表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

第二話 スパルタ兄(シスコン風味)の魔法特訓と、図書館の古文書は蜜の味(ただし埃っぽい)

 セリウス兄様お手製の、なんかこう……飲むと頭に花が咲き乱れそうな名前のハーブティー(効果:リラックス、美肌、兄の愛摂取)を飲み干した私は、ようやく人心地ついた。いや、兄の愛の摂取量だけは毎回キャパオーバーなのだが。


「さて、ミラ。僕の愛で心身ともに満たされたところで、早速だが作戦を開始しよう」

「うん! ……って、兄さん、その『僕の愛で満たされた』って前提、サラッと流せないんだけど!?」

「おや、足りなかったかな? ならば追加でハーブティーを淹れようか? それとも、僕の胸で思う存分満たされるかい?」

「結構です! 満腹です! それ以上摂取したら確実に胸焼けします!」


 この兄、天然なのか確信犯なのか。今日も今日とてシスコンエンジンは絶好調である。

 私たちは、例の「禁断の魔法暴走事故」の汚名を晴らすべく、秘密の作戦会議(という名の兄妹会議)を開いていた。場所は相変わらず図書館の古文書コーナーだ。


「まず取り組むべきは、君の魔法の制御だ、ミラ。特に、闇属性魔法と『心読む魔法』。これらが安定すれば、君自身の身を守る盾にも、そして事件解決の鋭い矛にもなり得る」

 兄様の瞳が、いつになく真剣な光を宿す。そうだ、兄様はただの残念なイケメンシスコン(失礼)ではない。いざという時には、私を導いてくれる頼れる存在なのだ。


「う……わかってるけど。私の闇魔法、すぐ暴走するし、『心読む魔法』だって、聞きたくもない声ばっかり拾っちゃうし……」

 正直、自分の魔法には苦手意識しかない。だって、このせいで「闇の令嬢」なんて不名誉なあだ名を頂戴しているのだから。

「大丈夫。僕がついている。さあ、行こうか。僕が見繕った、とっておきの訓練場所へ」

 兄様はウインクと共に私の手を取る。……その「とっておき」という言葉に、一抹の不安を覚えたのは言うまでもない。


 果たして、兄様に連れてこられたのは、学園の敷地の隅にある、普段はほとんど使われていない古い訓練場だった。確かに人目はなさそうだけど、なんだかジメッとしていて、ちょっと怖い。


「兄さん……ここで何を……?」

「ふふ、まずは君の闇属性魔法のコントロールからだ。ミラ、君の闇魔法は強力だが、感情の起伏に非常に左右されやすい。怒りや悲しみは強大な力を生むが、同時に暴走のリスクも高める。大切なのは、静かな集中力。心の奥底にある、澄んだ闇を見つけるんだ」

(す、澄んだ闇……? なにそれ哲学……?)


 兄様はそう言うと、訓練場の中央に古びた的を設置した。

「さあ、あの的に向かって、まずは小さな闇の弾を放ってみてごらん。焦らず、ゆっくりと。君の心と魔法を同調させるんだ」

 言われた通りに意識を集中し、右手に魔力を込める。……込めるのだが。


 ボフンッ!


「……あれ?」

 私の手から放たれたのは、闇の弾というより、なんかこう、気の抜けた煙のようなものだった。しかも、的のはるか手前で虚しく霧散していく。

「……ミラ、もしかして昨夜、あまり眠れていないのかい? それとも、僕のハーブティーが足りなかったとか?」

 兄様が心底心配そうな顔でこちらを見ている。違う、そうじゃない。

「うう、だって、澄んだ闇とか言われても……!」


 その後も、私の魔法はあらぬ方向に飛んで行ったり、カラスが鳴いた程度の情けない音を立てて消えたりと、散々な結果に終わった。

「くっ……! なぜだ! ミラの才能はこんなものではないはず! 僕の指導が悪いのか……!? いや、そんなはずは……!」

 頭を抱えてブツブツと呟き始めた兄様。あ、これ、いつもの「僕の愛しい妹天才のはずなのにどうしてこうなったんだ劇場」の始まりだ。


「あ、あの、兄さん、もう一回やってみるから!」

 慌ててそう言うと、兄様はパッと顔を上げた。

「そうか! やはりミラは諦めない良い子だ! そうだ、怒りや悲しみだけが闇ではない。時には、静かな決意や、守りたいという強い願いもまた、深い闇の力となるのだよ!」

 兄様の(若干暑苦しい)応援を受け、私はもう一度、的を見据える。守りたいもの……そうだ、兄さんの、あのシスコンだけど優しい笑顔を、私は――!


 ズガァァァン!!!


「「へっ!?」」

 私と兄様の間の抜けた声が重なる。目の前の的は、中心に見事な風穴を開け、黒い煙を上げていた。……あれ? 今の、私がやったの?

「す、素晴らしいじゃないか、ミラ! やはり君は天才だ! 僕の見込んだ通りだよ!」

 兄様がキラキラした目で駆け寄ってくる。

(いや、なんか今、兄さんの笑顔を守りたいとか思ったら、ドカンと……え、もしかして私の闇魔法、兄さんへの愛(?)に反応するの!? それはそれでどうなの!?)


