涼の地を去り、江南へ
林全こと慕容復は、燕の滅亡という深い悲しみを胸に秘め、涼の地で乞伏国仁の騎兵隊長として戦う日々を送っていた。彼の卓越した戦術と、冷静な判断力は、乞伏国仁の軍を次々と勝利へと導き、その勢力を大きく拡大させていた。
(この慕容復という男……。一体、どこでこれほどの兵法を学んだのだ? まるで、慕容恪殿のようだ……。だが、彼の瞳には、常に悲しみが宿っている。彼は、一体何者なのだ……)
乞伏国仁は、林全の才覚に感銘を受けながらも、彼の正体を知ることはなかった。一方、林全は、この涼の地の群雄たちが、やがて互いに滅ぼし合う運命にあることを知っていた。
(乞伏国仁殿は、いずれ赫連勃勃に敗れ、西秦も滅亡する。呂光、禿髪烏孤、沮渠蒙遜、李暠……。彼らが興した王朝も、短期間で滅びる。この地で戦い続けても、意味がない……。予がなすべきことは、この乱世を終わらせること。そのためには、劉裕に会わねばならぬ)
林全は、劉裕という南の英雄こそが、この乱世を終わらせる力を持つと信じていた。彼の知る歴史では、劉裕が南燕や後秦を滅ぼし、やがて宋を建国する。しかし、林全の介入によって、その歴史がどう変わるのかは分からなかった。
涼の地での戦いが続く中、北の赫連勃勃が夏を建国し、その勢力を急速に拡大させているという報せが届いた。
(赫連勃勃……! 彼は、いずれ乞伏国仁殿を滅ぼし、この涼の地を統一する。彼の元で戦えば、燕の仇である拓跋珪と戦うことができるかもしれぬ。しかし、それは、赫連勃勃の野望に利用されるだけだ。予の目的は、天下統一ではない。この乱世を終わらせることなのだ)
林全は、赫連勃勃の元へ行くことも、このまま乞伏国仁の元に留まることも、自らの使命を果たす上では得策ではないと判断した。彼は、乞伏国仁の元を離れ、江南へと向かうことを決意する。
彼は、偽りの戦死を偽装した。激戦の中、彼は敵兵に囲まれたふりをし、誰にも知られることなく戦場を離れた。
(乞伏国仁殿……。あなたの才覚は、この乱世には過ぎたものです。しかし、赫連勃勃という新たな英雄には、勝てない。どうか、あなたの命を、無駄にしないでほしい……)
林全は、乞伏国仁への別れを告げ、南へと向かう旅路についた。
林全がたどり着いた江南では、劉裕が東晋の実権を握り、着々と国力を増大させていた。彼は、孫恩の乱を鎮圧し、桓玄を討ち、今や東晋の将軍として、その武勇を天下に轟かせていた。
(劉裕……! あなたこそ、この乱世を終わらせる英雄。しかし、あなたの知る歴史は、予の知る歴史とは違う。北魏という強大な敵の存在、そして、林全という存在……。この二つの要素が、あなたの運命をどう変えるのか……。予は、あなたの元で、この乱世を終わらせるための力を貸そう)
林全は、再び素性を偽り、劉裕の元へと向かった。彼の胸には、燕の滅亡という悲劇を乗り越え、この乱世を終わらせるという、確固たる決意が宿っていた。