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7、優越感の賞味期限

「わたしは顧問と同じ意見」


 帰りの電車の中で、マネージャーがいう。

 ふたりきりになる、五分間だ。

 あの衝撃の日から、何日たったのだろう。


「みんなが何で泣いているのか、わからなかった。アホらしいと思った」


 あの日と同じ、冷たい声だった。


「そうなんだ」


 適当な相づちをうつ。

 顧問の話を聞いているとき、わたしも泣いた。それを見下したいのだろうが、わたしが泣いた理由は何故こんな部に三年もいたのだろうという悔し涙と、バレーボールは好きだったなぁという感慨からだった。それを見下したいなら好きにすればいい。それに、顧問とこそこそ付き合っているくせに、「自分は顧問と同じ意見なの」と、宣言するほうがアホらしい。


「涙くらい、好きに流していいんじゃない?」


 わたしは淡々と返す。


「ドライだね」


 マネージャーは少し驚いている。


「何か今日、別人みたい」

「別人?」


 片腹痛くて鼻で笑ってしまった。

 別人みたいというが、見下す予定が外れただけじゃないか。それに、ドライではない。口調は冷静でも、むしろわたしの発言の内容は湿度高めだ。


「そんなことないでしょ」

「ううん。なんか違う。もしかして、何かあった?」

「何もないけど」


 お前を殺してやろうと思った。

 そう言いかけて、やめた。言ってもいいと思うけど、やめた。

 殺したかったのは、自尊心を傷つけられたから。プライドをへし折られて恥ずかしかったから。逆ギレかまして殺してやろうと思ったけど、もう、いい。

 そんな低レベルなことはできない。そんな自分でよかった。


「このあと、顧問と会うの?」

「え?」


 彼女が面食らった。面白いくらいに空気が凍りつく。


「この前見たよ」


 これ以上の説明はいらなかった。彼女の顔がみるみる蒼白になっていく。手が小さく震えている。


「なんの事?」


 何とか言い返してきた。白を切りたいらしい。無理だろう。動揺が駄々漏れだ。


「誰にも言わないよ。写真を見せない限り誰も信じないだろうし」


 自分でも驚くほどのいつも通りの声だ。

 彼女が降りる駅につく。トビラが開いた。


「じゃあね」


 わたしは言った。


「ありがとう」


 殺意の消えた今、彼女はありがたい存在だった。自分ができていないと気付かせてくれた。未熟な自分を知ることができた。

 彼女は立ち上がり、そそくさと去っていく。女子高生の模範みたいな後ろ姿は、鈍く曇って見えた。

 殺さなくてよかった。

 

         


 駅構内を歩きながら、新田マネージャーはドス黒い感情の渦に飲み込まれていた。そして決意をする。


(あいつを殺そう)


 唇を噛み、まっすぐ前を睨み付けたまま、顧問との密会場所へ向かった。


         


 彼女の殺意を、わたしは知らない。

 この時はまだ。

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