因縁顕現
その日も、ウィスティリア魔石工房は忙しかった。
「ゼノアくん、この依頼って納期いつまでだっけ??」
「えーっと、シマムラさんの依頼ですか? 来週ですけど、間に合いますか?」
「ら、来週……。死んじゃうかもしれないけど、何とかするよぉ」
トウコは目元にクマを作りながらパソコンを叩き、ゼノアも契約書の整理に追われていた。
「戻ったぞー」
そこに、大きな袋を担いだレーナが帰ってきた。
「お帰りなさい。うわっ、凄い量じゃないですか!」
ゼノアが驚くのも無理はない。彼女が袋をひっくり返すと、大量の魔石が雪崩てきたからだ。
「これで今月の依頼は全部こなせそうだね。レーナちゃん、ありがとー」
「おう。私のノルマは終わったから、任せられる雑用があれば何でも回せよ」
順調だった。オフィスの家賃は払えているし、三人の給料も余裕はなくても生活するには十分だ。ウィスティリア魔石工房は、軌道に乗ったと言えなくもない状態である。しかし、トウコは一人呟いた。
「これで良いんだっけなぁ」
「なんか言ったか?」
反応するレーナに、彼女は誤魔化すような笑顔を浮かべて、首を横に振るしかなかった。今は工房を大きくすることだけを考えればいい。そのためには、まずは目の前の仕事をこなすことだ。トウコが気持ちを入れ直し、パソコンの画面に集中し始めた、そのとき……。
「これ! これをお願いします!!」
深くかぶった帽子とサングラスで顔を隠した女性が工房に飛び込んできた。しかも、その手には紫色の魔石が握られているようだ。
「な、なんですか??」
ゼノアが対応するために、女性の方へ歩み寄ったが、彼女は緊迫した様子で、魔石を押し付けてきた。
「これでメヂアを作って! 今すぐに!!」
「今すぐって言われましても……」
困惑するゼノアの後ろでレーナが溜め息を吐く。
「なんだよ、騒がしいな。こっちだって暇じゃないんだ。少しくらい説明しろ」
レーナの態度に女性は反発するような視線を向けた。
「お金ならあります。だから、他の依頼を後回しにしてでも――」
謎の女性とレーナの視線が交錯すると、二人は不自然に口を閉ざした。決して友好的なものではないが、不意に共通の思考を抱いたような、そんな瞬間だった。
「も、も、もしかして!!」
だが、女性の正体を察したのは、ゼノアだった。
「貴方は……聖女系エリチューバ―のミカ・ミリカさんでは!?」
ゼノアの指摘に女性は手の平で口元を隠すが、それが逆に図星だということを証明してしまう。
「や、やっぱり……!! 二人とも大変ですよ!!」
「どういうこと??」
ピンと来ていないトウコに説明する。
「十年前から超人気のエリチューバ―ですよ! そんな人から依頼なんて、大きなチャンスです!」
「へぇー、凄い人なんだぁ」
素直に関心するトウコだが、レーナの方は釈然としない様子で、何度も首を傾げる。
「十年前。エリチューバ―。……なんか引っかかるなぁ」
出てきそうで出てこない。そんなもどかしさに顔を歪めるレーナだったが、ウィスティリア魔石工房に、さらなる来訪者が現れるのだった。
「そこまでだ! ミカ、俺の魔石を返してもらおうか」
それは、長身で端正であろう顔だちをサングラスで隠した、長身の男性である。もちろん、突然現れた彼に工房内にいる全員の視線が集まったのだが、珍しくトウコが激しく動揺していた。
「えっ? どうして? どういうこと??」
あたふたしつつ、彼女はレーナの表情を確認するのだが、そこには……赤い鬼が。そして、突然現れた男性も、鬼の存在に気づき、顔を引きつらせた。
「よ、よう、レーナじゃないか。あ、もしかして、トウコちゃん? 久しぶりだね」
動揺しつつも親し気に挨拶する男。それに対し、レーナはゆらりと立ち上がると、鬼の形相のまま、凶悪な笑みを広げた。
「よくも私の前に顔を出せたな」
「ち、違う。偶然だったんだ。もちろん、ここに入ってくる直前に、嫌な予感はしただが……」
「ごちゃごちゃ言い訳するな。私の前に現れたってことは、覚悟できているってことだよな、タイヨウ!!」
「落ち着け!! 話せば分かる!」
そう、突然現れた彼の名前はタイヨウ・ゼゼリア。元エリアル騎士団の団長であり、アイドルグループ、ナイトファイブのリーダーだった過去を持ち、そして……いわゆるレーナの元カレというやつだ。そんな彼を見て、レーナは知性をすべて失っていた。
「十年前も言ったはずだ、タイヨウ。お前に許された言葉は、謝罪と命乞いだけだぁぁぁ!!」
「う、うわぁぁぁーーー!!」
その瞬間、狭い狭いウィスティリア魔石工房の中心に、特大ハリケーンが発生するのだった。
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