理想に帰る
目を覚ます。視界がぼやけているが、目に涙が溜まっているせいだと気付いた。
「えっと……」
目を拭うと視界が開けると、無駄に広いエリアルドームの空間がどこまでも続いていた。そして、その先にはレーナの姿が。彼女の正面には白く美しい姿のコア・デプレッシャが立っているではないか。
「そうだ、私たち……コラプスエリアにいたんだ」
だとしたら、さっきまで自分は何を見ていたのだろう。
「幻覚を見せるスキル??」
そうとしか思えない。だとしたら、レーナは無事なのか?? 彼女はワンピース姿の白い彫刻のようなコア・デプレッシャを前に動かない。槍を構えず、両腕をだらりと下げているところを見ると、意識がないようだ。
「た、助けないと。でも……」
どうやって助けるのだ。そもそも自分はどうやって目覚めたのだろう。すると、背中に妙な熱を感じた。コラプスエリアに入るときはいつもリュックを背負っているのだが、その中で何か熱を放っているらしい。
「ま、まさかパソコンが壊れてないよね??」
焦ってリュックの中を確認すると、魔石が光輝いていた。
「まさか、これが……??」
調べると呪いを吸収したような魔力痕跡があった。間違いない。だとしたら、レーナを助けられるが、一人でコア・デプレッシャに接近して、無事でいられるだろうか。
「うっ、ううう、うっ……」
覚悟を決めあぐねていると、少し離れたところから、うなされるような声が聞こえてきた。
「あれ、スバルくん??」
どうやら、彼も幻覚を見ているのか、四つん這いの状態で涙を流している。
「ぼ、僕は……本当にレーナ先輩が、好きなんだ。こ、殺すつもりなんて、ないのに!!」
どんな幻覚を見せられているのか、何となく察しながらも、コア・デプレッシャに気付かれないよう、彼に接近した。
「ほらほら、ぜんぶ悪い夢だからねー」
予備で持ってきたメヂアを取り出し、スバルの中に流れる呪いを吸い込むと、トウコの想像通り目を覚ましてくれるのだった。
「あれ? 僕は今まで何を……」
「スバルくん、突然で悪いんだけど」
「う、うわぁ。……えっと、トウコさん??」
トウコは頷く。
「そうだ、僕はデプレッシャたちを撃退して、レーナ先輩を助けるはずが、変な夢を……」
「事情は分かっているから、まずはレーナちゃんを助けてあげて! ほら、あそこ!」
舞台の方を指し示すと、レーナが膝を折り、コア・デプレッシャに屈するがごとく、両手を地につけるところだった。どうやら、幻覚によってかなりの精神ダメージを負わされているようだ。
「むっ、レーナ先輩を倒すのは、この僕だ!!」
「あ、待って!!」
とにかく囮役を頼みたかったのだが、スバルは飛び出してしまう。しかし、彼は真っ直ぐとコア・デプレッシャに向かって走っていったので、結果的にその役割を果たしてくれたのだった。
「レーナちゃん、今助けてあげるからね!」
スバルがコア・デプレッシャを引き付けている間に、レーナに接近すると、先程と同じように予備の魔石を使って呪いを吸い取った。おそらく、ミカの能力は人間の中にある小さな呪いを刺激して、幻覚を見せるというもの。しかも、トウコの予想が正しければ、その幻覚というものは……。
「はっ!!」
レーナが目を覚ます。
「レーナちゃん、大丈夫??」
「と、トウコ??」
「うん、私だよ。今までレーナちゃんが見ていたのは、全部幻覚。本当のことじゃないからね!」
「幻覚……?? じゃあ、ぜんぶ」
「ウソだよ。何一つ現実じゃない。誰もレーナちゃんを傷付けたりはしていないよ」
すぐにでも幻覚によってもたらされた嫌な感情を振り払うつもりで、手短に説明すると、意外なことにレーナがぽろぽろと涙を流し始めた。
「トウコーーー!!」
そして、急に抱き着いてきた。
「ど、どうしたの? 大丈夫、レーナちゃん??」
「よかった、よかったよぉぉぉーーー!!」
何を見せられていたのだろうか。子供のように泣いている。よく分からないが、頭でも撫でてやろう、とトウコは手を伸ばすのだが……。
「い……い、痛い! 痛いよ、レーナちゃん! 死ぬ死ぬ死ぬ!!」
このパターン、いつかもあった気がする。レーナの馬鹿力で抱きしめられると、迎えの天使たちがやってくる幻覚を見ることになるのだった。
「トウコ、トウコーーー!!」
しかし、よほどひどい幻覚を見せられたのか、レーナは放してくれない。
「死ぬぅ……」
意識を失いかけた、そのときだった。凄まじい破砕音が二人の耳を打ち、レーナの意識がそちらに向く。おかげでトウコは解放されたが、スバルがイベント用に並べられた椅子を倒しながら、吹き飛ばされるところであった。
「なかなかのパワーです。しかし、僕もナイトファイブのリーダー。この程度で……」
切った口元から流れる血を拭いながら立ち上がるスバルだったが、その足元に勢いよく飛来する物体が。そして、それはスバルの足元に突き刺さる。レーナの巨槍だった。
「おい、スバル」
トウコから離れたレーナが、彼を睨んでいた。
「あいつは私がやる。お前はそこで見ていろ」
スバルは大人しく頷いた。これは言う通りにした方が良い。十年前も似たような経験があったのだから、彼はよくわかっているのだ。しかし、勇ましいレーナの姿を見て、スバルは凄まじい殺気が放ってしまうのだが、彼女は獰猛な微笑みを浮かべるのだった。
「ふん、そんなに遊んでほしいなら、あとで遊んでやるよ」
より激しい殺気が放たれるが、レーナはそれを無視する。
(あのバトルジャンキーは後回しだ。とりあえずは……)
レーナは腰に下げた長剣を抜くと、その先をコア・デプレッシャに向ける。
「覚悟しろよ、聖女さんよ」
コア・デプレッシャは敵意を感じ、目を光らせる。文字通り、紫色に発光したのだ。それは幻覚に誘う魔の光であり、レーナの体内に吸い込まれていったが、瞬時にそれはトウコが手にする予備の魔石へ流れていった。振り返るレーナに、トウコは頷く。安心してほしい、と。
「レーナちゃん、頑張ってね!!」
「おう、任せておけ!」
レーナがコア・デプレッシャに向かい駆け出した。
感想くれくれー!




