愛されるってどんな感じ?
「あ、トウコさん。お帰りなさい」
工房に戻ると、ゼノアも帰っていた。レーナの方を見ると、怒られた子供のように、何度もトウコの表情を伺ってくる。だからこそ、あえて彼女の隣に腰を下ろした。
「レーナちゃん、お茶飲みたいなぁ。喉乾いちゃったよ」
「そ、それくらい自分でやれよ」
そう言いながら、すぐにお茶を入れてトウコの横に戻ってきた。
「そうだ、トウコさんはナイトファイブのオフィスに行っていたんですよね?」
ゼノアが出した「ナイトファイブ」の単語に、ビクッと肩を持ち上げるレーナ。何をそこまで怯えているのか、とトウコは内心笑いながら答えた。
「そうそう、今回のデプレッシャ化は何が原因なのか、タイヨウくんなら知っているかな、と思ってね」
「収穫はありましたか?」
「ぜーんぜん。聞いている限り、タイヨウくんとミカさんは、そこまで深い仲でもないみたいだったし」
詳しい話を聞きたい。そんなレーナの視線を感じたが、トウコが睨み付けてやると、彼女は隠れるように参考書で顔を隠した。
「そうなんですねぇ。僕の方でも色々調べたんですけど……ちょっと見てください」
ゼノアがノートパソコンを持ってきて、その画面を見せてくる。そこには、男性の画像が何枚も映し出されていた。
「誰なの??」
「えーっと、この人はエリトックで活動する人気のインフルエンサーで、こっちは2.5次元俳優、こっちは最近ヒットした映画の主題歌をやっていたバンドのギターで、こっちは……なんだったか忘れたけど、とにかく全員有名人です」
「だ、誰も知らない……」
自分が世間について行けていないのだろうか。もう若くはないのだ、と認めなくては……と思ったがゼノアも同意する。
「僕も半分以上は知らない人ですよ。有名人と言いましたが、一部の界隈には絶大な人気を誇る有名人って感じですね」
なるほど。悪い言い方をすれば中途半端な有名人、ということか。最近は趣味も人それぞれ。共通の有名人も少なくなり、それぞれのスターが存在しているような状況だ。知らない有名人がいても、恥ずかしくないと思えればいいのだが。
「で、この人たちはミカさんと何か関係しているの??」
「それがですね、全員ミカちゃんと交際の噂があった男性なんです。ネットの情報を集めてみました」
「へぇー。じゃあ、この中にデプレッシャ化した原因の人がいるかもしれない、ってこと??」
「そうだと思ったんですけどねぇ」
ゼノアが額に手を当てる。
「調べれば調べるほど、容疑者が定まらなくて」
「どういうこと??」
「容疑者全員が、彼女と交際したと思われる期間があまりに短くて。インフルエンサーと付き合ったと思ったら、一ヵ月もしないうちに2.5次元俳優と交際。かと思えば三か月程度で別れて、すぐにバンドマン。そんな調子で入れ替わりが激しいんですよ」
「はぁ……。恋多き女なんだねぇ」
「そういうレベルですか??」
正直、トウコには分からない。別に男性と交際した経験がないわけではないが、絶対的に必要な存在とは思えたことがなかった。だから、ミカのように次々と男性と親密な関係と築くという感覚が理解できないのだ。
「あ、うちの恋多き女に聞いてみましょうよ」
ゼノアが意地の悪い笑みを浮かべているものだから、トウコもつい笑ってしまった。
「いいね。参考になるかも」
二人でレーナの方を見るが、彼女はぶすっとした顔で目を合わせようとはしなかった。
「ねぇ、レーナちゃん。教えてよぉ。こういうタイプの女の子って、どういう気持ちなの?」
トウコの甘えるような声に反応する。どうやら、トウコが怒っていたと感じていたらしく、機嫌を直してもらった、と少し柔らかい表情を見せた。
「そんな女と私を一緒にするな」
どうやら、ヒントを引き出すことは難しいらしい。
「うーん。どうしましょう。あっ、よかったら容疑者にコンタクト取ってみますか?」
ゼノアの提案に頷く。
「うん、できたらでいいよ」
結果、数名の男性が話を聞かせてくれたが、結果としてはタイヨウと変わらなかった。多くはミカの方から交際解消を申し出て、男性が粘っても拒絶されるというパターンだった。男性の方から、というパターンもあったが、ミカが執着するようなことはなかったそうだ。
「執着しない、か」
もしかしたら、ミカは自分に似ている部分があるのだろうか。トウコは考えるが、余計に分からず、溜め息を吐くしなかった。
「うわぁ、トウコさん! これ見てくださいよ」
すると、ゼノアがパソコンの画面を見せてきた。エリアルドームで発生したコラプスエリアに関するニュースが表示され、そこにはミカの名前が大きく書かれていた。
「あらー、ミカさんの名前出ちゃってるねぇ」
「有名人だから仕方ないですよ。それより、ほらここ見てください」
「どれどれ?」
ゼノアが指し示したのは、ニュースに対するコメント欄だ。
『ミカちゃん、まじで心配だよ。早く帰ってきてね!』
『俺にできることがあるなら、今すぐにでも駆け付けたい』
『私の憧れのミカちゃん。絶対に帰ってくると信じてるからね』
彼女のファンが大量に安否を気にするようなコメントを投稿していた。中には否定的なものもあったが、おおむねは彼女の身を案じるものである。トウコにしてみると、これだけ多くのファンがコメントを投稿しているなんて、宝石の砂漠が広がるようで、羨ましいものだった。
「ミカさん、愛されているんだね……」
「こんなにファンが多いのに、どうして呪いを溜め込んでしまったのでしょうか?」
自分にもこれだけのファンがいれば、少しはメヂア作りも苦しくなくなるのだろうか。トウコは想像してみたが、自分の状況や経験からしてみると、とてもイメージできるものではなかった。
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