見える景色は変わるのか
魔王は凄まじい覇気を放ち、工房内は重たい空気に包まれるが、レーナだけは物怖じしなかった。
「何の用だよ。下らねぇ、話しだったらぶちのめすぞ?」
それでも、魔王は嬉しそうに工房の中へ入ってくる。
「まぁ、そう言うなよ。ほら、ウィスティリアの小娘。差し入れだぞ」
「へっ??」
まさか、自分に関心を向けるとは思っていなかったので、間抜けな声が出てしまうトウコ。だが、魔王は紙袋を差し出してくるのだった。
「一日五十食限定の高級プリンだ。とくと味わがよい」
「えええ、ありがとうございます! 私がプリン好きって、レーナちゃんから聞いていたんですか?」
「ふん、余ほどの人物であれば顔相だけでその者の好物くらい見抜けるものよ。メヂア製作で頭も疲れているだろうからな。糖分をちゃんと取れよ」
「うわぁぁぁ。こんなの食べたことないよー!」
喜ぶトウコに、魔王は得意げな顔を見せる。
「ふふん。では、レーナちゃんを借りるが問題ないな?」
「はい、問題ないです!」
「おい」
簡単に売り飛ばされてしまい、眉を寄せるレーナだが、嬉しそうにプリンが入った箱を覗き込むトウコを見ると何も言えなかった。
「で、レーナちゃん。デートの日はいつにする?」
「はぁ? 誰がお前なんかと」
「ふざけるな。約束したであろう。エタ・コラプスエリアの位置を教えたら、食事を共にすると」
あのことか、と頬を歪めるレーナ。何とか誤魔化せないものだろうか。いや、強引に踏み倒してやろうか。
「そんな約束覚えてない」
「な、何を!?」
大袈裟に驚いて見せる魔王だが、即座にトウコの方に確認する。
「おい、ウィスティリアの小娘。約束したよな? 約束したよな??」
「しましたしました! レーナちゃん、約束は守らないとダメだよ」
「お前、まさかそのためにプリンを……!!」
トウコを懐柔するためか、と歯を食いしばるが、既に遅い。トウコは魔王の味方だった。
「よく言った、ウィスティリアの小娘。他に好物はあるか? この魔王が用意するものは、どれも最高級品だぞ?」
「えええええー、いいんですか??」
目を輝かせた後、トウコがレーナを責める。
「ほら、レーナちゃん。いつお食事するの?? ちゃんと日程を決めて!」
「ふっ、お前の主がこう言っているのだ。すぐに決めなければな」
勝ち誇った魔王に、危うく右ストレートを打ち込むところだったが、何とか耐えて、明日の昼食を約束するのだった。
「最高の店を用意しておこう。ではな」
上機嫌に去っていく魔王。レーナは不機嫌になってしまったものの、ウィスティリア魔石工房に平穏な時間が再び戻った。魔王が去って五分ほど経ってからのこと。
「そうだ、トウコさん。これ見てくださいよ!」
ゼノアがパソコンの画面を見せてきた。そこには、シアタ現象の投稿と閲覧が無料でできる、HNアーカイブのトップページが映し出されていた。
「なになに?」
「ほら、ここ!」
「あっ! ウィスティリア魔石工房の作品が週刊ランキングに入ってる!」
一週間の中でユーザーからの反応が多かった作品がピックアップされる週間ランキング。その二八〇位に入っていたのだ。
「凄い凄い! 夢のランキング入りだー!」
「ええ、そうです。これからは自分のことを底辺クリエイタと言ってはダメですからね?」
「そ、そうかなぁ。一生底辺だと思ってたから、何だか現実味がないなぁー」
しかし、トウコの創作活動は確かに充実感を得られるものになっていた。
「最近さぁ、シアタ現象に感想もくるんだよねー。週に二、三回も!」
「ミカちゃんの依頼を達成すれば、山のように感想もくるはずですよ」
どうだろうか。トウコは考える。これまで、感想をもらえることが、どれだけ奇跡に感じていたか。本当に山のように感想をもらえたら、あの喜びは薄れてしまうのだろうか。正直、想像すらできなかった。
「あ、このシノノメっていうハンドルネームの人……よく見る気がするなぁ」
ゼノアが見つけたユーザーは、トウコもよく知っていた。トウコの作品に対し、過去までさかのぼって長文の感想を投稿してくれる人物である。熱心なファン。自分のような底辺クリエイタがそんな言葉を使っていいのか分からないが、それに近い存在だ。
「こういう熱心なファンが増えると最高ですね!」
ゼノアは純粋に喜んでくれるが、くすぐったくて仕方がない。
「いやいや、私なんてまだまだだよ。例えばさ、ほらこの人」
トウコはゼノアのパソコンを操作して、ランキングのトップを表示する。
「このマユ・ローズマリーさんなんてさ、少し前は私と同じくらいの評価で、SNSでお話したこともあったけど、今は雲の上の存在なんだよね。マユさんくらいなら、見える景色も違うかもしれないけど」
「そういうものなんですかねぇ」
「そうそう」
うーん、と唸るゼノアを身ながら、何とか自分を抑制させる。自分などまだまだなのだ。はしゃいでいる場合ではない、と。
そういえば、少し前はSNSで連絡を取り合っていた仲間は、どうしているのだろう。気になったものの、トウコは納期が迫った仕事に取り掛からなければならなかった。
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