その思考が歪んでも
「……なんだよ、今の」
レーナは空を見上げたまま、動けなかった。これまで見てきたシアタ現象とは、まったくの別物。人に寄り添うような、トウコが見せてきたシアタ現象と、同じものとは思えなかった。
「トウコ?」
いつまでも黙っているトウコの横顔を伺うと、彼女は地面を睨みつけている。心なしか顔は青く、生気が失せているかのようだった。
「ほら、大丈夫?」
その声に振り返ると、ノノアがデプレッシャから戻ったのであろう女性を起こしていた。
「先生、私がやりますので。私以外の女性に触れないでください」
ロザリアが変わり、女性を抱き起こした。が、まだ意識は朦朧としているらしく、静かに涙を流しながら、口を開け閉めするばかりだ。
「さて、勝負も終わりだ。撤収せよ」
魔王が解散を促すが、レーナはそれを認めなかった。
「ふざけるな。他のエタ・コラプスエリアを紹介しろ!」
「じゃあ、余と結婚するか?」
「しねぇよ!!」
魔王とレーナが言い争う中、トウコは地面を見つめるばかりで、まだ動かずにいた。そんな彼女に、ノノアが声をかける。
「……まぁ、色々あると思うけどさ、続けた方が良いよ」
突拍子もないような言葉だ。しかし、トウコには十分響く。
「探求せよ。思考が歪んでも、幻であっても。いつか魂が形を成して現実となる、その日のために。……僕が好きだった人の言葉」
ノノアは誰かの言葉を引用すると、その誰かを懐かしむように、少しだけ微笑んだ。誰の言葉だろうか。トウコは自分の追い求めるものが、幻のように感じていただけに、その言葉には頬を叩かれるようだった。ノノアはそんな彼女を見る。
「これ、よかったら使って」
それは、たった今手に入れたばかりの魔石だった。
「え?」
さすがのトウコも顔を上げ、遠慮する素振りを見せるが、彼は強く頷いた。
「いいから」
ノノアの強情な態度に、トウコは魔石を受け取るしかなかった。
「あと、よかったらこれも持って行ってよ」
そう言って、ノノアが差し出したのは、シアタ現象を起こしたばかりの赤いメヂアだ。
「そ、そんな貴重なもの受け取れません!! それに、アーカイブ登録だってまだなのに!」
ノノアのメヂアは高級品だ。一時代前と言われることもあるが、喉から手が出るほど欲しがるコレクターは山ほどいる。
「いいってば。それに、こんなものアーカイブに残したところで、今の人は興味ないよ」
「先生……」
それでも、トウコは受け取れなかった。ただの遠慮ではない。ノノアのメヂアが恐ろしかったのだ。
「嫌かもしれないけど、持っておいた方がいいよ」
トウコは吸い込まれるようにメヂアを眺めていたが、ノノアに視線を向ける。彼の目は、とても感情がこもっているようには思えないが、トウコの感情はすべて見透かしているかのようだ。
「どうして……ここまでしてくれるのですか?」
「うーん……」
ノノアは指先で頬をかきながら考えるポーズを見せたが、その答えはすぐに返ってきた。
「初恋の人に似てたから?」
「先生?」
ノノアの発言に真っ先に反応するロザリア。ぎょっとしたノノアはすぐに「ウソウソ。冗談」と訂正して言い直した。
「嬉しかったんだよ、たぶん」
「嬉しい……?」
「久々だったから、僕のメヂアを純粋に褒めてくれた人なんて」
ほい、と半ば強引にメヂアを押し付けてくると、彼がわずかに微笑んだように見えた。
「それにさ、この業界で僕ができることは、これくらいしかないから。錬金術師の志がなんたるか、少しでも理解できる人間に、伝えて行かないとね」
そして、トウコの手に乗った赤いメヂアを指さす。
「そんなものでも、君を刺激できるのなら、僕は嬉しい。君がメヂアづくりをやめないで、苦しみ続け、それを超えてなお、僕のところまでやって来るのなら……僕は嫉妬で狂ってしまうかもしれない。だけど、それもまた嬉しい。悔しいけど、きっと嬉しいだろうね」
ノノアは背を向け、歩き出した。そのあとを、女性を担いだロザリアがついていく。二人の背は少しずつ小さくなって、エタ・コラプスエリアから消えてしまった。
「レーナちゃん!」
魔王を殴って悔しさを解消していたレーナが振り返る。トウコは強いまなざしを彼女に向けて頷いた。
「帰ろう。メヂアを作らないと!」
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