たちだ。林暁は、彼らの顔を一人ひとり見つめた。その眼差しは、彼らの過去を全て見通すかのように鋭く、しかし温かかった。
「皆の者、集まってくれて感謝する。お前たちは、それぞれが独自の才を持つ者たちだ。だが、この軍は、もはやお前たち個人のものではない。全員が、この軍のために、そして、守るべき人々を増やすために、その才を発揮せねばならない」
林暁の言葉に、武将たちは沈黙した。彼らは林暁が何をしようとしているのか、固唾を飲んで見守っていた。その場の空気が張り詰めていた。
林暁は、彼らを率いるために、軍を六つの兵科に再編すると宣言した。
「この軍を、歩兵、工兵、弓兵、騎兵、騎弓兵、そして輜重隊に分ける。それぞれの将軍を、今ここで任命する」
林暁は、一人ひとりの武将の顔を見て、その才能を瞬時に見抜いていった。
「呉猛。お前は、元流民の長と聞く。筋骨隆々で、敵に怯むことのない勇気を持つ。歩兵将軍として、盾を持ち、常に最前線で兵を鼓舞せよ。お前の強さは、兵士たちの希望となるだろう」
呉猛は、無言で深く頷いた。彼の顔には、林暁への絶対的な信頼と、新たな使命感が漲っていた。
「呂光。お前は、砦を築くことに長けていると聞いている。これからは、城壁を築き、道を切り開くことこそ、お前の役目だ。工兵将軍を命じる」
呂光は、かつて林暁に討伐された元山賊の頭目だったが、その顔には新たな使命感が浮かんでいた。彼は林暁に頭を下げた。
「林暁様のご期待に沿えるよう、尽力させていただきます。この命、喜んでお捧げいたします」
「拓跋雷。お前は、馬を走らせることに長けている。斥候として、あるいは敵の側面を突くために、その馬を走らせろ。騎兵将軍を命じる」
拓跋雷もまた鮮卑族で、その冷静沈着な表情に、林暁への信頼がにじんでいた。彼は、無言で林暁に一礼した。
「李炎。お前は、馬上から弓を射ることに長けている。騎弓兵将軍として、敵を攪乱し、混乱に陥れることが、お前の役目だ。その若さと情熱を、この軍に注ぎ込め」
李炎は、元流民の若者だったが、その瞳には燃えるような闘志が宿っていた。
「趙文と王延。お前たちは、物資の管理に長けていると聞く。兵糧こそ、この軍の命だ。その命を守るのが、お前たちの役目だ。二人を輜重将軍に命じる。互いに協力し、この軍の生命線を支えよ」
元地方役人であった趙文と、元豪族であった王延は、林暁の言葉に深く頭を下げた。彼らは、林暁の持つ、人を見抜く目に感銘を受けていた。
「そして、赫連勃。お前は、異民族の将として、他の者たちをまとめる才がある。お前を異民族部隊の将軍に命じる。この軍の結束は、お前の双肩にかかっている」
赫連勃は、胸を張り、林暁に力強く頷いた。
任命が終わり、武将たちが一礼して幕舎を去ろうとした時、林暁は一人の若い武将を呼び止めた。
「慕容城。お前を、俺の護衛に任命する」
慕容城と名乗るその武将は、他の者たちと異なり、ひどく緊張した面持ちで林暁の言葉を聞いていた。彼は、その言葉に驚き、少し顔を青くした。
「は、はい……お任せください!」
その声は、他の男たちと比べると、やや甲高く、声量も小さかった。
(慕容城……いや、慕容雪。女だ。弓の腕前は百発百中だが、将軍としての才はない。むしろ、優れた護衛となるだろう。そして、この乱世で女一人で生き抜くのは、あまりに危険だ……)
林暁は、他の者には聞こえないように、小さな声で彼に問いかけた。
「お前の妹、慕容雪は、どこにいる? 彼女の弓の腕前は、将軍に劣るものではないと聞いている」
林暁の言葉に、慕容城はぎくりとして顔を上げた。その瞳には、一瞬の動揺が走った。
「な、何を言っているのか、分かりかねます……私には、妹など……」
「見事な男装だ。だが、その声と、かすかに香る白檀の香りは、女のものだ」
林暁は、慕容城の目を見つめ、静かに言い放った。慕容城は、観念したように肩を落とした。
「……やはり、林暁様にはお見通しでしたか。私の名は、慕容雪。この乱世を生き抜くために、男装しておりました」
「その弓の腕前は、確かに将軍に劣るものではない。だが、お前には、この軍を率いる才はない。それに、この乱世で、女一人で戦場に出るのは、あまりにも危険すぎる」
林暁は、静かにそう告げると、慕容雪の弟、慕容城を呼び出した。
「慕容雪。お前は、護衛として俺のそばにいろ。そして、お前の弟、慕容城を弓兵将軍に任命する。彼は、お前と同じく弓の才を持つと聞いている。この軍を、最強の弓兵隊に育て上げてくれ」
林暁の言葉に、慕容雪は戸惑いながらも、その言葉に従った。彼女の目には、林暁への感謝と、複雑な感情が入り混じっていた。
林暁は、兵科の再編を終えると、すぐに群盗討伐に乗り出した。涿郡周辺には、漢趙の支配から逃れてきた流民を襲う盗賊が跋扈していた。林暁の軍は、彼らを徹底的に討伐していった。
(石勒殿が到着するまでに、この涿郡を平定せねばならん。そして、この軍を、天下に誇れる軍にしなければならない。俺の命は、もう俺一人のものではない。俺を信じてくれたこの三万の兵、そして、この乱世に苦しむ人々……その命を、俺は守らねばならないのだ)
林暁は、来るべき石勒との合流に備え、兵士たちの訓練を続けた。彼の軍は、規律が厳しく、練度も高かった。兵士たちは、林暁を尊敬し、彼の命令には絶対に従った。
林暁の評判は、石勒の耳にも届いていた。
「林暁は、涿郡を平定し、軍を鍛え上げているそうだ」
石勒は、その報告を聞いて、満足げに頷いた。
「ハハハ! わしが見込んだ男よ!」
石虎もまた、林暁の活躍を耳にして、驚きを隠せなかった。
「叔父上、林暁の才は、やはり並大抵のものではありません。あの男は、俺にはない何かを持っている。俺は、あの男を認め、敬うしかない……」
石虎の言葉に、石勒は静かに微笑んだ。
「そうか。お前もそう思うか。では、林暁が、わしらの天下統一にどれほどの力を発揮するか、楽しみに見ていよう」
石勒は、林暁が涿郡を平定したという報告を受けると、すぐに涿郡へと向かった。林暁の軍は、石勒の到着を待ち、万全の態勢を整えていた。