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五胡転戦記  作者: 八月河
苻慕馬秦燕晋
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悲劇の連鎖、慕容恪の死

林全は、自らが創り出した新たな歴史の中で、長安と洛陽を死守することに専念していた。彼の知る歴史の潮流に逆らい、東晋と前秦を退け、慕容恪の病の進行を遅らせたことで、燕は一時的な安寧を享受していた。しかし、その安寧は脆く、ついに彼が最も懸念していた事態が現実のものとなった。


林全は、北方の報せを聞き、静かに地図を広げた。その指先が、拓跋珪の領土から南へと伸びる線上をなぞる。


(やはり、拓跋珪は動いたか……! 慕容恪殿と慕容垂殿が戦場に釘付けになっているこの機を、見逃すはずがない。この若き狼は、時を待つことを知っている。燕の国力は、まだ疲弊している。このままでは、北と南、そして西からの三面作戦に陥り、滅亡は避けられぬだろう……。私の努力も、結局は歴史の大きな流れには逆らえぬのか……)


南の東晋が再び北伐を開始し、慕容垂はその対処に忙殺されていた。その隙を突くかのように、北の拓跋珪が燕との同盟を破棄し、二十五万の大軍を南下させてきたのだ。


林全は、冷静に情勢を分析し、姚萇もまた、この混乱に乗じて攻め込もうとしていることを察知した。彼は、自らの部屋に戻ると、一通の書状を書き、林業と慕容虎を呼び出した。


「業、虎。お前たちに洛陽を任せる。決して無駄な戦いはするな。洛陽の守りを固め、時が来るのを待つのだ。敵は、必ずや洛陽の堅牢さに諦め、退く。その時を、虎視眈々と待つのだ」


「承知いたしました、兄上! 必ず、この城を守り抜いてみせます!」


林業の力強い返事に、林全は静かに頷いた。しかし、彼の心は痛みに苛まれていた。石斌に続き、今度は慕容恪が歴史の舞台から消える。それは、未来を知る彼にとって、避けられぬ運命だった。


(太原王殿下……。予は、あなたの命を、あなたの存在を、この時代に留めることができなかった。だが、せめて、あなたの最期を、この目で……)


姚萇との戦いのさなか、林全は自らの死を偽装した。彼の知る歴史では、この時期に慕容恪が亡くなり、燕は内乱の危機を迎える。そこで彼が考えたのは、慕容恪の最期の時間を、共に過ごすことだった。


(この燕を救うには、殿下の知恵が必要だ。だが、彼は、私が未来の人間であることを知らない。私を、ただの臣下として扱う。それでは、真の力を引き出すことはできない。ならば……)


彼は、顔に火傷を負ったという設定で、慕容復と名乗ることにした。この名前は、彼が現代で読んだ武侠小説に登場する人物から取ったものだった。


仮面をつけた慕容復(林全)が慕容恪と合流すると、慕容恪は、林全を失ったことへの悲しみと、自身の身も長くはないと悟り、慕容復に兵法を伝授した。


「そなたは、林将軍に劣らぬ才覚を持つ。どうか、予の全てを、この燕の未来のために活かしてくれ」


慕容復は、慕容恪の言葉に悲しみをこらえながら、目の前の拓跋珪軍を倒すことに専念した。


(殿下……。あなたが、私に託してくださったこの思い、決して無駄にはしません。この戦、必ずや勝利に導いてみせます)


慕容恪は、三万の兵を以て、拓跋珪の二十五万の大軍を大いに打ち破った。彼の采配は、まさに神業だった。

(さすがは五胡十六国第一の名将……! この戦いぶり、まさしく歴史に名を残す名将のそれだ!)


慕容復は、慕容恪の戦いぶりに感嘆した。拓跋珪は、この圧倒的な敗北を前に、一旦兵を退かざるを得なくなった。


拓跋珪は、自軍の壊滅的な被害を前に、怒りよりも驚きを禁じ得なかった。


(慕容恪……! あの老将が、なぜこれほどの采配を……。そして、あの仮面の男は一体何者だ? 慕容恪の隣に常に控えている。林全と名乗る男を失ったと聞いたが、まさか……)


拓跋珪は、慕容復の正体を見破ることができなかったが、彼がただ者ではないことを直感していた。


しかし、この勝利の代償は大きかった。慕容恪は、軍中で逝去した。死の間際、彼は慕容復らに燕の未来を託した。


「慕容復……そして、慕容垂……。予の愛する燕を、どうか、頼むぞ……」


報せを聞いた慕容暐は、大きく悲しんだ。生前の官職に加え、魏王に格上げし太師、太傅、太保、相国、大単于、大将軍と追尊した。


その後、中央に召還された慕容垂が国政を司ったが、数年後、彼もまたこの世を去り、拓跋珪を阻む者は居なくなった。


慕容暐ら宗室を護るため、慕容復は禁軍三万を率いて拓跋珪との決戦を挑んだ。林暁は、禁軍三万の将兵らと鄴の城外で大いに乱闘を演じ、遂には慕容復一人となった。


拓跋珪はその武勇を惜しみ、麾下に加えようとした。


「慕容復よ。そなたの才は、この拓跋珪が認めよう。予の配下となれば、そなたに大いなる栄華を与えよう。どうだ?」


しかし、慕容復はこれを丁寧に断り、尚も拓跋珪を襲おうとしてその場で殺された。


戦後、慕容一族は山西に安置され歴史の表舞台から去った。林業達も林暁の遺言通りに拓跋珪に降伏した。これにより、拓跋珪の覇権は確立された。


拓跋珪は、慕容復の遺体を見つめ、静かに呟いた。


(慕容恪に慕容垂、そして慕容復……。燕には、なぜこれほどまでに英雄がいたのだ。しかし、これで北方は予のものだ。南の劉裕よ……。そなたも、いつかこの拓跋珪が相手をしてやろう)


しかし、林全、慕容復と名を偽ってきた林暁は、またもや死ねずに遺体をすり替えて生き延びた。彼は、歴史の通りに動けば魏は東西に別れてそれぞれの権臣に滅ぼされると分かっていたため、一路南へと進んで晋へと逃れた。


新たな時代を築くため、林全は、再び孤独な旅に出るのであった。

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