限りある人生の中で
「お疲れ様です。遅かったですね!」
魔王と別れ、エタ・コラプスエリアを出ると、ゼノアが待っていた。
「あれ、あのイケメンは?」
レーナが尋ねたのは、トウコの後輩であるイアニスのことだ。ゼノアとエタ・コラプスエリアの外で待っていたはずなのだが……。
「それが黙って帰っちゃったんですよ。呼びかけても反応なくて、ちょっと変な感じでした」
「はぁ? なんだよそれ、変なやつだなぁ」
イアニスの行動を訝しがる二人だったが、トウコは違った。
「それ、先生のシアタ現象を見た後のことでしょ?」
「あ、そうです。さっきのあれって……ノノア・イカリヤのシアタ現象だったんですか??」
「そうそう」
「なるほどぉ。噂には聞いていましたが、凄いグロテスクって言うか、派手な描写でしたね。でも、それとイアニスさんが変になったの、何か関係あるんですか?」
首を傾げるゼノアに、トウコは寂し気に微笑む。
「彼もクリエイタだから。思いっきり落ち込んだんだろうね」
「落ち込んだ……?」
それから、三人は工房に戻り、トウコは淡々と魔石の加工を、ゼノアもパソコンの前で調査、レーナはガードランクを上げるための試験勉強など、それぞれのやるべきことに取り掛かり、静かな時間が流れた。
「じゃあ、僕は帰りますね」
二十時を回ったあたりで、ゼノアが席を立った。
「今度こそ、魔王に頼らずともエタ・コラプスエリアを探し出すので、期待していてください!」
「おう、仕事が入るたびにあいつと食事は勘弁だからな。任せたぞ」
「あ、トウコさん。次のシアタ現象は、最後にちゃんとウィスティリア魔石工房のクレジットを忘れないでくださいね」
「はいはい。お疲れ様ー」
それから、さらに一時間が経過する。工房はより静まり返ったが、魔石をいじるトウコの手が止まった。
「ねぇ、レーナちゃん。今日……うちに泊っていかない?」
「はぁ?」
参考書から顔を上げるレーナ。正気か、とトウコを確認するが、その笑顔は妙な清々しさがあった。
「……まぁ、たまにはタラミのやつに会っておくか」
レーナは参考書を閉じると、工房の戸締りを始め、二人でトウコの自宅に戻る。少し前まで、ずっと通っていたトウコの自室は、変わることなく簡素だった。
「ねぇねぇ、久しぶりにレーナちゃんが作るお鍋が食べたいなぁ」
「お前、メシ作らせるために呼んだわけじゃねぇだろうな?」
「にゃー」
タラミが足にすがりついてきたので、レーナの頬もほころぶ。二人と一匹で食事を取り、寝る準備をして二人は横になったのだが、トウコから眠る気配が感じられなかった。
「……眠れないのか?」
「あははー。気付いてた?」
「なんとなくな」
「ごめんねー。たぶん、一人でいたらおかしくなってたような気がしてさ。一緒に、いてほしなかったんだよねぇ」
「別にいいよ。そんな日くらい、あるだろうしな」
しばらく沈黙が流れた。トウコが眠れない理由は分かっている。だが、どんな言葉が彼女の神経を癒すのか、レーナには想像がつかなかったが、迷っている間にトウコの方から語り出した。
「お母さんも錬金術師だったんだ。たぶん、ノノア先生と同世代なんだよね」
「あー、あの透明のメヂアだよな?」
一度だけ聞いたことがある。玄関前に置いてある透明なメヂアは、トウコの母が作ったものだ、と。
「でも、どんなシアタ現象を作っていたのか、一度も見たことがないんだ」
「どうして?」
「今みたいにアーカイブなんてなかったから。あと、お母さん急にいなくなっちゃったんだよね。だから、あまり記憶がなくて」
「……苦労したんだな」
「ううん、ぜんぜん大丈夫だった。お姉ちゃんがいたし。お姉ちゃんは私と違ってしっかりもので、面倒もよく見てくれたんだ。お金も、お母さんのメヂアを売ったおかげで、けっこう余裕があったみたいでさ」
姉の存在についても聞いていた。たまに電話がかかってきて、口煩く説教されるのだ、と。
「昔ね、何かのドキュメンタリー番組を見ていたら、ノノア先生が出てたんだ。その頃は、錬金術師の仕事がどんなものかすら分かっていなかったけど」
「へぇ、あの爺さんが」
「でね、そのとき先生が質問されていたの。一番影響を受けた錬金術師は誰なのか、って」
レーナは直観で分かった。だから何も言わなかった。
「……先生、言ってた。シトラ・ウィスティリアのメヂアには、百年研鑽を積んだとしても追いつけない。そう思うと何日も吐いた。まるで自分の人生が閉ざされるみたいだった、って」
レーナはただ黙って、トウコの言葉を待つ。彼女は勢いに任せるように、早口で続けた。
「あのときは、先生が何を言っているのか分からなった。何となく、お母さんは凄い人だったんだな、って思っただけ。でも、今は分かる。痛いくらい分かるんだ……」
トウコの声は震えていた。それは、どういう感情なのだろうか。レーナには分からなかったが、トウコはあふれ出す感情を吐露するかのように続けた。
「見ないようにしていた。考えないようにしていた。でも、意識を逸らし続けることはできない。それどころか、この目で見てしまったんだ。どこまで進んでも縮むことのない差を。私も百年メヂアを作り続けたら、ノノア先生くらい凄いものを作れるのかな? でもさ、レーナちゃん。私たちって、あと何年生きられるんだろう」
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