表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
五胡転戦記  作者: 八月河
劉石冉漢趙魏
21/48

老天子の病、そして渦巻く陰謀

建武十四年四月。林全は、石虎皇帝の病状が急速に悪化しているという報を聞き、胸騒ぎを覚えた。かつての強大な皇帝は、今や病床に伏せ、その意識は朦朧としているという。宮中には、不吉な空気が満ちていた。死の匂いと、権力争いの血生臭い匂いが、混じり合っていた。


(この時が来たか……。歴史は、この瞬間から加速する。石虎という強大な楔が抜け落ちたとき、この国は、一体どこへ向かうのだろうか……)


陛下は最期の力を振り絞るように、後継者とその輔政を定めた。彭城王石遵を大将軍に関中の統治を委ね、燕王石斌を丞相・録尚書事に任じ、そして張豺を鎮衛大将軍・領軍将軍・吏部尚書に任じ、この三名に幼い皇太子石世の輔政を託した。


しかし、この決定は、新たな血の渦を呼ぶことになる。劉皇后は、石斌と石遵が政変を起こすことを恐れ、張豺と結託して彼らの排除を目論んだ。

林全は、宮中の不穏な動きを察知していた。


(劉皇后と張豺め。やはり動いたか。陛下の病は、彼らにとって天の恵み。このままでは、皇太子は彼らの傀儡となり、この国は再び血の海に沈むだろう)


彼らの標的となったのは、まず石斌だった。石斌は襄国に留まっており、陛下が病に臥せっていることを知らなかった。劉皇后らはこの機会を逃すまいと、使者を派遣して彼を欺いた。


「主上の病は次第に快方へ向かっております。王は猟でも嗜みながら、しばし留まってはいかがでしょう」


石斌はもともと猟を好み、酒を嗜む性質であったため、この偽りの言葉を信じかけていた。


しかし、林全は劉皇后一派の奸計を見抜いていた。彼は、一刻の猶予もないと判断し、石斌へ密使を送った。


「燕公、陛下のご病は重篤です。すぐに鄴へお戻りください。劉皇后一派が、陛下を欺いて王を遠ざけようとしております!」


林全の言葉に、石斌は偽りの安寧から一気に現実へと引き戻された。彼はすぐさま鄴へ向かった。


林全は、歴史の教訓から、石遵と石斌の権力争いが、国を滅ぼすことを知っていた。彼は、過去の賢帝たちが兄弟間の争いを避けるために行った、幼い後継者を立て、兄弟が協力して国を支えるという故事を思い出した。彼は、幼い石世を擁立しつつ、二人の力で政権を安定させることを決意した。


林全は、石遵と石斌をそれぞれ密かに呼び出し、語りかけた。


「燕王、彭城王。我々が今争えば、劉皇后と張豺の思う壺です。過去の賢帝は、兄弟の力を互いに削ぐのではなく、協力して国を支えることを望まれました。我々は互いを潰し合うのではなく、それぞれの才でこの国を支えるべきです」


石遵は文徳に優れ、政務に長けていた。林全は彼に、後趙の政治を安定させることを託した。


「彭城王、あなた様は文徳を以て天下を治めるべき方。この鄴で政を掌握し、朝廷の安定を図ってください。朝廷の腐敗を正すには、あなた様のような方が必要です」


一方、武略に長けた石斌には、軍の掌握を頼んだ。


「燕王、あなた様は武を以て国を守るべき方。天下の軍を束ね、外敵の侵入を防ぎ、国内の反乱を鎮めてください。あなたの武勇なくして、この国の安寧は保てません」


二人の皇子は、互いへの猜疑心を抱きつつも、林全の言葉に耳を傾けた。林全は、二人の能力を最大限に活かすことで、幼い石世を支え、後趙を安定させようと画策したのだ。


林全は、石虎に事前に宮中の宿衛を任されていた。劉皇后一派がいかに排除しようと試みても、その権限を覆すことはできなかったのだ。


石遵と石斌は、林全の計らいにより、石虎の病室に招かれた。彼らは、父の危篤を知り、悲しみに打ちひしがれ、涙を流した。石虎は、意識が朦朧としながらも、二人の姿を認め、その手を強く握った。


「遵よ、斌よ……よくぞ戻った……」


そして、石虎は、最期の言葉を絞り出した。


「世を助け、この後趙の未来を頼む……」


石虎は、二人に皇太子の輔政を託し、その手を握りしめたまま、静かに息を引き取った。


しかし、石虎の死後、林全の計画は脆くも崩れ去った。


同月、ついに石虎は崩御した。予定通り石世が即位し、劉皇后は皇太后に立てられた。六月には、その亡骸は顕原陵に葬られ、武帝と諡され、廟号を太祖とされた。


石虎が病没すると、石世が跡を継いだが、石世はまだ十一歳だったので、劉皇太后が垂簾聴政を行い、張豺と共に朝権を掌握した。


林全は、石虎の死を悼む一方で、この国の未来に、深い絶望を感じていた。幼い石世を傀儡として、劉太后と張豺が権力を恣にする。そして、その排除を謀る石遵や石斌の勢力。再び、血の嵐が吹き荒れるであろうことを、林全は確信していた。彼は、自らが救い出した幼い養子林業と、故郷に残した家族を守るため、静かに、そして密かに、この国の行く末を見つめ続けるしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