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第三話 消えた古文書と忍び寄る悪意、そして兄様の珍妙な潜入計画(フラグ乱立)

「……で、兄さん。その『悪意ある心の声』の主、心当たりは?」

「うむ……残念ながら、今のところは。だがミラ、心配はいらない! この僕が、必ずやその不届き者を白日の下に晒し、君の心の平穏を取り戻してみせるぞ! たとえ、地の果て、いや、冥府の底まで追いかけることになろうとも!」

「その意気込みは嬉しいけど、兄さん、冥府の底まで行ったら帰ってこれない確率の方が高いからね? あと、あまり無茶はしないでって言ってるでしょ!」


 第二話ラストで私の鼓膜(というか脳内?)を震わせた、あのゾッとするような悪意の持ち主について、私たちは引き続き図書館の片隅で作戦会議(という名の兄妹茶飲み話)を繰り広げていた。兄様の淹れるハーブティーは今日も今日とてポエミーな名前だが、味は確かだ。……若干、兄の愛が重いが。


 しかし、私たちの小さな希望は、翌日には早くも木っ端微塵に打ち砕かれることになる。

「……ない」

「ない、とはどういうことだね、ミラ?」

「昨日までここにあった、あの『アルカディア古代魔術体系・秘呪編』が……ないの!」


 そう、セリウス兄様が血眼になって解読していた、今回の「禁断の魔法暴走事故」と酷似した過去の事件について書かれていた、あの重要な古文書が、一夜にして図書館の棚から忽然と姿を消していたのだ!


 司書の先生(いつも眠そうな顔をしている)に尋ねても、「さあ? 知りませんねぇ……そもそも、そんな貴重な本、生徒の閲覧許可リストにはありませんでしたよ?」と、すっとぼけられる始末。いやいや、昨日まで確かにここに!

「何者かによる妨害工作、と考えるのが妥当だろうな……」

 兄様の表情が険しくなる。私も冷や汗が止まらない。誰かが、私たちの調査に気づいている。そして、それを快く思っていない。


 追い打ちをかけるように、学園内には新たな噂が流れ始めていた。

『聞いた? "闇の令嬢"が、図書館の禁書を盗もうとしてたらしいわよ』

『やっぱり、あの事故も彼女が……』

 ああもう! なんでそうなるの!? 私の評判、これ以上どこまで下がるっていうのよ! 底値更新中なんですけど!


 廊下を歩けば、四方八方から突き刺さる視線、視線、視線。そして、私の「心読む魔法」が拾ってしまう、声にならない非難と恐怖の嵐。

『近寄らないでおこう……』

『目が合ったら呪われそう……』

(だーかーらー! 呪いませんってば! そんな簡単に呪えたら、とっくにこの学園生活、イージーモードにしてるわよ!)

 ぐらり、と世界が揺らぐ。さすがに、この精神的フルボッコは堪える。壁に手をついて何とか倒れ込むのを堪えていると、ふと、視線を感じた。


 それは、クラスメイトのリアーナさんだった。彼女は少し離れた場所から、心配そうにこちらを見ている。

(セラフィナさん……顔色が、すごく悪い……大丈夫、なのかな……でも、私なんかが話しかけたら、もっと迷惑かも……)

 彼女の心の中の、臆病だけど優しい声が聞こえてくる。ほんの少しだけ、胸の奥が温かくなった気がした。……うん、まだ大丈夫。私、まだ戦える。


 だが、そんな私のささやかな決意とは裏腹に、兄様の様子が少しおかしくなってきた。妹(つまり私)への風当たりが日に日に強くなっていくのを感じてか、犯人捜しに妙な焦りを見せ始めたのだ。

「あの事故の目撃者リスト……もう一度、片っ端から話を聞いてみる!」

 そう言って、以前は「今は刺激しない方がいい」と判断したはずの目撃者たちに、半ば強引に詰め寄ろうとする兄様。結果は当然、芳しくない。警戒されたり、教師から「あまり騒ぎを起こさないように」とやんわり注意されたり。


「兄さん、落ち着いてよ! そんなやり方じゃ、余計に私たちが怪しまれるだけだって!」

 思わず私がそう言うと、兄様はハッとした顔で私を見た。

「……すまない、ミラ。君を思うあまり、少し冷静さを欠いていたようだ」

 珍しく兄様が素直に謝る。うん、たまには私が兄を諭すのも悪くない。……いや、良くはないか。兄が冷静さを欠く状況自体がマズいのだから。


 そんな八方塞がりな状況の中、私たちは一縷の望みを託し、古代魔法史のグレイ教諭を訪ねた。授業後、彼の研究室のドアを叩く。

「失礼します、グレイ先生。少々お伺いしたいことが……」

「セラフィナ君たちか。入りなさい」

 銀縁眼鏡の奥の瞳が、私たちを射抜くように見つめる。相変わらず、何を考えているのか読めない人だ。


「先生、私たちは先日この学園で起きた『禁断の魔法暴走事故』について調べています。その中で、『古代の術式』が関わっているのではないかという可能性に思い至りました。先生は、何かご存じではないでしょうか?」

