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第七話 闇を照らす心の灯火、そして新たな家族が奏でる未来への序曲

「私が……止める!」


 悲鳴と絶望が渦巻くアルカディア魔法学園。異形の怪物と化したフィニアス教頭から放たれる禍々しい魔力は、祝祭の華やぎを悪夢へと塗り替えようとしていた。学園そのものが悲鳴を上げているかのような地響きが、足元から這い上がってくる。

 私は、セリウス兄様とグレイ先生の制止を振り切り、暴走する魔力の奔流へと一歩踏み出した。もう、後戻りはできない。


「ミラ、無茶だ! 一人で何ができると言うんだ!」

 兄様の悲痛な叫びが背中に突き刺さる。

「アシュフォードの生き残りとして、そして教師として、これ以上の犠牲は出さん!」

 グレイ先生もまた、古びた杖を構え直し、満身創痍ながらもフィニアスの巨大な影へと立ち向かっていく。二人の勇気が、私の心に最後の灯をともしてくれた。


 魔力の渦の中心に近づくにつれ、フィニアスの歪んだ思考が、濁流のように私の「心読む魔法」へと流れ込んでくる。

(『なぜだ……なぜ誰も私を理解しない……! この腐った学園を正す、唯一の方法だというのに!』)

(『あの日、私の才能は……私の願いは、踏みにじられた……! だから、今度こそ私が全てを支配するのだ!』)

 彼の心の奥底には、かつて抱いた純粋な理想と、それが裏切られたことによる深い絶望、そして狂気に染まった承認欲求が渦巻いていた。彼もまた、この学園の闇が生み出した犠牲者なのかもしれない。


「……あなたの痛みは、わかる。でも、だからといって、他の誰かを傷つけていい理由にはならない!」

 私は叫び、全身全霊で闇属性魔法を練り上げた。それは、かつて私が恐れた暴走の力ではない。フィニアスの心の闇を受け止め、そして包み込むような、どこまでも深く、静かな闇。

 同時に、セラフィナの血に受け継がれた「調律」の力が、私の魂の奥底で共鳴を始める。暴走する魔力を破壊するのではなく、その流れを読み解き、本来あるべき姿へと導くための力。


「小娘が……何をしようと無駄だ!」

 フィニアスが嘲笑と共に、巨大な爪を振り下ろす。絶体絶命――その瞬間。

「させん!」

 兄様の炎が、灼熱の壁となって私の前に立ちはだかった。

「セラフィナ嬢の邪魔はさせんぞ、フィニアス!」

 グレイ先生の古代魔術が、フィニアスの動きを一瞬だけ封じ込める。


 その刹那の好機を逃さず、私はさらに深く、フィニアスの精神の核へと潜り込んでいく。

 彼の記憶の断片が見える。才能を妬まれ、周囲から孤立した少年時代。信じていた師に裏切られ、絶望の淵で「力」を渇望した青年時代。そして、学園の影で歪んだ研究に手を染め、徐々に正気を失っていく現在の姿……。


(違う……こんなはずじゃなかった……私はただ……)

 フィニアスの心の奥底から、か細い、本心からの叫びが聞こえた。


 その時だった。

「ミラさーーん!!」

 リアーナさんの声が、戦場の喧騒を切り裂いて響き渡った。彼女はボロボロになりながらも、胸に一つのクリスタルを抱えていた。祝祭のステージで使われるはずだった、「調和のクリスタル」だ。

「これ……使ってください!」

 リアーナさんが投げたクリスタルが、私の手の中に吸い込まれるように収まる。クリスタルは私の魔力に呼応し、まるで心臓のように温かい光を放ち始めた。


「ありがとう……リアーナさん!」

 クリスタルの清浄な力が、私の「調律」の力を何倍にも増幅させていく。

 私は、異形のフィニアスに向かって、静かに語りかけた。私の本当の心を、彼の心の最も柔らかい場所へ。

「あなたの本当の願いは……誰かを支配することじゃなかったはず。ただ、誰かに認めてほしかった……誰かと心を通わせたかった。そうでしょう?」


 私の言葉と、クリスタルから放たれる調和の光が、フィニアスの心の闇を貫いていく。

「う……あ……あああああああああああっ!!」

 怪物の絶叫が、苦悶から、やがて解放へと変わっていく。異形の体躯が徐々に収縮し、禍々しいオーラが霧散していく。そして、そこには元の、人間としてのフィニアス教頭の姿があった。

