傑作を見せてあげるから
コア・デプレッシャに変化するとき、周囲に呪いが振り撒かれ、大地を白く染める。コラプスエリが誕生してから、周辺住民が避難することも可能だが、巻き込まれてデプレッシャ化してしまうケースも少なくない。巻き込まれて、デプレッシャ化するかどうかの違いは、その人物が抱えるストレス量による。だから、このとき……レーナは何よりも、トウコを優先した。
「まずい、デプレッシャ化するぞ!」
レーナは一目散にトウコに駆け寄り、彼女の細い体を抱えると、全速力でその場を離れた。
「レーナちゃん、みんなは!?」
「タイヨウとスバルは自分で何とかする。ゼノアは……ストレスがないことを祈るしかない!!」
「えええーーー!?」
しかし、他人の安否を気にしている暇はない。走るレーナを追いかけるように、廊下がどんどん白く染まっていくのだ。
「ちっ、どれだけ巨大なコラプスエリアができるんだ!?」
レーナはトウコを担ぎ直し、速度を上げる。
「うおりゃあああーーー!!」
あと少しで追いつかれる、そんなタイミングでレーナはエリアルドームから脱出に成功するが、コラプスエリアはドームを完全に飲み込んだようだ。イベント開催前ではあるが、既にファンが周辺を出歩いていただろうし、中のスタッフは逃げ出す暇もなかっただろう。
「大丈夫か?」
「う、うん」
レーナは取り敢えずの安堵に息を吐きながら、様子を探りに誕生したばかりのコラプスエリアに侵入しようと思ったが……。
「あの女、唐突に呪いを増幅させたな」
中からイノッピーにまたがった魔王が現れる。彼は呪いが爆発する中心部にいたはずだが、もちろん影響はないようだ。
「お前が余計なことをしたからだ」
レーナに睨まれ、小さく唸る魔王。だが、よく状況を見ていただろう彼ならば、他の人間の安否も知っているはずだ。
「他のやつらは?」
「勇者の二人は脱出した。レーナちゃんの同僚ならば、ほら」
どうやら、ゼノアはイノッピーに乗せられていたようだ。気を失っているようだが、デプレッシャ化の兆しはないようだ。
「さて、イノッピーの餌の時間だ。余は帰るとするか」
「おい、これだけドームをぶっ壊しておいてそれか!?」
外側からでは分からないが、壁に穴は開き、床は崩壊している部分がある。直接的な被害を加えた魔王が弁償すべきところだが、彼は涼しい顔で答えた。
「余が管理する施設だ。後でテキトーに修理すればよい」
そして、魔王は去って行く。王都を代表する建造物を所有しているということは、魔王が想像以上に人間社会に影響を及ぼす存在であり、それは人にとって脅威とも言えるのだが、レーナがそれを理解しているわけではなかった。
「二人とも、無事だったか!」
魔王と入れ替わるようにして、タイヨウとスバルが現れる。
「いやー、参ったなぁ。これじゃあ、イベントは中止だ。開場前とは言え、ファンも巻き込んでしまっただろうな」
「大損害だね、タイヨウくん。どうするの?」
トウコの質問に、彼は爽やかに答える。
「仕方がないさ。責任の一端は俺にあるわけだし、まずは腕利きのクリエイタに依頼して、呪いの浄化が最優先かな」
「さすが敏腕プロデューサーだねぇ。責任の取り方を分かっているんだから。あ、ちなみに依頼先に当てはあるのかな?」
「もちろん。目の前に、優秀なクリエイタがいるから、何も問題ないさ」
「うひゃーーー!」
トウコは手を合わて感激を表し、喜びを分かち合おうとレーナの方を見たが、彼女はどこか拗ねたような表情である。そして、ずっと手にしていた魔石をタイヨウに見せた。
「じゃあ、この魔石は依頼料としてもらっておくから」
「おいおい、金はちゃんと出す。だから、その魔石は――」
「ダメ。タイヨウのところには……置いておけない」
二人のやり取りの意味を理解しようと、レーナとタイヨウの表情を交互に伺うトウコだったが、答えは分からなかった。ただ、タイヨウは諦めたように溜め息を吐く。
「仕方ないな」
「そう、仕方ないの。それから、スバルの殺気を何とかして」
「分かった。おい、スバル。帰るぞ」
タイヨウが立ち去っても、しばらくレーナを睨み続けるスバルだったが、最終的には背を向けて歩き出した。二人きりになると、レーナはゼノアを担ぎあげ、手にしていた魔石をトウコに放る。
「うわっ。危ないよ、レーナちゃん」
運動神経が最低であるトウコからしてみると、放物線の軌道を読むことすら難易度が高く、不平不満を言いたいところだったが、レーナの表情を見ると、それは躊躇われるものだった。
「頼んだぞ、トウコ」
どこか決意したようなレーナに、トウコは微笑みかける。
「任せてよ。今回こそ、傑作を見せてあげるから」
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