彼の重い想い
「今日こそ……僕は貴方を倒します。レーナ先輩!」
長い廊下でスバルはレーナと向かい合う。彼から放たれる殺気は殺気しいものではあるが、レーナの闘気はそれを上回るものだった。
ちなみに、スバル・アイモトは二十七歳。レーナとタイヨウの五つ下で、彼女らと共に十年前の魔王討伐戦に参加した、歴戦の勇者でもある。
無口で何を考えているか分からない、と言われがちだが、その実力は確かなもので、十代の頃からトップ勇者たちの末席に身を置いていた。そして……。
(ああ、レーナ先輩。また二人っきりになれた……!)
そして、ずっと前から先輩であるレーナに憧れていた。
(十年経っても美しい。美貌だけでじゃない。しなやかな動作、無駄のない仕草、勝気な性格。そして……誰でも引き裂いてしまいそうな危険な感じ! ああ、好き過ぎる! 大好き!!)
久しぶりに会えて、彼の体は悦びで溢れそうになっていた。いや、既に溢れ返って、この長い廊下を満たしている。しかし、その気配を感じ取ったレーナの目は、より鋭くなった。
「とんでもない殺気じゃねぇか。おもしれぇ、ぶっ潰してやるよ!」
スバルはその言葉を聞いて、心の中で首を傾げる。
(どうしてだろう。ずっと前からそうなんだ。僕がレーナ先輩を想えば想うほど、彼女には殺気だと受け取られてしまう。違うんです。違うんですよ、先輩。僕はただ貴方が好きなだけで……!!)
ぐっと吹き出る殺気。いや、思慕の念。それを一身に受けたレーナは警戒心を高める。
(ああ、また勘違いされている。十年前もそうだった。でも、仕方ないじゃないか……)
勘違いされるのであれば、はっきり言えばいいところなのだが、それができない理由が彼にはあった。それは十年前のこと。
(好きな男性のタイプを先輩勇者たちに聞かれたとき、レーナ先輩は言っていたじゃないですか。私より強くて男らしい人、って!! だから、僕は男らしく黙って貴方を超えてみせる。そう思っているだけなのに!!)
それなのに、レーナはいまだにタイヨウに想いを寄せているよう思える。
(それがなんでタイヨウ先輩なんだ! 確かにタイヨウ先輩は強いけど、レーナ先輩ほどじゃない! 何なら今は僕の方が強いはず。だったら、だったら……!!)
思わず拳を握りしめると、レーナが腰を落として戦闘態勢に入る。
(だったら、実力で示すしかない!)
ついに、スバルも拳を構えた。
「行きます!」
スバルが踏み込み、速いパンチを連続で繰り出す。しかし、レーナは羽のように軽く後退しつつ、頭を揺らして躱し、一度たりともヒットを許さない。
(嗚呼、素晴らしい。触れられそうで触れさせてもらえない、この感じ。美し過ぎてゾクゾクします)
攻撃を止め、立て直そうとした瞬間、鼻頭に痛みが走る。何があったのだ、と理解できないまま距離を取ると、どろりと鼻から血がこぼれてきた。見えないほど速いパンチによって、顔面を捉えられていたのだ。
「おっと、顔はやめてほしいってタイヨウが言ってたのに。悪かったな、リーダーさん」
親指の頭で鼻から流れる血を拭うが……。
(まずい、レーナ先輩が可愛すぎて興奮しているせいか、血が止まりそうにないぞ。それにしても、パンチをもらった瞬間、凄い良い匂いが。くそ、余計に血が出てしまうじゃないか。ああ、先輩。レーナ先輩)
無表情ではあるが、スケベな想いはレーナに届いたようだ。
「よくもそれだけ不気味な殺気を出せるもんだな。さすがの私も鳥肌が立つぜ」
(ま、マジで? 僕の想いがレーナ先輩のお肌に影響するなんて。超幸せなんですけど。嗚呼、鳥肌が立ったレーナ先輩の肌に触りたい。さわさわしたいよぉ!!)
「そんなに私が憎いなら、自分から手を出して来いよ!!」
(は、はい! 触らせてくださーーーい!!)
フェイントを入れつつ、距離を縮め、レーナの横腹を狙った低いフックを放つが、絶妙に距離を外され空振りに終わる。さらに、アッパーで追撃するつもりだったが、彼女は優雅なスウェーバックで、それをやり過ごすと同時に、スバルの膝頭を蹴り付ける。
(うわー!! なんて痛いんだ! これだけ冷静に的確な蹴りを出してくるなんて、先輩は本当に天才だ。好き。痛いけど好きすぎる!!)
距離を取り直し、ぐっと腰を落として、スバルは動きを止めると、レーナが感心した様子を見せた。
「へぇー、完全にカウンター待ちのスタイルで時間を稼ぐつもりか? そうか、他のナイトファイブが部屋から出てきたら、三対一で戦えるもんな」
(ち、ちがう! せっかく二人きりなのに、他のメンバーを待つわけあるか!! 僕は少しでもレーナ先輩と触れ合うために、戦い方を変えただけなのに!! くうぅぅぅー、ちょっと天然なところも好きぃー!)
「お前の目論見通り、私には時間がない。もうちょっと遊んでやってもよかったが……次で決着つけてやるからな?」
(え、今何て言った? もうちょっと遊んでやっても、って……今度デートに誘っていいってこと? 本当? マジで??)
動揺している間に、レーナが動いた。前手の鋭いジャブが、スバルの視界を遮り、彼は焦って反撃の右フックを振り回すが、手応えはない。それどころか、何が起こったか分からぬまま、体が宙に浮いた。ジャブをフェイントに、タックルで倒されてしまったのだ。
(う、うわ! 僕、レーナ先輩に抱き着かれてる!?)
背中から床に叩きつけられ、さらには見下ろすレーナから放たれた拳が鳩尾に突き刺さり、スバルはたまらず身を丸くした。あまりの痛みに、意識が朦朧とする。
「ふん、まだまだだな」
そして、レーナの遠ざかっていく足音に、スバルは何とか視線を上げ、彼女の背中を見つめた。
(ああ。先輩……立ち去る姿も、美し、過ぎる……)
エレベーターに乗り込んだレーナが、気を失うまで恐ろしい殺気を放ってきたスバルに身震いしたことを、彼は知る由もなかった。
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