第一話 悲劇の令嬢(仮)と、前世のお兄様のシスコンが今日も絶好調な件について
「あー、今日も今日とて、視線が五臓六腑に染み渡るぜ……」
アルカディア魔法学園の廊下を歩きながら、私、ミラ・セラフィナは心の中でそっと呟いた。いや、そっとどころではない。もはや呪詛に近いかもしれない。漆黒のショートボブが揺れるたび、すれ違う生徒たちがヒソヒソと囁き合うのが、嫌でも耳に入ってくるのだ。
『見て、"闇の令嬢"よ……』
『また何か企んでるんじゃないの?』
『関わらない方が身のためだわ』
はいはい、どうもどうも! "悲劇の悪役令嬢"ことミラ様のお通りですよっと! って、誰が悲劇の悪役令嬢だ、コラァ! 前世で読んだファンタジー小説の登場人物に、たまたま名前と容姿と、ついでに得意魔法(闇属性)まで似ていただけだというのに、この仕打ちである。原作のミラ嬢は確かにヒロインを陥れるバリバリの悪役だったけど、今の私はただのしがない(そして孤立無援な)魔法学園生徒A……いや、Zくらいか?
そんなわけで、私の学園生活は入学当初からハードモード。友達? なにそれ美味しいの? 状態である。唯一の救いは、この学園には「彼」がいることだけ。
その時だった。前方から、やけに不穏な魔力の残滓が漂ってくるのを感じたのは。
「ん……? なんだか、嫌な感じ……」
つい数日前、この名門アルカディア魔法学園で前代未聞の「禁断の魔法暴走事故」なるものが発生したばかり。犯人不明、被害者数名。学園中がピリピリしているのはそのせいだ。そして、何を隠そう、その事故で暴走したとされる魔力が、私の得意とする闇属性魔法と酷似している、なんて噂がまことしやかに囁かれているのである。迷惑千万、風評被害もいいところだ!
興味本位で事故現場に近づいたのが運の尽きだった。いや、近づいたというか、たまたま通りかかっただけなのだが。
「……やっぱり、ミラ・セラフィナじゃないか」
「彼女の闇魔法のせいだって噂、本当なのかも……」
集まっていた生徒たちの冷たい視線と、心の声が一斉に私に突き刺さる。そう、私のもう一つの厄介な能力――「心読む魔法」の片鱗が、こういう時に限って絶好調に発動するのだ。
『うわ、目が合った……呪われる!』
『顔色悪いけど、また何か悪いこと考えてるのよ、きっと』
(か、考えてないから! 断じて!! ていうか、そんなダイレクトに悪意ぶつけられると、さすがの私もメンタルに来るんですけどぉぉぉ!?)
思わず頭を抱えてしゃがみ込みそうになった瞬間、ふわりと優しい魔力の気配が私を包み込んだ。そして、聞き慣れた、世界で一番安心する声が降ってくる。
「――僕の大切な妹に、何か用かな?」
その声と共に現れたのは、陽光を反射してキラキラと輝く茶色の長髪を揺らし、まるで騎士のように私の前に立ちはだかる人物。そう、我が兄、セリウス・セラフィナ様、その人である。ちなみに血は繋がっていない。いや、今世では、だけど。
セリウス兄様は、学園でもトップクラスの魔法の実力と、少女漫画から抜け出してきたような美貌(当社比)、そして何より、前世からの記憶を持つ私の唯一無二の理解者だ。……ただし、重度のシスコンであることを除けば完璧なのだが。
「セ、セリウス様……!」
「なぜあんな女と一緒に……?」
周囲の生徒たちが、憧憬と、私への侮蔑が入り混じった複雑な視線を向けてくる。兄様はそんな雑音など意にも介さず、私に向かってそれはそれは甘い微笑みを浮かべた。
「ミラ、大丈夫かい? 顔色が優れないようだが。もしかして、またどこぞの輩が君の美しさに嫉妬して呪詛でも囁いたのかな? 全く、僕の愛しいミラがあまりにも可憐すぎるのがいけないのだな。罪な妹だ」
(兄さん、お願いだからそのポエムみたいな口説き文句、人前で言うのやめてくれませんかね!? 私のライフはもうゼロよ! そして原因の八割は兄さんのその言動だからね!?)
私の内心の絶叫など露知らず、セリウス兄様は私の手を取り、優雅なエスコートでその場を離れる。向かう先は、私たちの秘密の場所――広大な図書館の片隅にある、あまり人の寄り付かない古文書コーナーだ。
「さて、ミラ。例の事故のことだが……何か、君が疑われるような心当たりは?」
革張りのソファに私を座らせると、兄様は真剣な眼差しで問いかけてくる。この切り替えの速さも、兄様のすごいところだ。さっきまでの残念なイケメンは何処へやら。
「あるわけないじゃない! 私がそんなことするはずないって、兄さんが一番よく知ってるでしょ?」
「もちろんだとも。僕は誰よりも君を信じている。前世で、僕たちが交わした『ずっと一緒にいる』という約束を、僕は片時も忘れたことはないからね」
兄様の瞳が、遠い過去を懐かしむように細められる。その言葉だけで、ささくれ立っていた私の心は少しだけ癒されるのだから、単純なものだ。
「でも、事故の魔力が私の闇属性と似てるって……それに、現場で私、ちょっとパニックになっちゃって……」
「ああ、君の『心読む魔法』が暴走しかけたのだろう? 無理もない。あれほど強烈な悪意に晒されれば、誰だって平常心ではいられないさ。だが、それが逆に奴らにとっては好都合だったのかもしれないな」
兄様は冷静に分析する。彼の炎属性魔法とは対照的に、私の闇属性魔法や「心読む魔法」は、この学園では異端視されやすい。
「私、どうしたら……このままじゃ、本当に私が犯人にされちゃうかも……」
不安で声が震える。原作の「悪役令嬢ミラ」も、確か無実の罪を着せられて破滅へと向かっていったはずだ。そんな未来は絶対に避けたい!
すると兄様は、私の手を力強く握りしめた。
「心配はいらない、ミラ。このセリウス・セラフィナが、必ず君の無実を証明してみせる。そして、君を悲劇の悪役令嬢になんて、絶対にさせはしない」
その言葉は、いつだって私の心の灯火だ。たとえ世界中が敵になっても、この兄だけは私を見捨てないと知っているから。
(……兄さん、ありがとう。でも、その自信満々な顔、ちょっとだけドヤ顔入ってるの、気づいてるかな……? ま、いっか!)
「うん……お願い、兄さん!」
私がそう言うと、兄様は満足そうに頷き、そしていつもの調子で付け加えた。
「ああ、任せておくれ! 僕の愛しいミラのためならば、たとえ冥府の底であろうと真実をこじ開けてみせよう! さあ、まずは僕特性のハーブティーで心を落ち着かせるんだ。リラックス効果と美肌効果、そしてちょっぴり僕の愛がスパイスさ!」
(……やっぱり最後はそうなるのね。兄様のハーブティー、美味しいけど、その愛情表現は若干重いです……!)
こうして、私の「悲劇の悪役令嬢」返上計画(ただし、ほぼ兄様主導)の幕が、否応なく上がってしまったのである。
果たして、前途多難すぎる私の明日はどっちだ!? ……とりあえず、兄様の淹れてくれるハーブティーが美味しいことだけは確かだ。
(第一話 了)