私たちの救済は
シアタ現象が終わると、それを見たのであろう、通りがかりの人々の声が聞こえてきた。
「今のシアタ現象、凄い綺麗だったー!」
「ウィスティリア魔石工房だって!」
「聞いたことないけど、凄いクリエイタなのかな」
どれも肯定的で人々の興奮が感じられた。そして、レーナ自身も興奮を抑えられず、名前も知らない人々に激しく共感するのだった。だが、それだけではない。自分たちの仕事が人々を感動させたことに、大きな喜びを感じる。
「凄い反応じゃねぇか!」
その感情を最も共感したい相手は、すぐ隣にいるはず。レーナは傍らを見るが、そこに彼女はいなかった。
「トウコ?」
室内に振り返ると、トウコはブラウンの前に立っていた。シアタ現象によって、精神が覚醒したのであろう彼は、眩し気に目を開きかけている。すべて成功したではないか。そう思うレーナだったが、トウコは違ったらしい。
「ごめん、なさい!」
トウコはブラウンの前で膝を付くと、手の平で顔を覆った。
「お、おい。どうしたんだよ?」
レーナが問いかけるが、彼女は返事することなく、ただ泣き始めてしまう。
「ごめんなさい。ごめんなさい……」
彼女はブラウンに何度も謝罪してから、その意を口にする。
「こんなの、貴方を目覚めさせるための偽善でしかなかった……。これじゃあ、本当の意味で貴方の心を救えないって分かっていたのに……!!」
「トウコ……」
「私にできるのは、この程度だった!! 悔しい。悔しいよう……!!」
それでも、結果としては彼女たちの仕事は大成功だった。マミヤ夫人の態度も一変し、何度も感謝の意を言葉にする。これ以上にないはずだが、トウコは帰り道も足取りは覚束ない調子で、ついには座り込んでしまった。
「あの、シアタ現象の登録は僕がやりますから、二人は……ゆっくり工房に戻ってきてくださいね」
ゼノアは気を利かせたのか、メヂアをもって先に帰った。噴水が見れる公園で、トウコをベンチに座らせ、レーナは買ってきた飲み物を彼女に手渡す。
「ぜんぜんダメだった……」
「そんなことねぇよ」
「レーナちゃんには自分らしくやれって言われたけど、少しノノア先生の影響、出ちゃったし……」
「それも別にいいじゃねぇか。誰だって誰かの影響を受けるもんだ」
しばらく黙り込んだが、トウコは独り言のように気持ちを吐露していく。
「ブラウンさんは……創作の楽しさを忘れていた。それは、たぶん間違いない」
レーナは黙って彼女の言葉に耳を傾けることにした。
「創作の楽しさを、原始的な悦びを思い出してもらうために作ったシアタ現象だったけど、あれじゃあ根本的な解決にはならないよ。ひとときの優しい言葉と一緒。幻でしかない。だって……自分だけが楽しい創作なんて、ただの自己満足、幻想でしかないんだから。存在していないのと一緒だよ。本当の創作は、誰かの心を……多くの人の心を掴むもの。たくさんの人の心の中に、刻み込まれて、そこで初めて創作は実在するものになるんだ。でも、それができないクリエイタは幻と自己実現の間で苦しみ続けなければならない。だとしたら、その心はどうやって救えばいいの? 本当の意味の生き方とか向き合い方を提示できないなら、彼みたいな人の心を救えはしないよ。私の心だって……」
「ごちゃごちゃ言うけどよ……」
トウコの恨みがましい愚痴をレーナは遮った。
「お前が一度失敗したくらいで諦める女か? だったら、メヂア作りなんて、とっくの昔に投げ出してるだろ」
「それは……」
反論しようとするトウコだが、不意に向けられたレーナの笑顔に、つい口ごもる。そして、彼女は言うのだった。
「何度だって救えばいい」
「え?」
「お前なら、何度だってブラウンみたいなやつを救うメヂアを作れるだろ? 迷うかもしれないけど、こうやって苦しむこともあるだろうけど、作り続けなけりゃあ、何も形にならない。できるまで、続けりゃいいんだ」
――探求せよ。思考が歪んでも、幻であっても。いつか魂が形を成して現実となる、その日のために。
ノノアが引用した誰かの言葉を思い出す。
「それにさ」
レーナは付け加える。
「難しいことは分かんねぇけど、今回もお前のメヂアで、私はぶっ飛んだぜ? やっぱり天才だよ。お前は」
「……本当?」
「ああ」
「レーナちゃん……」
再び涙ぐむトウコだったが……。
「大好きーーー!!」
「だぁぁぁーー、もうくっつくな! 一生独身菌が移るって言っているだろ!?」
「ねぇ、その一生独身菌って何?? なんで私にそんな菌がるの??」
「どう考えたってあるだろ! 菌まみれだ!」
「分かんないじゃん。私の方が先に結婚するかもよ??」
「えっ……」
どうやら、そんなことは頭の片隅にもなかったらしく、あからさまに固まるレーナ。優位に立った、と感じたトウコはさらに彼女を揺さぶった。
「私だってモテるんだからねぇー? 独身菌が何とかって馬鹿にするなら、そんな日が来てレーナちゃんが一人で寂しいって言っても、構ってあげないからね?」
「と、トウコ……」
「……えっ、泣いてる??」
何とかトウコの機嫌も直り、二人は工房に戻ることに。その道中、トウコがレーナの腕に絡みついてきた。煩わしいと表情に出すものの、今度は「一生独身菌が移る」と言うのは我慢するしかない。
「ねぇ、レーナちゃん」
「なんだよ」
「いつも慰めてくれて、ありがとね」
そこには、いつも通りのトウコの笑顔があった。
「なーに言ってんだよ」
しかし、レーナは呆れたと言わんばかりに吐き捨てた後、トウコを見て微笑むのだった。
「私はお前のガードなんだぞ。守ってやるさ、その心だってな」
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