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生活費だけで大変な世の中なのに

 三日経ってもミナトから連絡がなく、レーナはいつも以上に仕事に身が入らなかった。いつもの後輩が注意すべきかと、背後に近寄り始めた瞬間だった。


「な、なんだよこれ!?」


 レーナが勢いよく立ち上がり、後輩は思わず飛び退く。ぼんやりとネットニュースを眺めていたレーナだったが、何か衝撃的な出来事を目にしたらしい。



『リナト地区のコラプスエリア、拡大の原因であるコア・デプレッシャは、ソーサ地区に在住のミナト・オリベイラ(32)と判明。現在、メヂアによる浄化に協力する工房やフリーのクリエイタを募集中。適切な依頼先が見付からなかった場合、騎士団による強制浄化を検討中とのこと』



 コラプス化の原因であるコア・デプレッシャがミナト?


 そんなわけがない。


 つい、三日前までレーナは彼と過ごしていたではないか。そのときは、既にリナト地区はコラプス化していたのだから、彼がデプレッシャであるわけがない。いや、たった一つ可能性はあるが……。


「そんなこと考えている暇じゃねぇ。ミナトくんを助けに行かないと!!」


 会社(ギルド)を飛び出すレーナの背中に、後輩が「ちょっと、どこ行くんですか?? 勤務時間中ですよ!?」と声をかける。が、その声はレーナの走力に追いつくことはなかった。





 レーナが記入した依頼書を見て、中年の男は眉を寄せた。


「依頼主、レーナ・シシザカさん? 個人でメヂア制作の依頼なんて珍しいね」


 レーナが訪れたのは、大手の魔石工房だった。コラプスエリアを正常な土地に戻すためには、原因となるコア・デプレッシャを殲滅するか、メヂアによる浄化が必要となる。


 が、ほとんどは自治体かその土地を管理する貴族によって大手の魔石工房に依頼されるもの。一個人による依頼など、ほとんどないのだ。


「個人だろうが法人だろうが、どっちでもいいだろ。時間がないんだ。見積もりを出してくれ」


 レーナの鬼気迫る表情に、相談を受けてくれた中年の男は、ただならぬ事態だと引っ込み、すぐに見積もりの作成を開始した。


(早くしてくれよ。騎士団による介入が決まったら、ミナトくんは殺されちまう)


 しかし、国にしてみれば魔石工房に依頼を出すよりも、騎士団を動かしてデプレッシャを殲滅してしまう方がコストは抑えられる。高い金を払って、ミナトを助ける理由などないのだ。


「はい、これ。割と安く見積もっても、こんなもんだよ」


 完成した見積書を受け取るレーナ。そこに書かれた金額は……。


「ご、五百万……!?」


 思わず声を漏らす。最近、勇者時代の貯金を切り崩しながら生活していたレーナだ。それほどの蓄えはない。



「ゼロ、二つ多くない?」


「あんた、相場も知らないで魔石工房に依頼しようと思ってたの?」



 ダメもとで交渉しようと思ったが、もちろん取り付く島もなかった。レーナはそれから数件の魔石工房を回ったが、どこも似たような金額である。


「どうしよう……。ミナトくんが殺されちゃう。やっと、良い人が現れたと思ったのに……」


 こうしている間にも、国は騎士団の派遣を進めているかもしれない。どうにかして、それを止められないか。


「手段はある。でも……」


 彼女はスマホを取り出し、ある人物の連絡先を開いた。そこに書かれている名は……。



「タイヨウ……」



 いまだに騎士団において発言権があるはずのタイヨウだ。彼にお願いすれば、騎士団の派遣は遅らせることができるはず。その間に何か手を打てれば……。


「頼む、電話に出てくれ……!!」


 もちろん、タイヨウはレーナにとって、もう二度と会話したくないような相手だ。しかし、自分のプライドを捨てても、地獄の生活に希望をもたらせてくれたミナトを助けたい。助けなければならなかった。


「えーい、ままよ!」


 思い切って、通話ボタンを押すレーナ。スマホを耳に当て、タイヨウの声が聞こえてくることを祈った。祈るつもりだったが……。



『おかけになった電話番号は、現在使われておりません。番号をご確認の上――』


「ざっけんな、あのクソ浮気野郎がーーー!!!」



 危うくスマホを地面に叩き付けるところだったが、寸前のところで踏みとどまる。スマホが壊れてしまったら、戻ってきたミナトとメッセージのやり取りができないではないか、と。


 こうなったら、コラプスエリアに一人で乗り込むか? レーナならばデプレッシャと化した住民だって振り払うことは可能だろう。


 だが、コア・デプレッシャの浄化は……メヂアが絶対に必要だ。


「どうすりゃいいんだよぉ……」


 レーナは、いつかの夜のように、その場にへたり込んだ。絶望だ。せっかく、灰色の日常から救い出してくれる理想の男性が現れたと思ったのに。彼と出会ってから、どれだけ生活が色付いたことか。


 それなのに、それなのに……。


 このままでは、彼女自身がデプレッシャと化してしまいそうだ。それくらい、絶望したレーナだったが、誰かの体温をすぐ傍で、わずかに感じた。



「もしかして、レーナちゃん?」



 つい最近聞いたはずの、その声。レーナは勢いよく顔を上げ、その姿を確認する。


「お前……トウコじゃねぇか」


 そこには、ショートボブの黒髪をわずかに揺らしながら、首を傾げるトウコの姿があった。そして、彼女はレーナに微笑む。


「何しているの? よかったら、一緒にご飯でもどうかな?」

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