 兄様が単刀直入に切り出す。グレイ教諭は、組んでいた指を静かに解くと、ふむ、と息を漏らした。

「……真実とは、時に最も見えにくい場所に隠されているものです。そして、それを暴くには、相応の覚悟が必要ですよ、セリウス君、ミラ君」

 直接的な答えは、やはりない。だが、彼の言葉には、何か重いものが含まれている気がした。

「学園の古い記録庫には、図書館の閲覧室にすら置かれていないような、貴重な資料が眠っているかもしれませんね。もっとも、そこへの立ち入りは、学園長クラスの許可を得た者のみに限られていますが」

 それは、ヒントなのか、それとも私たちを試す罠なのか。


 グレイ教諭の研究室を後にした私たちは、重い沈黙の中で顔を見合わせた。

「古い記録庫……か」

「でも、許可なんて、どう考えても下りないわよね……」

 私がそう言うと、兄様は不敵な笑みを浮かべた。……嫌な予感しかしない。


 その予感は、的中した。

 私が一人で中庭のベンチに座り、今日の出来事を反芻していた時のことだ。

「よお、"闇の令嬢"。まだ性懲りもなくウロついてんのか?」

 背後から、げんなりするような声。振り向けば、案の定、学園内でも素行が悪いと評判の男子生徒たちが数人、ニヤニヤしながら私を取り囲んでいた。

「お前が事故の犯人なんだろ? 正直に言ったら、少しは見逃してやってもいいぜ?」

(うわー、出たよ、テンプレ悪役……! しかも複数とか、卑怯の極み!)

 私がどうやってこの場を切り抜けようかと頭をフル回転させていると――。


「あ、あのっ! セラフィナさん! グレイ先生が、至急お呼びですって!」


 か細いけれど、凛とした声が響いた。リアーナさんだった。彼女は男子生徒たちと私の間に割って入るように立つと、必死の形相でそう叫んだのだ。

 男子生徒たちは「ちっ、なんだよ」と舌打ちしながらも、教師の名前が出たことで渋々散っていく。


「……助かったわ。ありがとう、リアーナさん」

 私が言うと、リアーナさんは顔を真っ赤にして俯いた。

「ご、ごめんなさいっ! グレイ先生が呼んでるなんて、嘘ついちゃって……でも、あの人たち、あまりにも酷いから……!」

「ううん、本当にありがとう。あなたが来てくれなかったら、どうなってたか……」

 嘘から出たまこととはこのことか。彼女の小さな勇気が、私を救ってくれた。心の中に、じんわりと温かいものが広がるのを感じた。


 その夜。兄妹は再び秘密の会議を開いていた。

「グレイ教諭の言葉……やはり、記録庫に何かがあるはずだ」

「でも、どうやって入るのよ? 兄さんの美貌で学園長を篭絡するとか?」

「ミラ、僕はそんな破廉恥なことはしない! ……いや、君のためならやむを得ない場合もあるかもしれないが、今回はもっと確実な方法がある」

 兄様が取り出したのは、古びた羊皮紙に描かれた学園の見取り図と、なにやら怪しげな金属製の道具一式だった。

「これは……?」

「ふふふ……僕の解錠スキル(古代遺跡探索で培った秘伝の技だ)と、ミラの闇魔法(例えば、周囲の光を屈折させて姿をくらますとかね!)を組み合わせれば、記録庫への潜入など赤子の手をひねるようなもの!」

 兄様は自信満々に胸を叩く。


「……兄さん」

「なんだい、ミラ?」

「それ、どう考えても普通に犯罪だからね!? 赤子の手じゃなくて、私たちの首が絞まるわよ!?」

 私の全力のツッコミが、夜の図書館に虚しく響いた。

 しかし、他に手がかりがないのも事実。消えた古文書、妨害工作、そしてグレイ教諭の謎めいた言葉。全てが、その記録庫へと繋がっている気がするのだ。


 学園の一大イベントである「創立記念祝祭」の日も、刻一刻と近づいている。それまでに、何としても真相を掴まなければ。

「……やるしかない、のかしら……」

 私は、目の前で「潜入作戦・オペレーション・ラブリーマイシスター(仮)」とかいう珍妙な作戦名をブツブツ呟いている兄を見つめ、深いため息をついた。


 果たして、私たちの無謀なる(そして十中八九、兄のせいで珍道中になるであろう)記録庫潜入作戦は成功するのか!?

 そして、私の胃は、この兄の奇行にいつまで耐えられるのか!?

 ……答えは、夜風のみぞ知る、である。たぶん。


(第三話 了)

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