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◆シアタ現象

「うひゃあーーーっ!!」


 ダイブを終え、私は肺がいっぱいになるまで空気を吸い込んだ。


「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……」



 苦しい。胸が苦しいよ。このタイミングでこれは、正直きつかった。まるで、何度も胸を刺されるみたいだったよ。早く帰ってタラミを抱きしめて、お布団の中で一緒に丸くなりたい。あー、しんどいよう。



「ど、どうした?」


 いつまでも、呼吸を繰り返す私を見て、レーナちゃんが心配そうに覗き込んできた。


「だ、大丈夫……。なんだか小一時間ほどお姉ちゃんと電話したときみたいな気分になっただけだから」



 あまりにプライベートな例えに、さすがのレーナちゃんも首を傾げてから何もコメントしてくれなかった。もう少し分かりやすく言うと、延々と自分の人としてダメな部分を指摘されるような感じなんだけど、それは説明しなくていいよね。なんだか気が滅入るし。



「で、やれそうなのか?」


「同情半端ないし、全力でやる」


「全力で?」


「うん。だって、この人が救われなかったら、私たち(・・・)だって救われないことになるんだから」



 レーナちゃんは納得してくれただろうか。黙って一歩退いてくれた。私はノートパソコンにメヂアをつなぎ、最終調整を始める。



「レーナちゃん。そこの窓、開けてもらえる?」


「おう」



 外の冷たい空気が頬を撫でつける。少し寒いけれど、気持ちの方は燃えていた。だって、ここはコラプスエリアじゃない。今まで以上に通りがかった人が、私のシアタ現象を目にするはずだ。たくさんの人をびっくりさせてやるぞ。


 そして、ブラウンさんのこともびっくりさせて、目を覚まさせてやるんだ!


「シアタ現象……始めるよ!」


 レーナちゃんが頷くのを確認してから、私はメヂアに魔力を込める。すると、メヂアが浮遊を始め、窓の外へ移動し、青空を背にして停止した。メヂアがブラウンさんの呪いを吸い込む。彼の体から白い呪いが煙のように上がり、それはすべてメヂアの方へ。呪いはこれで吸い込んだが、ダメージを負った精神はそのままだ。だから、このシアタ現象で心を癒してみせないと。




 青空に浮き上がった白いキャンパスが暗転する。しばらくの沈黙の後、何もない真っ暗な空間に、赤い光が一瞬だけ灯った。


 それは小さな小さな光だったが、瞬間的に辺りを照らす。光の元は火花だ。


 もう一度火花が散る。一瞬の光によって、照らされたのは一匹のサル。彼は暗い洞窟の中で、石を手にして座っていた。


 そして、目の前の地面に、大きな石がもう一つ。サルは手にした石を、目の前に置かれた石に叩きつけて、火花を作り出す。


 石を打ち付け、小気味のいい音が響き、ほんの小さなか光が広がるだけ。それだけのことだが……。



 ――どうして、こんなに楽しいのだろう。



 サルはもう一度石を叩きつける。いや、何度も叩きつける。石と石がぶつかり合って生じる音と光。そんな刹那の快楽だけを求めて。



 ――こうすれば、もっと楽しいかもしれない。



 サルは三度続けて石を打ち付ける。が、それはリズムが生まれる瞬間だった。サルは新たな快楽に身震いすると、さらなる快楽を求める。


 音、光、音、光。


 サルは暗闇の中で、石をたたき続ける。ふと気付けば、サルは一人ではなかった。もう一人のサルが、彼と同じように二つの石を手にしている。二人は同時に石を叩く。音が重なり、周囲は先程よりも強い光に照らされた。



 ――そうか、一人でなければ、もっと楽しい。



 それに気付くと、サルはさらに一人、さらに一人と増えていく。いつの間にか、何十人と言うサルが石を打ち付け、暗闇を音と光で満たしていく。



 ――嗚呼、楽しい。

 ――僕たちはこれを発見するために生きていたのだ。

 ――誰かのためじゃない。

 ――ただ、自らの快楽のために。



 暗かった洞窟は、音に満ちる。光に満ちる。そして、喜びに満たされた。


 キャンパスが光に埋め尽くされ、白に染まる。そこに、ウィスティリア魔石工房のクレジットが現れたところで、シアタ現象は終了した。

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