アイドルはトラブル厳禁
「戻ったぞー」
レーナが工房に戻ると、忘れかけていた依頼人の女が、まだ居座っていた。その顔をまじまじと見ると……。
「あっ!!」
封じられていた記憶が、ついに解放された。
「お前、あのときの女!!」
「……ふんっ、やっと思い出したの」
依頼人の女、ミカは無愛想に目を逸らす。過去の記憶か、その態度を見たせいか、やっと静まったはずの怒りが再沸騰するレーナ。せっかく片付けた工房が、再び嵐に晒されると思われたが、トウコが二人の間に入ると、レーナを依頼人から遠ざけて声を潜めた。
「あのね、レーナちゃん。今回の依頼は大口だよ。あちらのミカさん、有名なインフルエンサーなんだって。ただ、魔石がなくて困っているんだよねぇ」
「はぁ? 魔石なら十分にあるだろ?」
「それがねぇ、どうしてもタイヨウくんが持っている魔石を使いたいらしくて」
「タイヨウが持っている魔石だぁ?? そんな面倒な仕事、受けなくてもいいだろ」
正直、嫌なことも思い出してしまうのだ。できだけ、ミカとは関わりたくないレーナだった。ただ、いつものようにトウコに押し切られるに違いない。そう思ったが、トウコは同意するのだった。
「だよねぇ。今回は断ろうかぁ」
「いいのか??」
「だって、今忙しいし。この依頼を受けたら他が回らないよ。それに……」
トウコは口を噤むと、表情を作りながらミカの方へ向かった。
「すみません。今回の依頼はお断りさせていただこうかと……」
「どうして!?」
「その、いま予約の依頼がいっぱいですし、魔石もないなら難しいですし。良かったら、他の工房をご紹介しましょうか?」
「いやだ。貴方のメヂアがいいの」
「私の、ですか??」
ミカはどこか決まり悪そうに目を逸らすと、呟くようにそのワケも話した。
「この前、エリチューブ見てたらたまたま貴方のシアタ現象を見た。けっこう……感動したから、メヂアを依頼するなら、貴方にって決めていたの」
「本当ですか??」
トウコは目を輝かす。が、レーナはミカの言葉が信じられず、その真意を探ろうと彼女を注視した。それに気付いたのか、ミカも強い視線を返してきた。まるで、先に目を逸らしたら負けだと言わんばかりに。
「どのシアタ現象ですか?? よかったら、もう少し詳しい感想なんかを……!!」
トウコが間に入ったため、視線のぶつかり合いは避けられたが、ミカは誤魔化すように話題を変える。
「今回の仕事、成功したら私のエリチューブでこの工房を紹介してもいい。登録者は百万人を超えるし、なかなかの宣伝効果よ」
「いいじゃないですか!」
賛同したのはゼノアだ。
「ミカちゃんのエリチューブは人生相談も乗ったりしているので、気持ちが晴れない人にメヂアを進めてもらう流れにしたら、相性もいいと思いますよ」
ミカは誇らしげに付け加える。
「そう、私の視聴者の中にはメヂア業界の人もいる。もしかしたら、作品がさらに評価されるチャンスかもしれないわよ」
「さらに評価……」
「うん、バズるかも」
「バズる……!!」
トウコの目には、クリエイタとしての欲にみなぎっていた。そして、その目でレーナを見る。依頼を受けよう。そう言っているみたいだった。
「無理だ無理だ。うちにある魔石じゃあ嫌なんだろ? だったら受けられねーよ!」
「じゃあ、タイヨウから取り返せばいいじゃない。その分、依頼料は上乗せするから」
「取り返すって言ってもだなぁ」
「あいつの家に乗り込んで、ぶんどるの! それくらいしないと、私の気持ちを収まらないわ」
過激なミカの意見にトウコは弱気に眉を寄せる。
「そんなことしたら、事件になっちゃいますよ??」
「問題ないわ」
ミカは平然と言う。
「タイヨウは引退したけど、いまだにアイドル扱いするリスナーは多いもの。私とトラブルになったと知られたら炎上する。そうなったら、近々開催されるナイトファイブのイベントにも影響があるから、タイヨウは私が家に乗り込んできても事件にしたりしないわ」
「お前自ら乗りこむつもりなのか?」
「当然よ。これがないと入れないでしょ?」
ミカは上着のポケットから鍵を取り出す。それは、タイヨウの部屋の合鍵のようだった。
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