 彼は呆然と自分の手を見つめ、そして、力なくその場に崩れ落ちた。

「……ありがとう……セラフィナ嬢……これで、私も……やっと……」

 満足したような、安らかな微笑みを浮かべ、彼は静かに目を閉じた。その体は、やがて淡い光の粒子となって、夜空へと溶けていくように消えていった。


 同時に、学園全体を覆っていた不気味な魔力の暴走が、嘘のように収まっていく。まるで嵐が過ぎ去った後のように、静寂が訪れた。

 力を使い果たした私は、その場に崩れ落ちそうになる。だが、温かく力強い腕が、私をしっかりと抱きとめてくれた。

「……ミラ!」

「兄さん……」

 見上げると、涙でぐしゃぐしゃになった兄様の顔があった。リアーナさんとグレイ先生も、安堵の表情で駆け寄ってくる。


 その時、まるで私たちの小さな勝利を祝福するかのように、夜空に一筋の光が尾を引き、大輪の花を咲かせた。祝祭が再開されたのか、それとも魔力の残滓が生み出した奇跡か。次々と打ち上げられる魔法の花火が、傷ついた学園と、私たちの心を優しく照らし出す。


 それから数日後。

 フィニアス教頭の事件は、「禁断の魔法事故の真相」として公表された。もちろん、彼の個人的な暴走ということにして、学園の闇の部分は巧妙に隠蔽されたけれど。それでも、ミラ・セラフィナが学園を救った英雄である、という事実は、瞬く間に全校生徒の知るところとなった。

「闇の令嬢」なんて不名誉なあだ名はどこへやら。今ではすっかり「救国の聖女(ちょっと大げさ?)」である。


 グレイ教諭は、事件の責任を取って辞任した学園長に代わり、臨時学園長に就任。彼は、今回の事件を教訓に、学園の古い体質を改革していくことを固く約束してくれた。そして、セラフィナ家にまつわる過去の不名誉な記録は抹消され、「稀有な調律の力を持つ、守り手の一族」という真実が、静かに学内に広められた。


 私は、もう「心読む魔法」を恐れていない。それは、人の悪意だけでなく、優しさや温もり、そして悲しみや苦しみも伝えてくれる、大切な絆なのだと知ったから。


 穏やかな昼下がり。私はリアーナさんと中庭でお茶を飲んでいた。すっかり私たちの親友となった彼女は、あの事件以来、少しだけ積極的になった気がする。

「ねえ、ミラさん。今度の週末、一緒に街へお買い物に行きませんか?」

「うん、いいわね! 行きましょ……って、うわっ!?」

 突然後ろから抱きつかれ、声にならない悲鳴を上げる。もちろん、犯人は一人しかいない。

「ミラ! 今日も一日、君の愛らしさは宇宙の真理だね! さあ、僕お手製のスペシャル栄養ドリンクを!」

「兄さん! いきなり抱きつかないでって言ってるでしょ! それと、その怪しげな色のドリンクは何!?」

 兄様のシスコンっぷりは、どうやら不治の病らしい。その過保護ぶりには時々(いや、かなり頻繁に)頭を抱えるけれど。


(まあ……この騒がしくて、ちょっと暑苦しくて、でも温かい日常が、私にとってはかけがえのない宝物なんだから……いっか!)


 私は、差し出された兄の手を、今度は迷わず握った。隣には、優しく微笑むリアーナさん。そして、遠くから私たちを見守るグレイ先生の気配。

 私たちは、もう一人じゃない。

 前世で交わした約束は、今、新たな家族という形で、このアルカディアの地に確かに息づいている。


 夜空に輝く魔法の花火のように、私たちの未来もきっと、明るく照らされているはずだ。


『魔法学園の悲劇令嬢を救う──前世兄妹が紡ぐ新たな家族』


 ――了――

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