6、糞試合
気づけば、夏の大会の当日になっていた。
不思議な気分だった。
4月の時点では、意気揚々と挑むはずだった夏季大会が、今はただ、さっさと通りすぎてほしい厄介事になっていた。本番を迎えたというのに虚しさしかない。二年間の頑張りは否定された上、顧問とマネージャーの密会まで見て、すっかりやる気を削がれた。
しかし、虚しいのはわたしだけだろうか。何も知らないだろうレギュラー陣も、サブも、ベンチにはいれなかったメンバーも、後輩たちも、どんよりとした顔色で、高校最後の大会に挑む若者の、清々しさに欠けていた。
何がそうさせたのか。
我がバレーボール部のレベルはまあまあ。県でベスト16がいいところだったが、今年のレギュラーならベスト8やその先も狙えるかもしれないという前評判だった。でも、この時漂っていたのは敗けの空気に間違いない。
一試合目はあっさり勝った。
二試合目は実力のある、でもやや格下の相手。普段なら負けないが、悪い予感は的中する。
三セットやって、二セット勝てばいい。次に進める。1セット目は何とか勝った。しかし、二セット目からほころび始める。サーブを連続でミス。アタッカーはタッチネット(ネットをさわってしまう)というつまらないミスを繰り返す。完全に流れが相手に向く。またサーブミス。タッチネット。ワンパターンの攻撃になってブロックされる。はっきり言って自滅だ。ガタガタと崩れたチームに、顧問が怒鳴る。
「何やってんだ!」
「ばかやろう!」
チームメイトも必死で応援する。
「まだ、いけるよ!」
「あきらめるな!」
「ファイト!」
どの声も白々しく、何一つ解決せずに通りすぎていく。かなり追いつめられた状態で、わたしは名前を呼ばれた。わたしは試合に出るらしい。
「はい!」
わたしは久しぶりに高揚した。試合に出られる。馬鹿にされようが笑われようが、わたしは三年間バレーボールをやってきたのだ。こうなったら楽しもう。楽しんでやろう。かなり追いつめられているけど。あと三点とられたら負けるけど。
わたしがコートに入り、主審の笛で、相手のサーブが弧を描く。レシーブ(ボールを受ける)して、セッターがトス(レシーブをしたボールをアタッカーが打ちやすいように渡す)をして、アタックを相手チームに叩きつける。
「レフト!」
わたしはポジションを叫んでトスを呼ぶ。でも、ボールはワンパターンに同じアタッカーのところに飛ぶ。
(仕方ない)
補欠のわたしより、ワンパターンのアタッカーのほうがミスが少なく信頼できる。これははっきりとわかる実力差。バカでもわかる。わたしが攻撃するのは危険な賭けに近い。背も低く、成功率も低いから。
(でも、今は違わないか?)
結局ワンパターンだから、攻撃は読まれてブロック、またはレシーブされてしまう。
(その流れを変えるための選手交代じゃないの?)
そして相手の攻撃を受ける。こちらも負けずにレシーブ。そして、今度こそ、
「レフト!」
わたしは叫んだ。セッターが渋々、わたしにあげた。身体が軽い。三年間練習してきた。アタックが、空を飛ぶみたいで、好きだった。ブロックをかわし、アタックをぶちこんだ。相手のコートに落ちる。
「よっしゃ!」
わたしがガッツポーズを、決めて、応援席から歓声が上がった。でも、肝心のレギュラー陣は青白い顔のままぎこちない。
わたしの活躍は嬉しくないのだ。レギュラーには、レギュラーの意地があった。強いと言われ、ここまで来たのに、こんな筋肉バカに活躍を奪われるなんて。しかし、そのときのわたしは気づけない。
こちらからサーブを打つ。
そして、あっさりレシーブされ、あっさりアタックが決まってしまった。
「ブロックしろ!」
顧問がわたしに怒声を浴びせる。連携がなっていないし、タイミングも悪い。わたしは返事をして、次のサーブを待つ。サーブが来る。チームメイトが受ける。しかし、ボールは遥か後方に弾かれてしまった。サーブレシーブミスだ。もう一度相手のサーブ。今度はきちんとレシーブをする。セッターにボールが回り、そして……ワンパターン。ブロックに弾かれ、笛がなった。二セット目を落としてしまったのだ。あっという間。
三セット目に向かうため、コートチェンジを行う。移動する。
三セット目も、同じだった。自滅を繰り返し、追いつめられた時にわたしはチェンジされた。更に、敗けが濃厚になるとレギュラー陣をフルチェンジ。今まで試合に出られなかった三年生を全て使ったのだ。
(顧問が諦めて思い出作りを始めた)
それでも、わたしは楽しかった。単純にバレーボールが楽しかった。
顧問が生徒と恋愛しようが、馬鹿にされようが、わたしはかまわない。
試合は負けた。
試合会場から自分達の学校へ帰り、体育館に集合し、顧問のありがたい話を聞かねばならない。
毎年の通例。生徒とできてるくそじじいの話を、これから聞かねばならない。
三年生はさめざめ泣いた。
「何で泣いているのかわからない」
顧問が吐き捨てる。
諦めて思い出作りをした割りに、クールなことをいうものだ。マネージャーと影でこそこそ付き合っていたことを暴露してやろうかと思った。でも、糞みたいにどうでもよかった。
どんよりとした部員たちの中で、わたしだけが爽快。だってやりきったから。