3、凶器
殺すためには、道具が必要だ。
帰宅途中、乗り換えの時間が30分も空きやがったので、とりあえず、駅ビルにある刃物屋へ行ってみる。
「いらっしゃいませ」
店にはいるなり、満面の笑顔の女性店員が乗り出してきた。
「何をお探しですか?」
明るく訊ねられても困る。人を刺すためのナイフとは言えない。
「えっと、包丁を」
「あら。お若いのにお料理するの?えらいわね。それとも母の日かしら?」
「え、はい」
「まあ素敵。いい娘さんね。じゃあ、こんなのどうかしら」
シルバーの美しい包丁を恭しく差し出した。手に取ると程よく重い。
(これで彼女の背中を一突きする)
そう考えたら、背中がじわりと汗ばむ。しかし、母はこの前この手の包丁を買ったばかりだった。
「こういうの、もう持っていて」
申し訳なさそうにシルバーを返すと、
「じゃあこれね」
持ってきたのは菜切り包丁だった。先端が尖っていない、柄にかぶの絵が描いてあってかわいい。
「いや、これは」
人を殺すにはかわいすぎる。逆に怖いかもしれないけど、迫力はない。人より白菜やキャベツを切りたくなる代物だ。いや。振りかぶって首筋を狙うのもありか。
柄を握り、想像してみる。背後から彼女を狙い澄まし、かぶの絵の菜切り包丁を振り下ろす。
そして、血が吹き出す。彼女が絶命し、返り血を浴びたわたしの人生も終わる。わたしの家族も、人殺しの身内として生きることになる。
心臓がきゅっとした。
脳裏の妄想が引いていく。
かぶの絵がかわいい、菜切り包丁を見つめた。
何度みても、菜切り包丁だ。きっと振り下ろしても血は吹き出さない。斧じゃあるまいし。
すっかり殺意は失せたが、何故か購買意欲は消えなかった。今さら要らないというのも気が引ける。
「これにします」
母の作る料理が好きだ。
わたしの言葉に、店員はにんまりと笑った。
「ありがとうございます。ラッピングしますね~」
リボンは小洒落た緑。Thank You のカード付きを選択する。
(お母さん喜ぶかな)
結局、本気ではないのだ。殺してやろうなんて。