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五胡転戦記  作者: 八月河
苻慕馬秦燕晋
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前燕の将軍、洛陽要塞の防壁

建武十五年の夏。林暁は、慕容雪、林業、そして石斌を伴い、燕の都、龍城へと向かっていた。馬の蹄が土煙を上げ、彼の心は様々な感情で揺れ動いていた。慕容雪との再会は、失われた時を取り戻すかのような喜びをもたらしたが、同時に、再び乱世の渦中に身を投じることへの重い覚悟を突きつけてきた。


(かつては、ただ生きるため、家族を守るために戦ってきた。だが今は違う。未来の歴史を知る者として、この血塗られた時代を、少しでも良い方向へ導かねばならぬ。この道が、正しい道であると信じよう)


燕の都、龍城に到着すると、慕容儁は長公主である慕容雪の帰還を心から喜んだ。そして、彼女が連れてきた林全という男に興味を抱いた。林暁が林全として慕容皝に目通りを願い出ると、慕容皝は彼をすぐに将軍として用いることを決めた。


「そなたが、趙の林全殿か。そして今、林全と名乗っていると。聞けば、石虎の元から十万の衛士を救い出したとか。その才覚、この燕で存分に奮ってくれ」


慕容皝の言葉は、林暁の持つ実力を高く評価している証だった。林暁は静かに頭を垂れた。


「恐れ入ります。この身、燕のために尽くさせていただきます」


その背景には、林暁が石虎の元から救い出した十万もの精鋭を統率しているという事実があった。林暁の武勇と才覚は、すでに後趙時代から前燕にも轟いており、慕容皝は彼を軍の中枢に置くことで、苻堅率いる前秦に対抗する力を得ようと考えたのだ。


林暁は、慕容評の副将に任じられた。慕容恪、慕容覇(後の慕容垂)といった宗室の将軍たちは皆名将の類であり、林暁は彼らの才能を尊重し、自らは慕容評の補佐に専念することを決めた。彼の目的は、あくまで苻堅の侵攻を阻むことにあった。


慕容評は林暁に言った。


「林全殿。我らの都は龍城。しかし、敵の侵攻を阻む要衝は、この洛陽だ。この地を、いかにして守り抜くか、そなたの知恵を借りたい」


林暁は、慕容評に自身の構想を打ち明けた。それは、洛陽とその周囲にある函谷関、伊闕関、広成関、大谷関、轘轅関、旋門関、孟津関、小平津関の城壁を繋げ、巨大な要塞を築くという壮大な計画だった。


林暁が施した改造は、この時代には類を見ない近代的なものだった。彼は、未来の知識を駆使し、城壁には狭間を多く設け、弓兵が安全に矢を射かけられるようにした。また、城壁の内部には、兵士が迅速に移動できる通路を張り巡らせ、補給路も確保した。さらに、石や鉄を溶かして流し込むことで、城壁の強度を飛躍的に高めた。それは、まさに秦の長城にも匹敵する、難攻不落の要塞と化した。


慕容評は、林暁の構想と実行力に舌を巻き、これを慕容儁に報告した。しかし、慕容儁は、林暁という異質な存在と、彼の持つ強大な兵力に警戒心を抱いた。彼は、慕容恪を遣わして林暁を譴責した。


慕容恪は、林暁の前に進み出ると、鋭い視線で彼を見据えた。


「林全殿。聞けば、あなたは洛陽に前例のない要塞を築いているとか。あまりに強固な城壁は、内乱が起きた際、味方の兵をも阻むことになりかねない。あなたは、一体何を考えているのか?」


林暁は、静かに答えた。


「慕容恪殿。私は、秦や晋、そしてこの地に攻め寄せるあらゆる敵を防ぐため、この要塞を築きました。全ての敵から、この燕を守るためには、これが最善の策でございます。もし、この要塞が、内乱の折に味方を阻むことになれば、それは我々の統治に問題があるということです」


林暁の言葉には、揺るぎない信念が宿っていた。慕容恪は、林暁の言葉に納得し、慕容儁に報告すると、慕容儁は、ひとまず林暁の行動を黙認した。


そして、林暁の予感通り、晋と秦は洛陽の要塞化を警戒し、それぞれ軍を派遣した。晋は南から、秦は西からと、二方向から洛陽へ向けて攻撃を開始した。


しかし、林暁が築いた要塞は、彼らの攻撃をことごとく跳ね返した。晋の兵は、鉄壁の城壁を前に進むことができず、秦の兵は、関の堅固さに阻まれ、多大な犠牲を出しながらも、突破することができなかった。


洛陽は、名実ともに難攻不落の要塞となり、晋も秦も、洛陽を攻め落とすことを諦めざるを得なかった。林暁は、慕容雪、石斌、そして林業と共に、要塞の城壁から、勝利の余韻に浸っていた。


慕容評は、林暁に深く頭を下げた。


「林全殿。あなたの言った通りだ。この要塞がなければ、我々は今頃、敵の手に落ちていた」


林暁は、静かに頷き、遠くの空を見つめた。彼の心には、未来の歴史を変えられたことへの安堵と、そして、この戦いが終わったわけではないという、新たな決意が刻まれていた。

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