西域の地獄、乞伏国仁との出会い
林全こと慕容復は、偽りの死を遂げた後、南へと向かうはずだった。しかし、彼が密かに潜んでいた長安の町で、衝撃的な報せを耳にした。燕が、拓跋珪率いる北魏によって滅ぼされたというのだ。
(慕容恪殿……慕容垂殿……。予は、あなた方の遺志を守ることができなかった……。この燕の未来を、あなた方に託すと言ったのに……。予は結局、何も変えられなかったのか……)
彼の心は、深い悲しみと絶望に包まれていた。命を賭して守り抜こうとした燕は、彼の不在の間に、歴史の渦に飲み込まれてしまったのだ。彼は、行くべき場所を見失い、荒野を彷徨う旅人となっていた。
(予は、何をすべきなのだ? この歴史の知識は、いったい何のためにあるのだ? 結局、予は、歴史の流れに逆らうことのできぬ、無力な存在なのか……)
林全は、孤独な旅路のなかで、自問自答を繰り返していた。彼の胸には、燕を守れなかったという後悔と、それでも生きているという事実だけが残っていた。しかし、その心の奥底には、この乱世を終わらせるという、かすかな希望が、まだ燃え尽きずに燻っていた。
林全がたどり着いたのは、涼の地だった。そこは、呂光、禿髪烏孤、沮渠蒙遜、李暠、姚萇、乞伏国仁らが覇権を争う、まさに地獄のような様相を呈していた。
(この涼の地は、まるで戦乱の縮図だ。誰もが自らの野望のために争い、民は苦しんでいる……。これでは、中原を統一しても、平和は訪れないだろう。拓跋珪や劉裕といった強大な英雄がいても、この混迷の時代を終わらせることはできない。彼らは、自らの天下を築くために、民を犠牲にすることも厭わない……)
林全は、この混乱した状況を目の当たりにし、再び自らの使命を思い出した。彼は、この乱世を終わらせるため、再び立ち上がることを決意した。
林全は、自らの素性を明かすことなく、乞伏国仁の元へと向かった。乞伏国仁は、鮮卑の乞伏部を率いる将軍であり、後に西秦を建国する人物だった。
乞伏国仁は、突然現れた林全を警戒しながらも、彼の持つただならぬ雰囲気に興味を抱いていた。
「お前は、何者だ?」
「私は、慕容復と申します。故郷を追われた旅の身ですが、あなたの元で、この乱世を生き抜きたいと存じます」
林全は、素性を偽り、乞伏国仁に仕えることを志願した。彼の卓越した武勇と、冷静沈着な判断力は、すぐに乞伏国仁の目に留まった。林全は、乞伏国仁の騎兵隊長として、その才覚を発揮し始めた。
(この慕容復という男……。ただの旅人ではないな。彼の指揮は、まるで名将のようだ。一体、彼は何者なのだ……)
乞伏国仁は、林全の正体を知らなかったが、彼の才覚を高く評価し、全幅の信頼を寄せるようになる。
林全は、乞伏国仁の元で、新たな時代を築くための力を蓄え始めた。彼の胸には、燕の滅亡という悲劇を乗り越え、この乱世を終わらせるという、確固たる決意が宿っていた。