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五胡転戦記  作者: 八月河
苻慕馬秦燕晋
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長公主との再会、そして真実

建武十五年の初夏、林全は石斌と共に、林業と衛士たちが向かった鄴へと旅を続けていた。しかし、その道中、彼らは突如として燕の兵に囲まれてしまう。兵を率いるのは、燕の長公主、慕容雪であった。


林全の胸は高鳴っていた。まさか、この時代に、この地で彼女と再会するとは。彼女は、かつての妻、慕容雪。林暁として生きていた頃、心から愛し、しかし自らの秘密ゆえに別れを選んだ女性。時を超えてもなお、鮮明に脳裏に焼き付いているその顔は、変わらぬ美しさを保っていた。


「長公主、なぜこのようなことを?」


林全が問いかけると、慕容雪は馬から降り立ち、静かに林全を見つめた。その目には、懐かしさと、そして鋭い探究心が宿っていた。


「林全、お前の顔を、どうしてもこの目で確かめたかった。その声、その仕草、そしてその瞳……。お前は、まさか……」


慕容雪は、他の者を全て下がらせ、林全を個室へと招き入れた。石斌は、外で待機するように命じられた。


個室に入ると、慕容雪は林全の前に静かに座り、真っ直ぐに彼を見つめた。


「林全。お前は、林暁なのではないか?」


その言葉に、林全は息を呑んだ。さすがは、かつての妻だ。自分のことを、これほどまでに見抜くとは。


(やはり、隠し通すことはできないか。何十年もの歳月が流れたというのに、彼女は私を見抜いた。彼女の心の中では、私はあの日のまま、歳を取っていないのだろうか……)


林全は、しらばくれようとしたが、慕容雪は首を横に振った。


「お前が長安で質屋を営んでいたこと、苻堅と王猛から逃れたこと、そして姚襄を見逃させたこと。全て、私の耳に入っている。そして何より……」


慕容雪は、林全の顔を指差した。


「その顔だ。年月を経ても、全く変わっていない」


林全は、観念したかのように深いため息をついた。


「やはり、隠し通すせなかったか……」


林全は、静かに頷き、自らが林暁であることを認めた。そして、長年にわたる、自らの孤独な戦いについて語り始めた。


「私は、歳を取らない化け物だ。あなたと再会したくなかったのは、この姿を見せたくなかったから……」


林暁は、慕容雪に、自らが持つ不老の力について、そして、それによって味わってきた苦しみと孤独を、静かに、淡々と語った。慕容雪は、その言葉を、一言も聞き漏らすまいと、真剣な表情で聞いていた。


林暁が語り終えると、慕容雪は静かに立ち上がり、林暁の手を握った。


「そんなことで、私がお前を恐れるとでも思ったのか? 歳を取らないのなら、私がお前の歳を取らない唯一の伴侶となってやろう」


慕容雪の言葉は、林暁の心を深く揺さぶった。彼は、この孤独な戦いを、もう一人で背負う必要はないのだと悟った。


「慕容雪……」


林暁は、ただその名を呟くことしかできなかった。二人の間には、長年の空白を埋めるかのように、夫婦としての絆が再び結ばれた。


林暁と慕容雪が個室で再会を果たした後、扉が開かれた。外で待機していた林業と石斌が招き入れられ、二人は固い表情のまま、林暁と慕容雪の前に立った。


林暁は、まず林業に向かって言った。


「業、そして燕公。あなた方にも話さねばならないことがある。そして、それはお前たちにとって、想像もつかない話だろう」


林業は、不安そうに父を見つめた。


「父上……一体、何を話されるのですか?」


林暁の声は、かつてないほど真剣だった。


「私は、お前が知っている父ではない。本当の父は、別の場所にいる。私は、お前たちの未来を守るため、林暁として、この時代を生きてきた」


石斌は、静かに口を開いた。


「林暁殿、我々には、すでに多くの真実を話してくださった。だが、まだ何か隠していることが?」


林暁は深く息を吸い込み、すべてを語り始めた。


「私は、お前たちが知る、この時代の人間ではない。私は、遠い未来から、突如としてこの世界にやってきたのだ」


その言葉に、林業と石斌は絶句した。慕容雪は、林暁の手を握り、静かに頷いた。


林暁は、自らの人生を洗いざらい話した。未来から来た彼は、剣闘奴隷として売られ、鍾会という男に買われたことから、彼の波乱に満ちた人生が始まった。


「鍾会は、私の未来の知識を高く評価してくれた。彼から兵法と策略を学んだが、私の人生の方向を定めたのは、稀代の将軍、姜維殿だった」


石斌は、驚きを隠せない。


「あの蜀の姜維に、師事したと?」


「ええ。彼から学んだ兵法と策略は、私の人生を大きく変えた。そして私は、姜維殿の孫娘を妻として迎えた。三人の子も授かり、平和な世を夢見ていた」


林暁の言葉に、慕容雪は静かに目を閉じた。かつて愛した男の、知られざる過去。その胸中には、複雑な感情が渦巻いていた。


「しかし、その平和は長くは続かなかった。劉淵という男が起こした反乱によって、私の人生は再び暗転した。私は、家族と離れ離れになり、敗残の身で戦場の荒地を彷徨い歩いた。子供たちの生死も分からぬまま……」


林暁の声が震えた。彼の語る過去は、単なる物語ではなく、彼がなぜこれほどまでに未来を知り、そして冷静に行動できるのか、その理由を雄弁に物語っていた。


林暁の告白を聞き終えた林業は、静かに涙を流した。

「父上……いえ、林暁殿。あなたは、私たちが知らないところで、そんなにも孤独な戦いを続けていたのですか……」


林暁は、林業の頭を優しく撫でた。


「お前たちと出会うまで、私はずっと一人だった。だが、もう違う」


石斌は、深い感銘を受けた様子で林暁に頭を下げた。「林暁殿。あなたが未来から来た人間であろうと、私にとってあなたは、信じられる友であり、恩人であることに変わりはない。あなたのおかげで、私は再び、生きる希望を持つことができた。これからは、あなたと共に、この乱世を生き抜きたい」


慕容雪は、林暁の手を再び強く握りしめた。


「私は、あなたの秘密を知ってしまった。もう二度と、あなたから離れるつもりはない。そして、あなたの孤独な戦いを、私たちが共に背負う番だ」


林暁は、三人の言葉に、胸が熱くなった。


「ありがとう、林業。石斌殿。そして、慕容雪。私は、あなた方と共に、この乱世を生き抜きたい。そして、あなた方の未来を守りたい」


彼らの間には、血の繋がりや過去の因縁を超えた、強い絆が結ばれた。林暁の告白は、彼らが共に歩むべき道を、はっきりと照らしていた。

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