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夢を食べる

 電話の受話器を置いたゼノアが高らかに報告する。



「新しい仕事が入りましたーーー!!」


「「おおおーーー!!」」



 重なる二人の女の拍手。このやり取りは、今月で何度目だろうか。マミヤ夫人の仕事を終えて、数日もすると、ウィスティリア魔石工房に小さな依頼が、ぽつぽつと舞い込むようになったのだ。ゼノアはホワイトボードに新しい依頼人の名と納期を書き込むと、満面の笑顔で振り返る。



「今日の嬉しい報告は、これだけじゃありません。そうですよね、レーナさん?」


「な、なんだよ……」



 照れているのか、なかなか言葉にしないレーナだが、トウコが察してしまう。


「あ、そうか! ガードのランクアップ試験……結果、今日だったよね?? どうだったの??」


 トウコに詰め寄られ、頬を赤らめながらも、レーナは財布の中からBランクのガードライセンスを取り出してみせた。


「「おおおーーー!!」」


 今度はトウコとゼノアの声が重なる。



「さすがレーナちゃんだよ。これでギルドを通して、難易度の高い魔石集めも挑戦できるね!」


「いやいや、合格してなかったらどうしようと思っちゃいました。やっぱり、実技の方で高得点を取って筆記のマイナスを補った感じですか?」



 ガードのランクアップ試験は、実技が百点、筆記が百点の合計二百点だ。百五十点が合格ラインになるのだが……。ゼノアの揶揄(からか)いにレーナは仏頂面で答える。



「ふざけるな。筆記も百点だ」


「「へっ??」」



 再び重なるトウコとゼノアの声。


「え、レーナちゃん、頭いいの?」


「おい、トウコまで何だよ。頭いいって言うか、試験くらいちょっと勉強すりゃあ満点取れるだろ」


 涼しい顔で言い切るレーナを見て、トウコは熱でも出たかのように額を抑えた。



「……ゼノアくん、どうしてだろう。私なんかショック」


「分かります。凄い分かります。って言うか、文武両道、才色兼備だとしたら、レーナさんから滲み出る、このポンコツ感はどこからやってくるのでしょうか??」


「た、確かに……。神様が絶妙なバランスを考えたんだろうねぇ」


「おい、人が試験に合格したって言うのに、なんだよその言い様は」


 そんなわけで、ウィスティリア魔石工房は、今にも軌道に乗りそうな状況であった。



 それから、数十分後。作業に一段落を付けたゼノアがテレビをつけた。


「あ、このアイドルバンドのボーカル。凄い人気だったのに、結婚したんですね」


 メヂアを作っていたトウコだが、何となくテレビの方に目を向けてしまった。人気のミュージシャンらしいが、トウコはまったく見たことがない。レーナも「こんなのが人気なのか?」と煙たそうな顔をしている。作業に戻ろう、と視線を落としたが、ワイドショーの音声が聞こえてきてしまった。



『それが結婚の理由というのも非常にロマンチックなんですね、これが』


『ほう。どんな理由なのですか?』


『奥様とは学生時代から付き合っていたそうなんですが、そのころから、いつか私のために歌を作ってね、と言われていたそうなんですよ』


『へぇー。それで?』


『キャリア十年が近付いて、やっと奥様に捧げるための曲が作れたから、結婚を決めたんだそうです』


『なるほどねー。十年近くやってなかなか売れなかった時期もあったそうですからね』


『食べていけないなら別れる、という話も出たそうです』


『じゃあ、無事にゴールインできてよかった』


『はい。プロポーズの言葉を聞いて、奥様は安心して言ったそうなんです。やっと私の夢が叶ったわ、って――』



 音声が唐突に途切れる。ゼノアがテレビを消したみたいだ。


 トウコはワイドショーから聞こえてきた、名前も知らないミュージシャンの話について、少しだけ考えを巡らせる。


 もしかしたら、その奥様という女性は……複数の男性を天秤にかけていたのではないだろうか。誰が自分の夢を叶えられるのか。誰が地の底から上がってくるのか。十年もの間、ずっと見定めていたのかもしれない。


 人の夢を食って、自分の夢を孕む女。


 そんな言葉が浮かんだ。そして、夢を食われた男は白い地獄に落ちて……。いや、よくある話だ。今回の依頼と関連があるとは限らない。



 そんなことを考えながら、何気なくレーナを見つめていると、彼女がその視線に気付いてしまった。


「なんだよ?」


「うーん……まさか、って思いたいけど、もし本当なら、やっぱり結婚って怖いよねぇ」


「だから、何の話だよ」


「まぁ、レーナちゃんには関係ないよね」


「よく分かんねぇけど、馬鹿にしているよな?」


「違うよ。ずっと二人でお仕事頑張ろうね、って意味」


「……どうだか」



 かくして、ウィスティリア魔石工房に穏やかだけど、充実した日々が訪れたように思われたのだが、その日もどこかで誰かの心に呪いが広がろうとしていた。



「タイヨウは分かってない! 私の気持ちなんて考えてくれたこと、ないんだよ!」


「そんなことないよ。待て、それは俺の大切な――」



 エリアル王国そのものを騒ぎに巻き込み、レーナを地獄の底に叩き落すような大事件が、彼女たちを待っているのだった。



 ―― 続く ――

第1章の第3話はここまでです。いかがでしたでしょうか。


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― 新着の感想 ―
面白かった……同時にブラウン回は、創作する者にこれでもかというくらい痛いところを刺してきて、それがまたたまらなかったです。ダイブを終えたトウコの叫びがまさに自分と同じ!そしてレーナさんの心強いことよ……
ブラウン編お疲れ様でした!なぎこさんはコメディもシリアスも両方お上手ですごいなあと毎度思っております。最後の真相は藪の中ですが、そういやブレイクした男アーティストが下積み時代を支えた前妻を捨てて若くて…
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