 若干複雑な心境で闇魔法のコツ(?)を掴んだ後は、「心読む魔法」の訓練だ。場所を移し、図書館の静かな一室で、私たちは向かい合って座った。

「いいかい、ミラ。君の『心読む魔法』は、まだフィルターがない状態だ。周囲の思考が、善意も悪意も関係なく流れ込んでくる。まずは、その情報の奔流の中で、意識して特定の声だけを拾い上げる訓練をする」

「特定の声……?」

「うむ。例えば……僕の思考だ」

 兄様は自信満々に胸を張る。

(え、兄さんの思考? それって、もしかして……)


 私の予感は的中した。

『今日のミラも愛らしいな。あのリボンがまたよく似合っている』

『訓練が終わったら、新作のクッキーを焼いてあげよう。喜んでくれるだろうか』

『ああ、ミラ。君の存在そのものが、僕にとっての光であり、生きる希望なのだよ……』

(だあああああ! 甘い! 甘すぎるわ、兄さんの思考回路! クッキーは嬉しいけど、それ以外は糖度MAXで胸焼けするんですけどぉぉぉ!?)


「どうだ、ミラ。僕の崇高なる思考、クリアに聞こえたかな?」

「う、うん……クリアに……兄さんのミラ愛が、これでもかってくらい……」

 私が若干引きつった笑顔で答えると、兄様は「それは良かった」と満足げに頷いた。いや、良くない。全然良くない。

 それでも、この兄様ダダ漏れ思考のおかげ(?)で、私は少しだけ、意識して特定の思考にチャンネルを合わせる感覚を掴み始めていた。まあ、当分は兄さんの思考以外は読みたくないけど。


 魔法特訓の合間には、もちろん事件の手がかり探しも欠かさない。私たちは再び図書館の古文書コーナーへと赴いた。

「例の『禁断の魔法暴走事故』だが、過去にも似たような事例がなかったか、学園の古い記録を調べてみよう」

 セリウス兄様はそう言うと、埃っぽい棚から分厚い革表紙の本を何冊か引き抜き、慣れた手つきでページをめくり始めた。その横顔は真剣そのもので、時折古代文字で書かれた部分にぶつかると、目を輝かせて解読に没頭する。この時の兄様は、ちょっとだけいつもの残念なイケメンっぷりが薄れて、純粋にカッコいい。……ちょっとだけ、ね。


 私も自分なりに資料を探すが、どうにも集中できない。周囲の生徒たちのヒソヒソ声と、それに混じる悪意ある心の声が、どうしても耳についてしまうのだ。

(『また"闇の令嬢"がいるわ』『兄のセリウス様と一緒じゃなきゃ何もできないのね』……うるさーい!)

 内心で毒づいたその時、ふと視線を感じた。見ると、クラスメイトのリアーナさんが、私を見てビクッと肩を震わせている。ああ、まただ。もう慣れっこだけど、やっぱり少しだけ心がチクリと痛む。


 そのリアーナさんが、慌てて踵を返そうとした拍子に、持っていた本を数冊床に落としてしまった。周囲の生徒たちはクスクスと笑っている。あーあ、見てられない。

 私は無言で立ち上がり、彼女が落とした本の一冊を拾い上げた。

「……どうぞ」

「ひっ……! あ、ありがとう……ございます……」

 リアーナさんは怯えたような目で私を見上げ、小さな声でお礼を言うと、そそくさと本を抱えて走り去ってしまった。

(ま、こんなもんよね……)

 溜め息をつきながら席に戻ると、兄様が顔を上げていた。

「優しいじゃないか、ミラ」

「別に……手が勝手に動いただけ」

「ふふ、そういうことにしておこう」

 兄様は意味深に微笑むと、再び古文書に視線を落とした。


 そんなこんなで数日が過ぎた頃。古代魔法史の授業中だった。担当のグレイ教諭は、銀縁眼鏡の奥の瞳が何を考えているのか読めない、ちょっとミステリアスな雰囲気の先生だ。

「……古来より、このアルカディアの地には強大な魔力が眠っているとされてきました。そして、その魔力は時として、特定の術式や触媒によって異常な増幅を見せることがあったと、古い文献には記されています。いわゆる、『禁断』とされた魔法の原型ですね……」

 グレイ教諭の淡々とした声が教室に響く。私とセリウス兄様は、思わず顔を見合わせた。今の話、明らかに今回の事故と関係がありそうだ。グレイ教諭は、何かを知っているのだろうか……?


 その日の放課後。兄様の古代文字解読が、ついに一つの成果を上げた。

「見つけたぞ、ミラ! やはり、過去にも同様の事故が何度か起きている。そして、それらの事故には共通点がある……特定の条件下で魔力が異常増幅する、古代の術式が関わっているようだ!」

「古代の術式……!?」

「ああ。だが、その術式を誰が、何のために発動させたのか……そこまではまだ……」

 兄様は悔しそうに唇を噛む。それでも、これは大きな一歩だ。


「少しだけ、前に進めた……かな?」

 窓の外に広がる夕焼けを見ながら、私は小さな希望を胸に抱いた。兄様がいれば、きっと――。

 その時だった。


『……あの娘、まだ嗅ぎまわっているのか……鬱陶しい』


 背後から、まるで冷たい刃のような、悪意に満ちた心の声が微かに聞こえてきた。

 ゾクッとして振り返る。誰もいない。気のせい……? いや、確かに聞こえた。

「――誰?」

 私の呟きは、夕暮れの静寂に吸い込まれていく。

 どうやら、私たちの前には、まだまだ厄介な何かが潜んでいるらしい。


「悲劇の悪役令嬢」返上計画、早くも暗雲立ち込める第二ラウンドのゴングが、今、鳴った……ような気がする。

 とりあえず、今日の夕飯は兄さん特製のオムライスがいいな、なんて現実逃避をしてみる私だった。


(第二話 了)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