戦いも恋愛も
ミカの目が輝く。今度は幻術ではないらしく、瞳から握りこぶしサイズに光る球体がレーナに向かって放たれた。岩をも砕くコア・デプレッシャの攻撃。しかし、その程度で最強の勇者が止まるわけがなかった。
「おりゃあぁぁぁ!!」
手にした長剣で光を斬った……いや、叩き潰したかと思うと、一気に距離を詰める。
「もらった!」
今度は、レーナの剣が横一文字に閃光を描く。が、ミカを捉えたわけではない。彼女は身を逸らして剣撃をやり過ごしつつ、爪先を突き上げた。顎を砕くような蹴りだが、レーナも距離を取って躱しつつ、すぐさま反撃に転じる。ミカの足元に叩きつけられる長剣。刃が潰されているため、内腿を強打してミカのバランスを奪うと、さらにレーナは強烈な蹴りを叩き込んだ。
「思ったよりやるようだったが……今のは効いただろう?」
蹴りの威力によって吹き飛び、舞台のセットに体を叩きつけたミカ。さらに、崩れたセットによって埋もれてしまう。普通の人間ならば蹴りの一撃で内臓が破裂し、落ちてきた瓦礫によって圧死してもおかしきない。しかし、コア・デプレッシャとなったミカは瓦礫を吹き飛ばすと、ゆっくりと立ち上がった。
「……へぇ、やる気じゃねぇか」
レーナが不敵に笑う意味は、ミカの形状の変化だ。先程までは白いワンピースをまとうような印象を受けたが、今度はぴったりとしたトレーニングウェアを着こんだような見た目に変化している。そして、腕も足も引き締まった筋肉が見られた。そんな姿で拳を握るミカは、一人のファイターのようである。
「私と殴り合いたいわけか。いいぜ、相手になってやる!」
レーナは惜しげもなく、長剣を捨てると、ミカと同じように拳を握ってみせた。その挑発が通じているのか、白い蝋で塗り潰されたようなミカも、レーナを睨み付けるかのようだ。そして、ドンッと床を蹴って十歩はあっただろう間合いを消失させ、レーナの目の前に現れたミカは、高速のストレートを放つ。
「いい踏み込みだ!」
レーナは顔の位置をずらして交わすが、さらに右フックの追撃があり、ブロッキングで対応する必要があった。それは、まさに猛進。ミカは溜め込んでいた怒りを発散するように、次々とパンチを放つ。レーナでなければ、既に連打を浴びされ、失神しているところだが、彼女は見事に回避と防御を使い分けて捌き切る。それどころか、呼吸を整えようとミカが距離を取ろうとした瞬間、強烈なミドルキックで彼女の脇腹を抉った。
「どうした、その程度かよ!」
体を丸めて痛みを抑え込むミカだが、余裕の表情を見せるレーナに歯ぎしりするようだ。通常、デプレッシャからは感情は読み取れないが、どうやら彼女の場合は別らしい。そして、その感情を爆発させるように、再びレーナに飛びかかった。
「そこだ!」
しかし、それは罠だった。ミカがパンチのモーションに入る直前、レーナも彼女の懐に飛び込みつつ、膝を突き上げた。完全なカウンターで入る至近距離の膝蹴りは、悶絶必須の一撃である。それは、コア・デプレッシャであっても例外ではなかった。崩れるように倒れるミカ。その意識は失われているのか、わずかにも動き出す様子はなかった。
「何にしても、勢いだけじゃあ勝てないぜ」
レーナはミカを見下ろしながら、勝ち誇るように言う。
「駆け引きってものが大事なんだよ。戦いも、恋愛もな」
そのセリフを聞いて、目を丸くするトウコ。
「レーナちゃん、まるで自分が恋愛の駆け引きも得意みたいな言い方だけれど?」
「う、うるせえ」
ただ、レーナの圧勝であることは間違いない。最初の幻覚攻撃も、レーナならば自力で突破していただろう、とトウコは確信するのだった。
「す、すごい……」
戦いを見守っていたスバルも思わずと言った調子で呟く。
「あれだけの攻防の中で、カウンターのテンカオを入れられるのは、世界広しといえどレーナ先輩だけだ。凄まじい動体視力と冷静な判断、体のバネが備わっている、あの人だからこそできる芸当です」
「やっぱり、レーナちゃんってそんなに凄いの?」
分かってはいる。が、何となく聞いてみると、スバルは条件反射的な速さでトウコの方を見て言うのだった。
「凄いです。本当に凄いです。誰よりも凄くて、誰よりも強いです」
「はぁ……。これだけ尊敬されているようなら、レーナちゃんも幸せだろうね」
そんなコメントにスバルは顔を赤らめると、目を逸らした。
「いえ、自分は事実を述べただけなので。別に特別な感情はありませんから」
「そっかそっか。素直なくせに不器用なんだね、スバルくんは」
「なんのことか分かりません。自分は常に正直に生きています」
「だからって、素直に私に殺気を向けるな、馬鹿」
突然、レーナが入ってきて姿勢を正すスバル。確かに、それは戦闘態勢に入ったようにも見えなくはないが、トウコにしてみると敬愛という言葉が相応しいように思えた。
「それじゃあ、トウコ」
レーナは担いでいたミカの体をゆっくりとトウコの前に置く。
「後は任せたぞ」
自分の役目は終えた、と確信するレーナに頷く。
「うん。エリアルドームに私のシアタ現象を映してみせるんだから」
無観客ではあるが、最高の舞台を前にして、トウコも興奮気味のようだった。
スバルのセリフに出てきた「テンカオ」とは、相手を掴まずに繰り出す膝蹴りのことです。
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