愛されたいのなら
天井に張り付きながら、レーナは心の中で呟く。
(よし、今のところ首尾は上々)
彼女は既に、ナイトファイブのイベントが開催される会場、エリアルドームの内部に侵入していた。ゼノアから渡された資料の内容はすべて頭に入っている。あと五分もすれば、タイヨウが控室に入ってくるはずだ。
「お疲れ様です!」
「タイヨウさん、控室に入りまーす!」
スタッフたちの声が聞こえてくる。ファンの情報がここまで正確なのか、と驚きつつ、レーナは物影から、タイヨウの様子を伺う。確かにいた。気取ったサングラスをかけて、控室に入っていくが、その背後には……。
「妙な気配がしますね」
スバルがいた。思わず顔を引っ込めるレーナだったが、彼はその気配を感じ取っているらしい。スバルが放つ強烈な殺気が漂い始めた。
「気配と言うより、胸が高鳴るようなこの香りは……。タイヨウ先輩、僕は少し見回ってきます。決して油断しないでください」
「はいよー。頼んだよ」
スバルの足音が近付いてくる。とんでもない殺気を放ちながら。
(くそ、スバルのやつ……この殺気は絶対に私の気配を察知してやがる。どうして、ここまで憎まれなければならないんだ)
もう一度打ちのめすこともできるだろう。しかし、騒ぎを起こしてタイヨウに逃げられるのも面白くない。まだタイヨウが控室で待機する時間は長いはずなので、レーナはスバルをやり過ごすために、別ルートを探すことにした。
一方、トウコの方は……。
「あの、お願いです。落ち着いてください!」
「いやよ! どうして、あの女にタイヨウの魔石を触らせなければいけないの!? 絶対に私も行く!!」
怒り狂うミカを宥めていた。ここはドームの外。少し離れた場所なのだが、ミカはどうしても中に入ると騒いで止めようがなかった。
「ミカちゃん、考え直してください。貴方が行ったら、ファンもスタッフも大騒ぎになってしまうんですから」
不幸中の幸いはゼノアが一緒に説得してくれたことだ。何とか納められればいいのだが、ミカは引き下がらない。
「いいの、大騒ぎにしてやる! イベントもめちゃくちゃになればいいんだから!!」
「いや、ダメですよ。そしたら魔石も手に入らない。デプレッシャになってしまいますよ??」
「そうそう。レーナちゃんに任せておきましょう? 騒ぎを起こさないことが一番……」
そう、騒ぎを起こさないことが一番なのだが……。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ――。
何だか遠くから、太鼓を叩くような音が。いや、地鳴りに近いかもしれない。音の正体はまだ不明である。しかし、それを聞いたトウコの頬が自然と引きつってしまうのだった。
「ゼノアくん、どうしよう。私、嫌な予感がする」
「ぼ、僕もです。この感じ、騒ぎどころじゃなくなるような……」
二人の予感は正しかった。低く不気味な音が近付いてくる。
「わはっはっはっ!!」
地鳴りの音に紛れ、男の高笑いも近付いてきた。
「うわはっはっはっはっはっはっ!!」
そして、その正体が明らかになる。地鳴りを起こしているのは、巨大なイノシシだった。イノシシが突進する如く、ドームの方へ向かっている。そして、イノシシの上には……。
「おう、ウィスティリアの小娘ではないか」
魔王がいた。トウコは恐る恐る彼に声をかける。
「あ、あの……魔王さん、なぜこんなところにいるのか、聞いてもいいですか?」
「許す。何でもレーナちゃんが、あのタイヨウとかいうクズ勇者に会うらしくてな。何としても邪魔してやろう、という魂胆よ」
「もしかして、そのイノシシに乗ってドームに突撃するつもり、じゃないですよね?」
「ほう、勘が良いな」
トウコとゼノアが顔を見合わせる。まずい、絶対に止めなければ。しかし、ミカだけは違った。
「お兄さん、凄いじゃない! 私もあのドームをめちゃくちゃにしたいの! お願い、乗せてくれない?」
「ふざけるな!」
魔王が突然怒り出す。
「余とタンデムデートできる女はレーナちゃんのみ! 貴様を乗せているところを見られて、レーナちゃんに誤解されたらどうするのだ!」
「はぁ!?」
「女、誰かの寵愛を受けたいのであれば、それに見合う人格を目指し、徳を積め。ではな!」
イノシシが走り出す。そして、真っ直ぐとドームの方へ向かっていった。
「と、止めないと!」
「でも、僕たちだけでどうやって!? 魔王はもちろん、あのでかいイノシシ、どうするんです!?」
トウコとゼノアが慌てる後ろで、ミカは唇をかみしめながら拳を握る。
「愛されたいなら、それに見合う女になれってこと? あいつ……何様なのよ!!」
魔王様である、と本人がいれば言ったかもしれない。だが、ミカは彼が魔王であることは知らないし、ちょっと変わった男に否定された、という認識だった。
「しかも、レーナってあの女のことでしょ? どうして、あの女が……あれ?」
ミカは視界に違和感を覚え、目をこする。このとき、彼女は視界の中に白い雪が舞ったような気がした。しかし、怒りの感情が荒れ狂い、ただの違和感としてすぐに忘れてしまった。
「もういい。ドームに行くわ!」
「ま、待ってください!」
ミカがドームに向かって走り出し、トウコもゼノアもそれを追うしかなかった。
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